27.言いたいことはそれだけか
「言いたい事はそれだけか」
威厳を持った響きに、広間は静まり返っていた。
「万物を慈しみ、人徳を備え、健気で欲に溺れぬ芯の強さがある……国の妃としてこれ以上ふさわしい者はおらぬと私は思っているが、貴国はそれに異議を唱えると」
「なっ……私は妃の過去を知る者として」
「過去なら既に調査済みだ。結果を明かせば恥をかくのはそちらではないのか」
「恥などかくような事は何一つない。我等は貴族として、貴族を名乗るに相応しくない者を排除しただけだ」
殿下は黙って合図をすると、衛兵が前に出て調査報告書を読み上げ始めた。
「リリー様は勤勉で向学心に溢れ、成績優秀。出来ない事にも地道に努力される御方であり卒業評価は学業素行共にA判定。また社交界でもロレンス大公爵の補佐として励まれる姿が目撃されており、むしろ素行不良は双子の妹ローズ様の方」
「馬鹿言わないでよ! そんなの金積めば何とでもなるわ! 」
ローズの叫びに遮られても衛兵は淡々と、私さえ知らない情報を読み上げていく。
「当時、ローズ嬢は10名の方と性的関係があり、入手した直筆の名簿によると名家のご子息のみならず学園の教師や財界の著名な方とも関係を持たれていたようです。調査により関係の見返りとして金品を受け取っていた事も明らかになっています。しかしどういうわけか……ランス様と交際されていた事実は、見つけられませんでした」
「10人……それは本当なのか」
「何と野蛮な……一体どちらの」
「あれだよ、傲慢で出っ腹の。レイナードのロレンス大公爵の娘だ」
ざわつき始める場内の注目は、もうローズに移り始めていた。
「またリリー様が人質としていらしてからも」
「もういいだろう。これ以上は使節の名誉に関わる」
「はっ」
殿下の合図で、衛兵は下がっていった。
「皆の者、騒がせて済まない。今日は大切な祝賀の場だ」
「待ちなさいよ!! 」
再び、ローズの声が響き渡る。
それは今まで聞いた事のないような低くて怒りに満ちた声で。
前に出なければ、そう思ったその時。
「待て」
殿下は私を止めて、一歩前に出た。
「下賤な女……先程そう言ったな」
「えぇ、私はロレンス大公爵家の後継よ。庶民に成り下がった女に下賤と言って何が悪いの」
「勘違いするな」
鋭い言葉がローズを刺した。
「この者は私の妻であり、我が国の正統なる王位継承者正妃。それを他国の伯爵夫人風情が愚弄するとは……覚悟出来ているのであろうな」
「は、伯爵だと!? そんな低い立場で……」
「不敬罪だ。無事ではすまぬぞ」
「いや、外交問題になるぞ。何と命知らずな」
周囲の声はローズにも聞こえているだろう。これ以上は……その時、すっとローズのドレスの裾が動いた。
(危ない……)
受け止めようと前に出る。
でもそれより先に衛兵が……逆上したローズはシャンパンを掛け、結果的にそれは私でなく、衛兵が受け止める形になってしまった。
「どうやら流儀の合わぬ者を招いてしまったようだ。お帰りいただくよう手配しろ」
「はっ、」
「行こう。ちょうど召し替えの刻だ」
「はい……」
これ以上、何も出来る事はなかった。去るのがきっと一番いい。
そっと、殿下の手を取り歩き出す。
「覚えてなさい、絶対…許さないから」
去り際、ローズが私を睨んだ。
目を背けると、殿下が立ち止まる。
二人に背を向けたまま。
「バチェット伯爵、社交界は甘くない。信じる者を間違えれば命取りとなるぞ。此度のようにな」
「き、肝に銘じます……」
行くぞと小さく呟いた殿下について会場を後にする。
「ちょっと、離してよ! 身重の女性に何するのよ」
「離せ、お腹の子に何かあったらどうするんだ、責任を問うぞ! 」
兵士に拘束されたのか、叫ぶ二人の罵声は少しずつ遠のいていった。
お召し替えを済ませて会場に戻ると拍手と歓声が。何事もなかったかのように音楽が流れ祝賀の場へと、戻っていた。
「今に見てなさい、徹底的に潰してやる」
「誰なんだ、その10人って」
「な、何よ。私よりあの女の方を信じるっていうの」
「答えろよ……そのお腹の子、本当に俺の子なんだろうな」
祝賀行事ゆえ罪には問わないとバッカスに情けをかけられ、国を追い出された馬車の中。二人の喧嘩はお腹の子に聞こえている事だろう。
二人の初仕事は失敗に終わった。
とっておきの贈り物、それによってローズは社交界を追放される。




