35.薔薇の怒りと愛される百合
「だいたい誰なのよ、エランって!! 」
「調べたのですが、皇太子の守りが強固で出自さえ情報が見つかりませんで」
「役立たずがっっ!! 」
ローズは、喋るメイドに置物を投げつけ、頬をかすって壁に当たる。羽根がもげて転がる天使。
真新しいバチェット家の屋敷で、ローズは怒っていた。
社交の場で恥をかかされ、謹慎処分となり、皇帝と父からは激怒され。
「申し訳…ございません……」
「謝る暇あったら何とかしなさいよっ、ランスの仕事まで潰すなんてあの女……」
爵位に影響はなかったものの、あの後のランスはまともな仕事さえ与えられないでいた。
最近では辺境に左遷させられるなんていう噂まで流されている始末。
リリーは全く関与していないけれど、ローズにとっては全てがリリーのせいでしかない。
「方法と言いましても……エランという者が引き受けてから、更に守りが強固になったようで、食材ひとつさえ……忍び込ませるのは難しいかと……」
女医として手の者を忍び込ませようとしたり、侍女を買収しようと策を練ったり……相変わらずリリーに対して攻撃を仕掛けてはバッカスに防がれて失敗。
「若奥様!! 若奥様!! 」
「っさいわね、何よ、そう呼ぶなって言ってるでしょ!! 」
「申し訳ございません……ですがジャスミン様が泣き止まず、お熱もあるようで」
「熱!? ちゃんと見てたんでしょうね」
あの時、身重だったローズは女児を出産していた。彼女は乳母から赤子を抱き上げる。
「よ~しよし…確かに熱いわね……」
憎いリリーには悪魔のような執念を向けても我が子の前では優しい母に……
「そうだ、いいことを思いついたわ」
企み顔でにっこり笑うと、メイドに父を呼ぶよう言いつける。
「は、はい……」
震え上がるメイド、彼女達は知っている。ローズがこの表情をする時が一番恐ろしいのだと。
その頃、遠く離れた月華殿で突然、リリーは寒気を感じて身体を震わせた。
遠くで怒るローズの怨念が届いたのだろうか。それはエランの診察中で側にはバッカスも……心配し過ぎる二人に、リリーは少々戸惑っている。
「軽い栄養失調ですね」
「でももう普通に暮らせているし……」
「おい、エイヨウシッチョウとは何だ」
「……飢餓の事ですね」
「飢餓……」
「治療の途中でしたから、まだ万全の状態ではないのです」
黙るバッカスにフォローを入れるものの、一国の妃が飢餓だと……と顔に書いてあるようだ。
「エラン…お前、塔でどんな物を与えていたのだ。まさかろくな食事をさせていなかったのではあるまいな」
「吸収できない身体に与えても苦しいだけ。病状は悪化しますから。治療の途中で連れ去る方が悪いのです」
「人のせいにするな。そもそも俺の命令じゃない」
「とにかく、今はたんぱく質やビタミンの摂取が必要な段階ですから適切な食材を厨房に伝えておきましょう。それから休息も」
「そうだな。夜は読書するのではなく早く休め。日中、好きに時間を使えるよう妃教育は減らすよう命じておく」
「バッカス様まで……そこまでしなくても大丈夫です。妃としての役割は果たさなければ」
「リリー様、お身体を健やかに保たれるのもお妃様の大切な役割でございますよ」
「よく言った、エラン。当面の間、妃の日程管理もお前に任せる」
そうして妃教育は大幅に減り、一日の多くが休息の時間にあてられる事に。
バッカスはリリーに関する多くの役割をエランに任せ、自分が側にいられない時もリリーを守った。
そして噂は宮殿中に……。
「皇太子様は毎朝、一輪のお花を贈られるそうよ。それも自ら散歩に行かれて摘んでいらっしゃるの」
「月華殿の侍女の話だから間違いないわ。最近はお妃様もお返しの花を贈られるのだとか……」
「まぁ、なんてロマンティックなのかしら」
「それに皇太子様はご政務が終わると真っ先にお妃様の元へ帰られて食事は必ず一緒になさるのだそうよ」
「何とお優しい……冷たい皇子様だと聞いていたのにずいぶん違うわね」
「えぇ、普段は噂通り冷たい態度で無慈悲なご決断をされる事もあるのだけれど、お妃様の前ではとてもお優しい表情をされるのだとか……」
「羨ましいわぁ~、私もあんな素敵な殿方に愛されてみたい……」
「ほんとよねぇ~」
そうしてリリーは再び羨望の眼差しで見られるように。バッカスに愛される事で公爵令嬢だった頃と変わらぬ輝きを取り戻そうとしていた。
でもバッカスの溺愛はまだこれだけでは済まない。
ある夜、湯浴みを終えたリリーを誘うと部屋に連れていく。
「バッカス様……これは……」
驚くリリー、バッカスは無表情ながらどこか緊張した様子だ。




