26.我慢の限界
「本当だったんだな……」
「ランス……」
目の前にランスが、夢にまで見た……ずっと逢いたかったはずの人がそこに立っていた。
「誰でもよかったのか、金持ちで権力がある奴なら」
「何……言ってるの……」
「ローズから聞いたよ。君が長年してきた事を。清楚で優しくて虫も殺せないような顔をして裏でどんな事をしてきたか」
息の詰まるような苦しさ。
「何の話……私は……」
「ランス、シャンパン持ってこさせるように言ってきたわ。まったく、メイドの教育がなって……あら、誰かと思ったら」
ローズだった。
婚約を発表するはずだったあの夜の寒気と、苦い記憶が蘇る。
ざわざわと……手を出せないでいた衛兵も周囲にいる招待客も、異様な気配に気付いて私達に注目し始めた。
(皇子様に迷惑は掛けられない……それに初夜が済むまでは……)
「ローズ、後ろに下がっていて。君とお腹の子は僕が守るよ」
「ランス……」
この場をどう収めるべきか考えていると、なぜかローズは震えてランスの陰に隠れる。
「子供の頃からずっとローズを虐めて、暴力振るって苦しめてきたんだよな。俺の事もバチェット家の長男だと知って近付いて……今度は一体どんな手で、皇子を誘惑したんだ? 」
「誘惑だなんて……」
「だってそうだろ。爵位もない人質が皇子妃なんてなれるわけない」
「ランス……あまり刺激すると貴方も無事では済まないわ。この人、人を味方につけるのが上手いの。おとなしい顔して近付いて泣きついて誘惑するの。貴方もそうだったでしょう? 」
「あぁ、まんまとそれに騙されたよ」
「きっと追い詰められて命惜しさに股を開いたのよ。そういうこと……平気でする人だもの」
私は、なんて愚かだったのだろう。
きっとローズは自分の行いを私になすりつける為、ランスやお父様に嘘を吹き込んで、私から何もかも奪って人質にした。
そんな企みにも気付かないで、恋人との婚約に浮かれて足元を掬われて。
何も言えなかった。
何より悲しくて自分が腹立たしい。そしてローズやランスの事も……でもここで私が怒ったりしたら、見ている人達は私を攻撃的だと思うだろう。
たくさんの目が、私を見ている。
疑いと軽蔑の眼差しで。
「私、知っているのよ、ランスと付き合っていながら他の男にも色目使って媚び売って遊んでいたのを……それを全部、私のやった事にしてお父様達に言いつけたり学校で言いふらしたりして……私がどんな酷い目に遭ってきたか……」
ランスの背後に隠れて泣き真似までして、ローズは私を侮辱し続ける。
全てがまた、これで終わる。
婚儀の場でこんな騒ぎを起こして、無事に済むはずがない。人質どころか本当に……王族を侮辱した罪で殺されるかも。
(もう……どうなってもいい……か)
それならいっそ、この場で全部ぶちまけてしまおうか。
どうせ終わるなら…最後は自分の手で。
「おい」
その時、低い声が響いた。
お酒を取りに行ったはずの殿下が、私とランスの間に立ちはだかる。
「殿下……」
「ここで何をしている」
「こ、これはこれは皇子殿下……お初に御目にかかります。私は」
「何をしていると聞いている」
静かだけれど声には力が。
怒っている、それは彼を知らない私にもよくわかった。
「ランス……この際、皇子様にも知ってもらわなきゃ…」
「そ、それはそうだけど……」
「これ以上待たぬ。答えよ」
こそこそ話す二人を一喝。
有無を言わさぬ態度に祝賀ムードは消え、皆、静まり返ってしまった。
「殿下……すべて私の不徳の致す所にございます。謝罪させてください」
「そ、そうです。元はこの女が……」
「女? 」
「えぇ、皇子殿下。恐れながら申し上げますが私は彼女をよく知っています。皇子殿下はご存知ない事かと存じますが、その女は我が国にて素行不良により爵位を剥奪された身でして、おとなしい顔をしていながら金と男に目のない、とても恐ろしい女なのです」
「そうですわ、殿下。その女はビッチ…いえ、とても男好きで殿下に釣り合う女性ではありませんわ。庶民のくせに富と権力を欲するがあまり殿下に近付きたぶらかした下賤な女なのでございます! 」
私の言葉を皮切りに話を奪ったランスとローズは侮辱を続け、決まった……最後にはそんな、勝ち誇った顔をしていた。
「ここにいる妃が私をたぶらかした……お前達はそう言いたいのだな」
「えぇ、その通りでございます」
少しの間の後、口を開いた皇子殿下の声は、国王によく似た威厳を放っている。
「言いたい事はそれだけか」
皇子殿下の背に守られて……ランスとローズがどんな顔をしているか、私には見えなかった。




