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18.倒れたエランと過ごす夜


「エラン様、エラン様!! 」


 驚いて触れた肌は燃えるように熱く、名を呼び頬を叩いても反応はない。


「どうしてこんなに……」


 こんなになるまで無理を……漏れ出た言葉が自分を襲う。人質(ひとじち)の治療だなんて利にもならない事のため。どんなに手を尽くしたとて私が殺されれば、全てが無駄になってしまうというのに。


 私が望まなくても、仮に生きたいと言っても生かすだけ無駄とわかれば……王は私を殺す、そのぐらいわかっているはずなのになぜ。


「エラン様!! お目覚めください!! 」


 何度、呼び掛けただろう。脈はあり、呼吸はしているけれど反応はない。


 どうしたら……その時、勢いよく扉が空いて白いエプロン姿のメイドが。


「リュリュェ様!! 」

「え……? 」


 名前らしき大声を出しながら入ってきた彼女は、私とエランを見つけると青白い顔で駆け寄ってくる。


「エラン様、ーーーーーーーー」


「突然倒れられて、呼び掛けても反応がないの」


 言語が違うなんてつい忘れて返してしまう。強い(なま)りのような発音で、まだよく聞き取れないけれど、かろうじてわかる。エラン様はどうしたのかと聞いているのだと。


「お水……桶に水と何か清潔な布を! お願い! 」


 今度はジェスチャーを交えて伝えるとわかったというように頷いて、彼女は部屋を出ていった。


「エラン様、エラン様……」


 歩けない私には何もできなかった。


 ただ呼ぶ事しか……そのうち彼女が戻ってきて冷たい水で濡らした布で顔を拭くと、やっと意識を取り戻した。


「エラン様、聞こえていらっしゃいますか」

「あ……あぁ……調べなければ……」


 それからは大変だった。


 ふらついて歩けない身体で、何度も起き上がって“調べなければ、やらなければ、休んでいる暇はない”と……細身とは言え長身のその身体を掴んで引き留めるのは、とても力のいる事で。


 一人残ったメイドの彼女にエランの身体を引き上げてもらい、ベッドに寝かせて額を冷やす布を時折変えては汗を拭いて。


 メイドである彼女達には他にも仕事がある。


 炊事や洗濯、買い出しに出掛けたメイド達が戻れば食料の保管作業だって。


「今夜は、ここで私が()ます」


 そう言って、仕事に戻ってもらう事にした。



 いつもエランが使っている椅子に座らせてもらって、彼女を見送ると静かになった空間で、熱に浮かされる顔を見つめる。


 気付きもしなかった。


 損得も考えず、周囲から隔絶されたこの塔の中で親身に看病し続けてくれた人の事を、私はちゃんと見ていただろうか。


 歩み寄ってくれている人に、大して向き合う事もせず、自分の悲しみに浸るばかりで……周りが見えなくなり過ぎていた。


 この世界ではどうやって熱を測り、病を治すのだろう。


 額に浮かぶ玉のような汗を拭くと張り付いた前髪がはらり落ちていく。


 細く柔らかそうな、湿り気を帯びてうねる髪が、()に照らされて琥珀色に(きら)めく。


 (これがせめてもの御恩返しになるのなら……)


 あの時、失意のまま死んでいたら人の優しさに触れる事もなく、人という生き物にさらなる絶望を抱えていた事だろう。


 まだ、生きてよかったとは思えないけれど……王に殺されるその日まで、とりあえずやるべき事は見つかった。


 (しっかり休養をとっていただこう)


「はぁ…はぁ……」


 苦しそうな寝息、また浮かんできた汗を拭く。


「ん……」


 夢を、見ているのだろうか。


 眉をしかめ、苦しそうに。


「さ…ら……」


 うなされながら、誰かを求める手が宙を泳ぐ。


 今だけは……とっさに手を取ると、氷のように冷たい指先が探るように私の手を手繰(たぐ)り寄せ、握りしめる。


「ごめん……」


「え……」


 エランは、この世界に存在しないはずの単語を放った。あまりの驚きに心臓がドクンと脈打つ。


「んん……」


 眠り始め、再び力を失った手を布団の中へ収めてもまだ、その言葉が頭から離れなかった。

 

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