21.さすらいの旅人
「お医者様じゃない? 」
「元々、私はこの国の民でもなければ医者でも王に仕える立場でもありません。ただの旅人です」
「旅…人……」
旅の途中でこの地に立ち寄り、ある御方にお世話になった為、御恩返しにとその御方の下で働くようになり、王から声が掛かったのだとエランは話した。
「流行り病の患者を診る救護所で働いていたので、医師だと間違われたのでしょう。御恩に報いる為……そう思いお受けしたのですが、結果的に身分を偽る事になってしまい、申し訳ありません」
思い返せば……初めて会った日、エランは医師だと名乗らなかった。素晴らしい医術と献身的な姿勢から……私が勝手に彼の事を医師だと思い込んだだけ。
「それでも、あなたは確かに私を治しました。医師でなくてもどこかで医術を学ばれて、王様に呼ばれるほどの腕をお持ちなのでしょう? 」
「救護所の医師から学んだのです。後は独学で医術書を読みあさり……どれも付け焼き刃の浅知恵です」
情けない話です、と彼は恥ずかしそうに笑うけれど私にはそう思えなかった。
「では、私を治す事で出世なさるとか仕官できるとか……」
「いえいえ、一切そのような事は」
いよいよ、わからなくなってしまった。寝不足で倒れるほど、なぜ彼はそこまでして死にたがる私を生かしたのだろう。
メイド達や……あの御方という人の為……。
「初めてリリー様とお会いした時、汗をかき熱も高く、水さえ身体が受け付けずうなされて……とても苦しんでおられました。何とかしなければと、せめて苦痛を和らげてさしあげたいと思ったのです」
遠い昔を懐かしむように話す姿に、申し訳なさが募っていく。
見返りもなく人を助ける人なんていないと決めつけていた。目の前のこの人は、見知らぬ人質が苦しんでいても見捨てる事なく、献身的な治療で私を救ってくれたのに。
「何も知らず数々のご無礼を……ひどい事ばかり言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ……さぞ、お辛かったことでしょう」
見つめられて、視線と言葉が胸に沁みる。まだ大きく裂けたような傷が、きっと心と言われる所にあって痛い痛いと訴えている。
息がきゅっと詰まって言葉が出なかった。
危うく泣いてしまいそうになりながら、みだりに泣くなど恥ずべき事と抑えて、話題を変える事にした。
「旅が、お好きなのですか? 」
あまりに唐突だったか、私の目を見たエランはちょっと驚いたような顔をしてから、ふっと小さく笑った。
「すみません、気になったのです。旅とは……どんなものなのか」
思えば、前世でも今世でも旅行なんてした事がなかった。
「旅にご興味が? 」
「えぇ、した事がないのでどんなものかと思いまして」
他の公爵家の学友達は、長期休暇になると家族でバカンスに出掛けるのが常だったけれど我が家は、父の仕事の関係で家族旅行などした事もなく、屋敷の部屋の中で閉ざされた時間を過ごしてきた。
(思えば……狭い世界だったな……)
「面白いものですよ。世界は何処までも広く、自分の悩みなど小さいのだと思わせてくれます。もちろん苦難も試練もありますが、男の一人旅というのは実に気儘なもので……」
楽しそうに話し始めたエランの瞳は星の瞬きが宿ったように輝くけれど、急に話を止めて私を見る。
「どうしたの? 」
「いえ、このまま話すと長くなってしまいそうですから。そろそろお部屋に戻りましょうか」
いつの間にか、時間が経っている事も忘れていた。
抱えられるのは恥ずかしく、手を取ってもらい歩く事にして部屋へ戻る。
そのうち眠気が降りてきて。
「またお話しましょう」
「エランも、ゆっくり休んで」
旅の話もあの言葉をどこで知ったのかも聞けないまま、布団を掛けてもらい夢の世界に落ちていく。
明日からどんな日々が待っているのか……少しだけ、楽しみだった。




