13.忍び寄る影
コツコツコツ……
石造りの薄暗い道に響く足音。
薔薇の棘に刺され、失意の底に沈むリリーの元に一人の男が。
男の名はエラン。
馬の尾のように長く豊かな髪をなびかせ、部屋に入ると一言。
「まるで牢獄だな」
艶めいた低い声で呟く。
男はリリーの額の汗を拭うと真剣な表情で世話を始めた。身体を拭き、髪を整え……色を失くし人形のように眠る姿を感情のない瞳で。
もう誰も、不気味がって近寄らなかった。
万一、何かして罰を受けるような事があればとリリーにも、このエランと言う男にも関わりを持とうとはしない。
眠っているが呼吸はある、何かを飲み込むことは出来ると判断したエランは自らの手で薬と芋を煮た上澄みを用意して、リリーに飲ませる。
縁もゆかりも無いリリーの身体を抱きかかえ、何度咳き込み吐き出そうとも……決してめげずに世話を続けた。
そうして20日が経った頃、リリーは目を覚ました。
「お目覚めですか」
反応はなく、ただぼんやりと天井を眺めているばかりで聞こえているのかもわからない。
ただ初めて見えた紅茶色の瞳だけがエランの成果で、それからもあまり変わらない日々が続いた。
「して、人質の様子はどうだ」
「はい。大陸から来たエランという医師に世話をさせた所、回復の兆しがあるようで」
「エラン……初めて聞く名だ」
「長髪の、女のように整った顔立ちの男です。優れた腕を持ち、斬新な医療技術で次々と感染症や不治の病を治しているとか……」
「フン、余所者か。誰だ、そんな男連れ込んだのは」
「何でも大陸で医師をしていたそうで、いきさつはわかりませんが第四皇子様のお屋敷に」
「バッカスか……」
二人のいる所から遙か遠く、王宮殿では王があの白髭の側近と話している。この国に入った以上、生きるも死ぬも運命はこの王の手に握られている。
握り潰されるか、包み込まれるか……それはまだ決められていない。
「メイドを送れ。男では身の回りの世話が出来んだろう」
「は……ですが、何故そこまで手厚く……」
「皆まで言わせるな」
「はっ、すぐに手配致します」
そうしてリリーとエランのいる塔に、三人のメイドが派遣された。
「今後、身の回りの世話は私達が致します。お食事とお薬につきましても指示いただければ、そのようにお支度致しますので……」
王様の命令とあればエランは引き下がる他なく、一日に一度、リリーのいる部屋に診察に行く事となった。
これまでの薬が効き始め、少しずつ流動食が口にできるようになった頃のこと……しかし、メイドが世話をするようになるとまた、リリーは食事を口にしなくなった。
ベッドに横たわり、衰弱していくその姿は自ら死に向かっているようで。
気の毒に思った王付きのメイド達は話し掛けたり、体勢を変えて空を見せたりして、それなりに手を尽くしたが、リリーが何か反応を見せる事はなかった。
「お嬢様、何か召し上がりませんと」
「今日は大陸よりダイコンという物を仕入れたのです。何でも消化管の助けになるとか」
解決の糸口を探るべく、朝の食事時に様子を見学していたエラン。相変わらずリリーが口にする様子はなく、無理に口に注ぐと咳き込んで吐き出してしまう。
自ら飲み込む力がないと……エランが観るに、眠っていた頃より意識はしっかりとしているようだ。
ただ、言葉が届いていない。
今日の食事は大陸から希少なダイコンを仕入れ、すりおろして煮た。今の彼女には薬にもなる食事。
「少しだけ……二人にしていただけませんか」
メイド達が出て行った部屋で、エランはリリーのそばに寄った。




