41昼下がりの茶会
柔らかな花の香に舞う蝶々。
蓮の花に囲まれた艶やかな紅の東屋で、四人は茶を嗜んでいた。
「そういえば……新しい妃がまた成果を挙げたのだとか」
妖艶な雰囲気を纏い、冷たい微笑を……と言っても表情は動かさぬまま、カップに口をつける。
「あぁ、レイナードの公爵令嬢だったっつう女だろ? 一度、顔を拝んでみたいもんだな」
下品に笑う男は昼間から酒を。盃では足りずグラスワインを一気に煽ると、がさつに置いて雰囲気を壊す。
第二皇子とその正妃──ゲイクとカメリア。
「きっと……優れた御方なのでしょうね…」
ふわりと春の空気を纏う小柄な女性が、どこか不安げに呟くと。
「いちいち気にするな。どうせ親父の気まぐれだろ」
と、乱暴に打ち消すのは第三皇子ラド。そして不安を口にした女性がその妃、アザミだ。
「きゃははは」
庭園を駆け巡る子供の声。
第三皇子とその妃アザミには子供が三人。
「そういえばあいつが居ねぇな」
「レイトンなら書庫よ。今のところ貴方よりよほど優秀な後継者になるでしょうね。酒と女さえ覚えなければ」
酒と女遊びにうつつを抜かし、まともに働くのは戦の時だけ。そんな夫をカメリアは、冷たい瞳で痛烈に刺す。
「まぁ……邪魔なら排除するか? どうせ、ラドの言う通り…俺も親父の気まぐれだと思うがな」
「それにあのバッカスが皇太子なんてやるかよ。狼藉の後始末でもいくつか押し付ければ、また嫌になって逃げ出すだろ」
「あぁ、それがいい。その手があったな。これでまたやりたい放題だ」
ちらりと一瞬、カメリアは軽蔑の眼差しをゲイクに向ける。
女遊びも酒癖の悪さも、ある程度許容してはいる年上の妻。彼等もまた政略結婚で結ばれた者同士で、カメリアは連合国の王族の娘という高貴な家柄の出だ。
「そういえば──」
アザミが一滴、蜜を落とす。
「あの無口で冷たいと評判だった第四皇子様が……お妃様だけにはとてもお優しいのだとか……」
「へぇ……」
それに反応したのは、意外にも第二皇子ゲイク。
「少し……お羨ましいですわね。政略結婚ですのに……」
寂しそうに微笑む。
「何だよ、大事にしてやってるのにまだ足りないってのか」
「い、いえ……」
「所詮、第四皇子を国に呼び戻す為の道具……餌よ、餌」
少しだけ強い口調になったカメリアにゲイクが笑う。
「餌、餌か。なるほどな、親父のやつ餌を目の前にぶら下げて、仕事させようってか。こいつはおもしれぇ」
「そこまでして俺等に継がせたくないとはな。親父、先に消した方が早くねぇか」
「やめておきなさい。今あなた達が継いだら国が潰れるでしょうよ」
「これはこれは、相変わらず姉上は辛辣だ」
「協定通り、レイトンが10歳になるまで待ち、院政を敷く。それが最も無難だわ」
「だが、協定は俺等だけだ。バッカスが賛同しなかったらどうする」
「その時は──その時よ」
空の茶器に温かな茶が注がれて茉莉花の湯気が立ち昇る。
不敵な笑み、それは新たな戦いの幕開けか。
「優しい方だと……嬉しいのですけれど」
柔らかな……アザミの笑み。
この場にいる四人とも、本音は口の端にも上げず隠している。
一方、リリーとバッカスには穏やかな日常が訪れていた。
「落ち着くな……」
「えぇ……そうですね」
暖かな陽が降り注ぐ午後の昼下がり。
バッカスの整えた部屋で、リリーの淹れた紅茶を愉しむ。
誰にも邪魔されない、二人だけの時間を過ごしていた。
「実は……」
リリーは申し訳なさそうに経緯を話し、髪飾りを駄目にした事を謝る。
「気にするな。そのつもりで渡した」
そう言うと、バッカスは懐から化粧箱を取り出し、リリーの手に握らせた。
「こちらは……」
「銀より……」
何かを言い淀み、気まずそうに口角を揺らすと立ち上がって、座るリリーの側に寄る。
「……妃にはその方が似合う」
真珠と金で作られた繊細な髪飾り。
苦手な商人とのやり取りを経て、これを見つけた時の事を思い出しながら、箱から取り出し髪につけた。
リリーにも見えない所でのバッカスの微笑みは──とても優しい。




