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30.高い地位より癒しの時を


「面白い女だ」


 国王はリリーをそう評した。


「最初の女(第二皇子の妻)はまず着飾り、次の女(第三皇子の妻)は子を作った。しかし、三人目(リリー)は礼状を出すと……我が国にない気遣いをする女だ。しかも恐れもせず堂々と、わしに伺いを立ててきおった」


「何とも……今一度、序列を叩き込まねば」


「奴に風が吹いたな」


「と申しますと……」


「バッカスを、正式に皇太子に任命する。至急、準備を整えよ」


「かしこまりました。して、二人の皇子様にはどのように」


「知らせずともよい。今は国境の守りに専念させよ」


「また……血が流れそうですな」


「心配するな、同じ(てつ)は踏まぬ」


「では、急ぎ任命式の支度を」


 リリーの働きが思わぬ動きを呼び、バッカスは正式に皇太子に任命される事となった。



「そうか……」


 勅命(ちょくめい)を受け取ったバッカスの表情は、動かなかった。


 後ろで聞いているリリーも……どう思っているのだろうか。



 二人は穏やかな朝のひとときを、ゆったりと過ごしていた。


 いつもコーヒー派のバッカスに、リリー自ら紅茶を()れて。


「いい香りだ……」


「えぇ、ティーポットとカップを好みの物に揃えたり、茶葉のブレンドにこだわったり、()れ方によっても味が変わるのですよ」


「なるほど……侍女にさせれば良いと思っていたが、そういう事か」


「えぇ、自分の手で味が変わるのもまた(たの)しみなのです」


 嬉しそうに微笑むリリーを見つめるバッカス。そばには侍女が控えているが、そこには完全なる二人の世界が広がっている。


「このような茶器はどこに売っているのだ」


「そうですね……祖国にいた頃は行きつけの店があったのです。通っていた学園の近くに……すみません」


「いや、いい。楽しい事まで忘れろとは言わん」


 バッカスは微笑むと、侍女に店か商人を探すよう伝える。


「そんなつもりでは……」


「いいだろう、お前がどんな物を選ぶのか見てみたい。それにいい息抜きにもなるしな」


「ありがとうございます。楽しみですわ」


 微笑み合う二人、しかし癒しの時は束の間。


「国王より勅命(ちょくめい)(たまわ)って参りました。バッカス・レイ・ゴールディ皇子におかれましては……」


 バッカスは正式に皇太子に任命され、リリーは皇太子妃に。招待客への礼状を書き終えて、ほっとしたリリーに新たな試練。


「はぁ………」


 兵士達が去った後、深い溜め息をつくバッカスの背をリリーは見つめる。


「望んではおられませんか? 」


「あぁ、望んでなどおらぬ。玉座など……いや、今はもう違うな」


 何かを言いかけて、バッカスはやめた。


「バッカス様……? 」


「考えなど……聞かれたのは初めてだ。己の考えなど必要とされてないと、思っていた」


 その瞳はどこか哀しそうに揺れている。


 (あぁ、この御方は……)


 きっとずっと孤独だったのだとリリーは思う。


「バッカス様……」


 できる事ならその孤独に……見つめ合ったその時。


「失礼致します」


 もう少し時があれば二人はきっと……でもそれは扉の外、聞こえる声に遮られる。


「何だ」


 バッカスの瞳から、心が消えた。


「任命式の日程が決まりましたので、今後のご予定をお伝えしに参りました」


「…………」

「また……今日のような時を過ごしましょう。美味しい紅茶をお()れしますわ」


「……そうだな」


 次はいつ、そんな時間を過ごせるだろう。


「入れ」


 これから任命式までは慌ただしい時が。


 公爵夫人になる予定だったリリーには、それ以上の重責が……(まつりごと)を避け、視察という名の放浪を続けてきたバッカスには玉座を得て愛しい妃との日々を守る試練が。


 今、将軍として国境に派遣されている第二、第三皇子は共に玉座を狙っており、乱暴で残虐な者達だ。



 王とならなければ、バッカスとリリーに生きる道はない。


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