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39.仕方ない…を選んだ先に


「ど、毒だと? まさか…ローズ……お前」

「何よ、私よりこの女のこと信じるのね。まんまと騙されていたくせに」

「何だと!? 全部嘘だったと言うのか」


 大勢の貴族の前で言い争いを始める二人。


 このまま続けば泥仕合に、互いに醜い所を晒すだけになってしまう。



 (終わらせるために……来たの……)



 怒るランスに目を向ける。


「でも、あなたはローズを愛したのよね」


「違う! この女に騙されたんだ。私はずっとリリーだけを、嘘を吹き込まれたりしなければリリーを愛」

「違うわ」


「え……」


「それは愛ではないわ」


「そんなこと……」


「あなたは“選択”をしたの。結婚するならどちらが都合が良いのか。初めは清く正しく従順な私を選んだ。変な噂もないし、良き妻良き母として適任だろうと……でもつまらなかった。そんな時、奔放だと思っていたローズのしおらしい一面を目にして、私の醜聞を吹き込まれて評価は裏返った」


「それは…誰だって……」


 言い淀む、悔しい時に拳を握る癖は相変わらずだと思ってしまう。


「そう、仕方ないわよね。政略結婚だもの。あなたはロレンス家のどちらかと結婚しなければならなかったし、貴族とはそういうものだもの」


「私は……こんな女など……」


「ローズは、少し度が過ぎる事があるの。家族なら皆、知っているわ。あなたも……私を通して知っていたはず」


「私は何も知らない。すべてローズが、この女が」


「この世で、瑕疵(かし)を持たぬ人などいないわ。人は皆、何かしら抱えているものよ。家族仲が悪いかもしれない、結婚後に病気をするかもしれない……そんな所が見つかる(たび)に別れるつもり? 」


 何も言わないランスに一歩、歩み寄る。


「家族として、不都合な一面も受け止めてあげて。そういうローズが嫌なら、あなたが頑張って安心させてあげればいい……素顔はおしゃれとおしゃべりの好きな、楽しい女の子よ」


 二人の間には子供も……仲良く支え合い生きていってほしい。



 そして“選択”には、責任がつきものだ。


「ローズの事、よろしくね」


 少しの怒りと念押しを込めて。


 それだけ告げて、上座に戻った。



「何よ。黙って聞いてれば偉そうに」


 背後からローズの声。


「だから盗られたのよ。絵空事ばかりで現実を見ないから」


 まだ私を嘲笑(あざわら)っている。


「皇太子妃様、男女の仲なんて結局は……性欲か金か権力、ですのよ」



 もう何も、言える事はなかった。



「判然とせぬな……」

「毒の件も有耶無耶(うやむや)か」


 貴族達の期待にも思える声。


 しかし全てを暴く必要はもうない。


「皇帝陛下、この場にて私よりお願いが」


「申してみよ」


「リリー・フランソワ・ロレンス……彼女は既に爵位を剥奪、国を追放された後に死亡しました。ですので戸籍に死亡と記し、今後、名を(かた)る者が出ぬよう……そして明日、調印する書面に二度と私をこの国にいた者として扱わないという文章を足してください」


「なるほど」


「私はエスペランサの皇太子妃として今後、表に出るつもりはありません。もちろん、私を通しての様々な交渉も期待はしないでください」


「…………はぁ……」


「今後、両国が良好な関係を築くためにお取り計らいを」


「仕方ない。そのように準備させる」


「ご配慮、ありがとうございます」



 そろそろ、退出すべき時だろう。


 立ち上がり、頭を下げる。


「お、お待ちください。皇太子妃様……お料理を、一口だけでもお召し上がりいただけませんか」


 その時、ランスのお母様がすがりつくように土下座を。とっさに私も座り込んで立ってくれるように手を差し伸べる。


「手を付けられず、申し訳ございません。ですが今の私には体質に合わず」


「スープだけでも……当家に伝わる思い出深い料理なのです」


 (知っているわ……おばさま。そのスープは私の好物でもあったから……)


 この国で、料理に手を付けてもらえないうのは、もてなしに不足があったと笑い者にされる行為。食べなければ失礼にあたるのはよくわかっている。


 しかし、冷めた脂質を摂れば明日の調印式に影響が出るだろうし、スープからは悪い予感が。


 (でも……スパイスの配合が違うわ……)


「貴族がここまでしてるのに食べられないの。何様のつもりよ! 」


「申し訳ございません。ですが今、そのスープを口にすれば全てが崩壊してしまうでしょう」


「まさか……毒だとでも? 皇太子妃として、無礼だと思わないの」


「でしたらパイを一口」


「スープ、スープ飲みなさいよ」


 隅に控えていたエランが歩いてくる。


 止めに来てくれるつもりなのだろう。


「そう……飲まないって言うなら飲ませてあげるわ」


 ツカツカと歩いてくるローズ。



 “無事に帰れ……リリー”


 (無事に帰らないと……)


 バッカス様の声が、眼差しが蘇る。



 (大切な贈り物……でも仕方ない……)


 髪飾りをスープに落とす。


「きゃぁっっっ」

「どうして髪飾りが……」


 スープが……


 ゆっくりと、黒く染まっていく。

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