28.毒が二人を近づける
「なぜ前に出た」
バッカスはリリーの背に声を掛ける。
「殿下」
慌てて立ち上がり、頭を下げるリリー。手に持っていた何かを隠すように握りしめたのを、バッカスは見逃さない。
「申し訳ございません。私のせいで騒ぎになってしまい……どんな罰でもお受け致します」
震える声、何も言わずバッカスはリリーの側に。
「……庇うほどの妹ではなかろう」
解かれたリボン、落ちている紙切れを拾い上げる。
“お二人の前に立ちはだかる者はこれで……証拠は一切残りません。御夫妻の御活躍と益々の繁栄をお祈り申し上げます。 ローズ・バチェット”
「貸せ」
毒である事を示す紫の包み。
「すぐにでもお裁きを……」
「趣味が悪いな」
テーブルに置かれたルビーのネックレスを持ち上げ、フンと鼻で笑うとバッカスは侍女を呼ぶ。
「品物を全て下げてくれ」
「え…ですが、国王様より部屋に運び込むよう」
「お前達にやろう」
「へ!? 」
「婚儀の準備、御苦労であった。祝いの品は全て受け取ったゆえ、褒美として妃付きの侍女に遣わす。喧嘩せず平等に分けるがよい」
「あ、あ、ありがたき幸せにございます、皇太子様!! 」
「礼は妃に。異国での暮らしは何かと不便が多い。良くしてやってくれ」
「かしこまりました」
ずっと、うなだれたままのリリーに侍女は向きなおる。
「お妃様、本日より心を込めてお世話させていただきます。後日、改めましてこの月華殿の侍女全員を連れて御礼に伺わせていただきます。今日のところはこれにて」
そう言うと、何人かの侍女で各国より献上された祝いの品を全て持って下がっていった。
「下がらせる、いい理由になったな」
月明かり射す夜、バッカスの声はいつになく優しい。
「殿下……」
「バッカスだ。堅苦しいのは好かん……次からはそう呼べ」
青白いリリーの頬、揺れる雫に思わず手を伸ばしそうになるも手には薬の包みが。
「恥ずかしながら、知らなかったのです。少しわがままな所はあっても可愛い妹だと思っていました。社交の場が苦手な私をいつも守ってくれて……まさかこのような恐ろしい物を……」
「妃のせいではない」
「私の身内も似たようなものだ。玉座を巡って争っている」
「玉座を……? 」
「代々、長子が継ぐと決まっているが、皇太子となった兄は、病死した」
二人はしばらく立ったまま沈黙。
「必ず守る」
やがて、覚悟を決めたようにバッカスが口を開いた。
「今日よりお前は私の妻であり、この国の妃だ」
バッカスの、その青い瞳がリリーを見つめ、リリーもまた紅茶色の瞳をバッカスに向ける。
「これまでの事は全て忘れろ……これから先、お前の家族は私だけだ」
リリーの瞳が大きく揺れる。
「私も、全力でバッカス様をお支えします」
人質ではなく、家族として。
大切な人の命を救う、そのため王に決められた結婚に仕方なく従った二人は今夜、家族となった。
翌朝、目が覚めると窓辺に小さな花瓶が置かれていた。
白く小さな花、ガラスの細工が朝の光に反射してキラキラと輝いている。
「きれい……」
起き上がり、そばに寄って眺めていると書庫からバッカスが現れる。
リリーは花を優しく撫でると、小さく頭を下げた。
「バッカス様……ありがとうございます」
「……礼など…言うほどの事でもない」
「それでも嬉しいのです」
微笑むリリーにバッカスは心奪われ……気付いてふいと顔を背けた。
「朝食の用意ができている……行くぞ」
「はい」
リリーはもう一度、その花に目を落とす。
朝の光の中、小さく揺れるその花の名はスズラン。“再び幸せが訪れる”という花言葉を持つ。




