22.いつかガランサスを……
その日から、エランと私の関係は少しずつ変わっていった。
今までと違い、旅や本の話をして盛り上がったり、本を持ってきてくれて少しずつ言葉を教わり、会話が増えて。
「ねぇ、ここは何と読むのかしら」
「えぇ、それはですね……」
学ぶ愉しさに目覚めた私は読書に夢中になり、時に寝不足を嗜められたりしながらも朝から晩まで本を読み耽った。
「リュリュエ様」
彼女達が私をこう呼ぶのも、この地方特有の訛りらしく彼女達もまた、エランから言葉を教わっていたと聞いた時はとてもうれしい気持ちに。
歩み寄ってくれたエランと彼女達のおかげで、私の心は少しずつ和らいでいった。
「リュリュエ様、今日は新しい編み方にしてみました。どうですか? 」
「ありがとう、とても可愛いわ」
「こちらの金飾りもどうぞ」
「新しい羽織を織ってみました。着てもらえますか? 」
今日も、明け方まで本を読み耽り寝坊した私は昼食の後、彼女達に身支度をしてもらっていた。
(それにしても……今日は一段と華やかな気が……)
急ぎながらも楽しそうに、まるで人形を着せ替えるみたいに、私を飾り付けていく。この国では、特別な日には金色の物を身に着けて着飾る風習があると聞いたけれど、今日がその特別な日なのだろうか。
「今日は何かのお祝い? 」
「実はエラン様のお誕生日なんです」
「それで、リュリュエ様を綺麗にしてお迎えしたらきっと喜んでくださるだろうって」
「そうなの? 」
『えぇ、もちろんです! 』
三人は当然だと言うように声を合わせるけれど。
(何の関係が……)
「おや、今日はにぎやかだね」
それならエランをお祝いした方がと言おうとしたところで、彼が部屋に入ってきた。
「エラン様、お誕生日おめでとうございます! 」
「エラン様がお喜びになるかと思って」
「どうですか? リリー様、とっってもお美しいでしょう? 」
「え……? 」
彼女達の言葉に目を丸くするエラン。こっちまで恥ずかしさで居堪れなくなってくる。
「エラン様、ほら、こちらにどうぞ」
「そうですよ、そんなとこに立ってないで」
「さぁさぁ、この椅子にどうぞ」
「え、あ、いや、」
彼女達はわりと強引に戸惑うエランの腕を掴んで連れてくると、ごゆっくりとか言いながらさっさと行ってしまった。
「すみません……彼女達、何か誤解しているようでして…」
「お誕生日だそうですね」
「あ、はい……」
恥ずかしそうに顔を赤らめて頭をかく。いつも冷静沈着で感情を表に出さない人だと思っていたけれど、そんな仕草がとても人間らしく親しみが湧く。
彼には人を魅了する才能があるのかもしれない。
「先日は、気候についてお話ししてくださいましたね」
「えぇ……今日はどんなお話をいたしましょうか」
「何か面白いお話はございますか? 」
互いに恥ずかしさを消すように話を変えた。先生として、もっと色んな事を教えてほしい。
「そういえば……人から聞いた話なのですが、今は一面の砂漠でしかないこの地も雨季になると草が生え花が咲くそうで」
「そうなの……どんな花なのかしら」
「ガランサスと言って、雪のように小さく白い花を咲かせるそうです。一つ一つは小さいのですが、一面咲き誇ると圧巻だと……もしかして、ご存知でしたか? 」
「いいえ、初めて聞く名だわ。ここからも観られるかしら」
「そうですね……」
この部屋は塔の最上階にあって地上より空の方が近く、よく見える。
雨が降っていたらきっと、地面に咲く小さな花なんて見えないだろう。
「その時期にはぜひ、外に出て観てみましょう。私でよければお連れします」
「えぇ、彼女達も誘って。きっと楽しいでしょうね」
「それならピザや飲み物も用意しましょうか。きっと楽しいピクニックになります」
「でも大丈夫かしら、雨季なんでしょう? 」
「えぇ、ですが絶えず雨が降るというわけでもありませんから」
エランはその花に、希望という花言葉があてられているのだと教えてくれた。
(希望……か……)
「なら……その頃までにはもう少し、歩けるようになっていないとね」
「えぇ、約束ですよ」
微笑みと共に交わした約束が、私の心に柔らかな明かりを灯す。雨季まではあと半年……果たされるかはわからなくても、その日まで皆でこうしていられたらいい。
でも平穏は、そう長くは続かない。
いつも唐突に、終わってしまう。
「エラン、どうかしたの? 」
「リリー様にお話が……」
いい話でない事は、エランの顔を見れば分かった。




