23.冷酷で無口な皇子
白く、巨大な柱が並ぶ廊下を歩かされていた。
兵隊や侍女が長い列を成し、何人いるのかも分からない。
逃げ出した所で、きっとすぐに捕まってしまう……話には聞いていたけれど、何もかも規模が大きすぎて怖気づいている自分が情けない。
(顔も知らない相手と結婚させられると言うのに……)
前を歩いていた侍女の足が止まり、視界がひらけた。私の前にいた兵士も侍女も列を成したまま横にそれて、目の前に巨大な扉が現れる。
人力で開くのかも分からないほど大きく重厚感があって、天使や神を模した彫刻が荘厳さを感じさせる。
何かの仕掛けか自動で扉が開き、近くにいた兵士が無言で手を……入れという合図だろうか。
慣れない靴を履いた足で一歩、踏み出すと。
「下がれ」
低く野太い声が響いてズシンと扉が閉ざされる。
(これが“王”の声……)
野蛮でガサツで乱暴極まりない……この王の事は祖国でも有名だった。命の尊ささえ知らぬ戦場の獣、周辺のどの国も軽蔑と畏れの視線を抱き、その刃が自国に向かない事を願った。
その王が、目の前にいる。
そしてまた扉が開き、暗い月夜の外から足音が入ってきた。
「遅いぞ、バッカス」
足音は隣に並ぶと無言で一礼。
「その女とお前を結婚させる。式は十日後だ。今夜から月華殿で共に暮らせ」
今初めて伝えたというような王の口ぶり。隣の人は異議を唱える気配もなく、ただ視界の端に見える白い布が揺れている。
衣の裾……頭を垂れる姿勢で聞いていた私にはそれしか見えない。
「異論も反論も認めん。もちろん逃げる事も……そこの女も、逃げればあの医師と女達の命はない」
「無事、なのでしょうか」
心を強く持ち、震えそうな声を張り上げた。
怖い、でもどうしても聞かなければならない。例え今すぐ刺し殺されたとしても。
部屋の空気がキンと張り詰める。
「逃げない限り生かしてやる。王の名において命と身の安全は保障しよう、奴等が大事なら変な気は起こさない事だ」
「かしこまりました……王様のお言葉に従います」
「殊勝な心掛けだ。バッカス、お前もだ。今までのような我儘は許さんからな」
返事はなかった。
どちらのものかわからない溜め息がはぁと漏れて扉がまた開く。
「わかったら部屋を案内してやれ」
それだけ言って、王はいなくなったらしい。変わらず床しか見えないけれど張り詰めていた空気がなくなった、それだけで……王が出ていったのだとわかる。
(なんて威厳……あの陛下なんて握り潰されてしまいそう……)
陛下どころか国ごと……そのくらいの威厳だった。
布がバサッと翻り、足音が遠のく。
「来なさい」
いつの間にかそばにいた侍女に伴われ、私はまた長い廊下を歩き出した。
もう兵士の姿はなく、右隣をバッカスと呼ばれた彼が歩いている。
逃げ出したくても、目の前で捕らわれた恩人を見捨てる事なんてできなかった。
「入りなさい」
辿り着いたのは思ったより大きな白い宮殿だった。
(パルテノン神殿……だっけ……)
遠い記憶の中から似たような建物を、TVで観た事があったと思い出す。
寝所だろうか……ある部屋に通されると、勝手に部屋から出たりせず、全て私共にお申し付けをと言って、逃げるように侍女はいなくなった。
豪華だけれど生活感のない、白い部屋。
石膏のような壁と大きな丸い柱、床も板張りなどなく剥き出しで、とにかく白い。
「好きに使え」
二人きりになったその人はそれだけ言うと部屋を出ていった。
(あの人が……第四皇子……)
白い衣を翻す後ろ姿を見送って思い出す。
人を寄せ付けず、家臣が次々逃げていく冷酷な皇子だと、メイドの彼女達はそう言っていた。王さえ彼の残忍さを恐れ、王都や政から遠ざけているのだと。
声を震わせ、逃げるようにバッカスから離れていった……あの侍女達の態度を見ても恐れられているのがわかる。
確かに冷酷な皇子なのかもしれない。
(でもあの人……)
去っていく後ろ姿、その歩幅は大きくて。
(もしかして……合わせて歩いてくれたのかしら……)
ここに来るまで何度も速く歩けと急かされた体力は限界を超えていて、頭もおかしくなっているのかもしれない。
適当な所に腰を下ろし、その日はそのまま眠ってしまった。




