15.フィアンセの代わりに
「どうして……」
問いはふいに口をついて出た。
「どうして…私を生かしたの……」
悔しさ、哀しみ……虚しさ。
「私は生贄なのでしょう。早く化物の前へ突き出して。死ぬ覚悟ならできているわ」
言葉が通じる人がいた事で、想いが堰を切ったように溢れ出す。
「それとも太らなければ餌にもならない? 後どのくらいこんな想いをしなければならないの? 何でもいいから早く死なせて」
「化物などおりません」
一言だけ、でも私を黙らせるには充分な言葉だった。
「あれは王様が貴国の皇帝様を試すためお使いになられた方便と聞いております」
「方便……そんな……そんな事あるはずがないわ。私は争いを鎮めるため荒ぶる神をおさめる生贄としてこの国に来たのです。穏やかな日常も婚約者との未来も棄ててここへ……それなのに方便などと……」
呼吸が乱れてふらつき、支えられる。
「大丈夫ですか」
「殺して……もう生きていたくない…」
「お気を確かにお持ちください。貴女様が今ここにいるという事は、その御方が愛する女一人守ることのできない男だという事です。いつまでも……執着する価値などありません」
「どうして……あなたにそんな事言われなきゃならないの……」
「失礼致しました。今は心を落ち着けて治療に専念ください。お身体が治ればまた楽しみも生き甲斐も見つけられるはずです」
「どうでもいい……」
「今日は消化の助けとなるキャベツを煮込みました。お召し上がりください」
何も言いたくなかった。
「どうぞ温かいうちに」
「ひとりにして……」
「かしこまりました」
その日、私は意識を取り戻してから初めて、食事に手を付けなかった。
ごめんなさいと世話をしてくれる彼女達には謝ったけれど、今は人の事まで気遣える余裕はなくて。
異国の片隅で、一人現実を突きつけられて、死ぬ事もできない。
(執着だなんて……愛した人を……共に過ごした月日をどうしてそんなに簡単に葬り去る事が出来るの……)
優しい笑顔も、愛してるの言葉もまだ鮮明に残っている。
(ランス……)
呼んでも、もう声は届かない。
今までの、豊か過ぎた生活の何を取り上げられても生きていけると思っていたけれど、愛だけは違った。身に沁みる世の冷たさを感じる度、失った愛の柔らかさが懐かしくて、あの日に戻りたくて仕方なかった。
「昨日は失礼致しました」
翌日、診察に来たその人は丁寧に頭を下げた。
「いえ……」
もう何を言っても何一つ戻って来ない。今更、人生に続きがあると伝えられても……だからといって、収めきれない気持ちをその人にぶつける気力も、もう残っていない。
ただ、目を伏せて頭を下げた。
「改めましてご挨拶を。私はエランと申します。王様から命を承り、こちらに参りました」
「そうですか……」
何もかも……どうでもいい。
「すみませんが、頭が重いので一人にしていただけませんか」
「かしこまりました。ごゆっくりお休みください」
そう言うとその人は、扉を開け椅子を持ってくるとなぜか、窓の鉄柵を外し始めた。
「あ、あの……」
「うるさくして申し訳ありません。風通しを良くしたいと思ったものですから」
外された鉄の棒は三本、たったそれだけなのに突き抜けた濃い青の空が私の中に入ってくる。
「貴女様には、申し訳ないと思っています。これまで私は、生きたいと願う人の助けをしてきました。ですが今回は……自らのエゴの為に、死にたいと願う貴女様を生かしてしまった。苦しむ貴女にその生命の重みを突きつけてしまったのです」
何も言えない私の方へ、その人は椅子を降りて近づいてくる。
「現実的に、貴女様には生きてもらわねばなりません。せめて王様の関心がそれ、他所に向くまでは」
「王の……関心……」
「えぇ、王様は気まぐれな御方と聞いていますから」
いたずらな微笑みは、自らが仕える王をからかっているように見える。
「婚約者様の代わりにはなれませんが、ささやかな希望を、見出すお手伝いをさせてください」
希望など……今の私には途方もなく遠く、そのしっぽさえ見えてこないけれど。
なぜか悪い気は起こらなかった。




