29.真相と覚悟
窓辺に揺れるすずらんを眺めていた。
こそこそと、侍女が書庫から出てくる。
「お妃様、どうかこの事は御内密に……」
「えぇ、誰にも言わないわ。二人だけの秘密ね」
調査報告書を見せて欲しい、最初は殿下に頼んだのだけれど“知る必要はない”と取り合ってもらえず、でもどうしても知りたくて、仕方なく侍女に頼む事にした。
知らなかった元の“家族”の本当の姿。
婚約者だったランスも……記憶を辿ればこれが事実だという事は何となく想像がつく。
ローズとランスが結ばれたのは、私がお父様と共に陛下と会っていた時間。
舞踏会を抜け出して逢引し、そして妊娠。
ランスはローズを愛した手で、私に指輪を差し出していた。
父に叱られたローズは、全てを私のせいにした。メイドへの虐待や男遊び、更には卒業単位が足りない事まで私に虐められていて授業に出られなかったからだと。
元々、全てを私になすりつけてランスと結婚する計画だったのかもしれない。
報告書によるとメイド達を買収し、私が書いたという偽の日記まで用意してあったらしく。そうして双子の妹を人質に出せと言ってきた皇帝に私を差し出し、一族としての体裁を保った。
(それにしても……)
両親が私の引き渡しを拒んだ事、あの唐辛子事件も実はローズが差し向けた刺客が起こした事件で、ちゃんと殺意があった事。そして父がバチェット家と組んで皇帝を追い落とそうと企んでいる事まで詳細に。
書面で見る家族だった彼等は潔いほどに悪人だった。
だとしたらあの婚儀の日、私が生きて姿を現しただけでも充分、悔しかっただろう。
(生きているだけで脅威に……しかもそんな人間が皇子妃として居座りつづけたら……)
あんな毒薬を贈ってくる辺り、どうしても手懐けたい相手のはず。
「お妃様……やはりご覧にならない方がよかったのでは」
「いいえ、役に立ったわ。ありがとう」
報告書を元の場所へ、そう頼むと侍女は出ていく。
毒薬は本物だった。
殺傷能力が高く証拠も残らない……そんな薬を持っている国だとわかり、殿下は宮殿の守りを固めた。
そして国王に進言して国交を制限すると、ローズとランスを社交界から追放。
冷酷皇子……その大きな背中に私は守られ、そして救われた。
でも、負けず嫌いのローズがこのまま引き下がるわけがない。
(きっとまた何か……でもお産の間くらいは……静かにしているわよね)
「あの、お妃様……」
「もうひとつ、お願いしてもいいかしら? 」
「はい、何なりと」
「筆記具と便箋と辞書をお願いしたいの。それと婚儀に来られた方のリストも」
その日から私は、婚儀に出席した全ての人に御礼状を書く事にした。
まず例文を書いて、殿下には内緒でと王様の許可を得る。すぐ“好きにしろ”と返事が来たので彼が政務で部屋にいない間、辞書を引いては慣れない文字を必死に綴った。
バッカスもリリーも、互いに忙しい日々が続いた。
昼は政務に励み、夜は学者の講義を受け政策を論じ……休む間もないバッカスが目頭を押さえながら、戻ったのは深夜のこと。
もうリリーは寝ているだろう、音を立てず静かに入ると、まだ蝋燭が灯っている。
そして、見つけたバッカスは驚きに、思わず目を見開いた。
冷たい大理石のテーブルに開かれたままの辞書と、羽根ペンと紙切れ。
「これは……」
何度も文字を練習した跡。どうしても綴りを間違えてしまうらしい。綺麗な紙には正しい綴りが。
力尽きてしまったらしく、本人は突っ伏して眠っている。
「おい」
声を掛けても起きそうにない。
「そのままでは風邪を引く」
躊躇いながらも肩に触れるが、それでも起きる様子はない。
心地よさそうな寝顔が、蝋燭の揺らめく炎に照らされている。
ふ…とバッカスの口元が緩んだ。
優しく、愛おしそうに……その表情に冷酷皇子の面影はない。
そうして優しく抱きかかえると、明かりを消してベッドに運んだ。




