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32.惹かれ合う二人の本当の始まり


「変わらずとも良い……」


 バッカスは月を眺めたまま、口を開く。


「心地いいのだ……妃の隣が」


「穏やかで柔らかく、貴賤に関わらず感謝を伝えられる心を尊いと思っている……変わってほしくない、妃教育などでおしなべられ他の者と同じように……壊したくないのだ、今の妃が持つ素晴らしさを……」


 会えない時間に溜まった思いが(あふ)れ出して言葉になる。


「振りで構わん……だからそのままでいてくれ……」



 とん、と肩に重みがかかった。


 月明かりの下、バッカスの肩に頭を預けるリリー。


 想いは伝わったのか、言葉の代わりに身を寄せて……少しだけ、角度を変えてリリーに目をやると。



「すぅー……すぅー……」


 心地よさそうにリリーは眠っていた。



 どこまで聞いていたのだろう。


 ほっとしたような、寂しいような……でも安堵しきったあどけない寝顔に、ふっと疲れが(ほど)けていく。



「心地いい……か……」



 寝所に連れて行かなければ、頭ではわかっている。


 でも今だけは。


 眠るリリーに頭を寄せて、そっと目を閉じた。




「緊張するか」


「はい……少しだけ。バッカス様は? 」


「大丈夫だ……」


 その後も厳しい日程をこなし、二人は無事に任命式の日を迎えた。


 あの婚儀の日、それぞれ一人で婚礼衣装を身に(まと)い覚悟を決めた。でも今日は、揃いのマントを身に着けて二人で、教会の扉の前に立っている。


「終わったら、ゆっくり過ごしたいものだな」


「そうですね」


 笑みを交わし、腕を組むと深呼吸して……開く扉のその先へ、同じ一歩を踏み出した。




「無事に、済みましたな」


 最奥部(さいおうぶ)の玉座に鎮座する国王に側近が呟く。


「そうだな……」


「思いがけぬ収穫、とでも言いましょうか。まさか皇子に似合いの妃が他国にいるとは思いませんでした」


 二人の視線の先にはバッカスとリリー。


 無口で冷たくて目つきが悪くて、少し前まで外交など面倒くさがってやりもしなかった皇子が今は、他国の世継ぎと握手を交わし談笑している。


 誰にも漬け込まれぬ威厳が国王には必要だと、現国王は考えていた。威厳と風格があり理知的で、今の大きくなった国を治められる……三人の皇子の中で、最も国王の理想に近いのがバッカスだった。


 しかし、外交面でその威厳は敵を作りやすく、誤解されやすい事が最大の弱点。


 その弱点を克服し、尚且つ国内で派閥を築かなければ皇太子の先は望めないだろう。


 そこに、リリーが現れた。


 レイナードを牽制する為に据えた飾りの妃。ただそれだけのつもりが王妃の働きは想像以上だった。厳しい訓練にも耐え、努力家で他の模範となり、しかも無口で冷酷な皇子の心を掴み、弱点を補える最良のパートナーに。


 それだけでなく、今までのエスペランサにはいなかったタイプの見目麗しい容姿と外交力で、他国からの注目まで。


「昔の国王様とお妃様を見ているようでございます」


「…………行くぞ」


「降りられないのですか」


「二人に任せる」


 立ち上がる国王。


 滅びかけた小国を一代で立て直し、強大にした彼にはその昔、それぞれの子を産んだ4人の母のうち一人だけ……心から愛した女性がいる。


 バッカスの母親、アマリリス・テリーだ。


 バッカスは性格を父から受け継ぎ、容姿を母から受け継いだ。銀髪に涼し気な水色の髪、彼が国王や三人の皇子より中性的な容姿をしているのはそれが理由だ。


「後はお孫様のご誕生を待つばかりですな」


「……妃には妃の役割が。子は妾に産ませればよい」



 そんな会話が行われている事も知らず、二人は頬を染め見つめ合う。 

 

 不穏な言葉だけ残し、国王は部屋を後にした。


 互いに惹かれ始めている。


 しかし、リリーはあくまでも他国の人間であり、人質に過ぎない。



「踊ってくれるか」


「はい」


 ぜひ、二人のダンスを観たいと周囲が盛り上がり、踊ることに。差し伸べられた手にリリーの手が重なる。


 軽やかに流れるワルツに合わせ、身を寄せて踊る二人。


 羨望の眼差しや感嘆の溜め息を一身に受けながら……任命式は無事に終わった。




 慌ただしい日々を超えて、穏やかな時間が流れ出した。


 妃教育も合格をもらい、二人で和やかな食卓を囲む朝。



「どうした」


「いえ、何でも……」


「おい……!! 医師を、早く医師を呼べ」


 リリーがわずかにふらついたのに気付いたが一歩遅く、リリーはその場に崩れ落ちた。

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