14.生かされる理由
エランはベッドに腰掛けるとリリーの身体を自分に添わせ、慣れた手つきで匙を口元へと運ぶ。
「飲まないと、死んでしまいますよ」
しかし、リリーが口を開ける気配はない。
「やめて……もういいの……」
か細い声で、生きる事を拒否するリリー。でも初めて会った日の、もっと酷い状態を見てきたエランは動じる事なく、穏やかに語りかける。
「まだ少し沁みるでしょうが、薬になります」
何か言おうとしたリリーの口にうまくスプーンを滑らせて、やっと一口飲むことができた。
「このまま貴女様が命を落とされれば、メイド達はもとより、ここの領主とその一族もこの地に住む民も無事では済まないでしょう。王様はそのような御方です。お辛いとは思いますが、どうか……お気を確かに」
子守唄のように言って聞かせながらゆっくりと、様子を見てはスプーンを滑らせる。
その言葉が効いたのか、リリーはもう拒まなかった。苦しそうに、時折顔をしかめてむせながらも時間を掛けて、差し出された分を何とかすべて飲みきると、ぐったりと、薄く開けていた目を閉じる。
今のリリーには、それが精一杯だった。
「お疲れ様でございました」
柔らかな声で労うと、落ち着いたのを確かめて、優しくベッドに横たわらせる。
その頬に、うっすら涙の流れた跡が。
むせた時に出た生理的な現象か、それとも……その心の傷みに寄り添うように、エランはリリーの隣で時を共に過ごした。
「また明日、参ります」
明るかった陽が傾きはじめ、浅かった呼吸が深くなったのを見届けると、安堵したように部屋を出ていく。
まだ名も知らぬ二人の縁は、時を積み重ねる事で繋がり、この日を境にリリーは再び回復していった。
リリーが回復の兆しを見せてからも、エランはリリーが再び立ち上がれるよう、力を尽くした。メイド達には言葉の隔たりがある事を伝え、コミュニケーションの取り方を教えたり、食事を出す際にはリリーの母国の言葉で料理の内容と効能を記したメモを渡すようにしたりと、細やかな気配りでリリーの回復を支えた。
同じ塔の地下室でリリーと同じようにベッド一つだけの部屋に暮らし、本を読み漁り、薬を調合し、リリーのそばにいない間も治療の為に出来る事は全て試した。
ろくに睡眠も取らない、その献身ぶりにメイド達の心も動かされ、彼女達もまた、進んでリリーとエランの事を気遣うようになっていった。
「エラン様は優しく物腰も柔らかで、本当に素敵な御方ね」
「えぇ、下働きの私達にも微笑みかけてくれて、この間はありがとうと御礼まで言ってくださったわ」
「本当に、この国のガサツで乱暴な男達と比べたら……」
メイド達は、顔を揃えればエランの話題で盛り上がり、うっとりと、その笑顔を思い浮かべた。
そしてジェスチャーで簡単なやり取りが出来るようになったリリーにまでも、これまでのエランの献身ぶりを伝えたのだ。
「どうして……」
うっすらと、陽の光が射し込む部屋で一人になったリリーは呟く。
殺される為に来たこの場所で、まさか生かされるとは思っていなかった。
スープの中に大量の唐辛子が仕込まれたのも、ストレスが溜まっていたメイド達が鬱憤を晴らす為にいたずらしただけで、死なせようなどと思ってもいなかったと聞かされて。
生贄のはずなのに。
異国の地で言葉も通じない、縁もゆかりも無い人達から、家族以上の深い真心を与えてもらう事になるなんて、想像もできなかった。
それが例え自分達の命の為だとしても……前世の私なんて血が繋がっていたのに…介護漬けの日々は苦痛で仕方なくて、呼ばれて嫌な顔をする事もあったし、八つ当たりして心を込める事なんて、とても出来なくて。
解放されたいと……ずっと思っていた。
(どんな人なんだろう……)
そこまで人に尽くせる人を、私は他に知らなかった。




