11.生命よりカカオを
「面白い」
息絶え絶えに横たわるリリーの見て、王は呟いた。
「え……」
想定外の反応に、縮こまっていた領主も思わず声を漏らす。
「急ぎ、知らせてやれ。お前達の差し出した人質が危篤で余命いくばくもないとな。治療するには金もかかるから親元に返す、日時と場所の交渉を望むと」
「はっ、かしこまりました!! 」
驚いていた領主は、これで荷を降ろせると急いで部屋を出ていった。残ったのは王とその側近。長い付き合いなのか白髭の側近は威厳に満ちあふれた王を恐れる様子はない。
「王様も、やはり人の子であり人の親……という事でしょうか」
「何が言いたい」
「人質が死ぬからと親元に返してやろうなどという親切な王は建国以来、いいえ、他国の歴史にも聞いた事がございません。寛大で慈悲深いご判断だと」
「勘違いするな」
王は眼差しに悪を秘め、無表情に言う。
「身を利用できぬなら立場を利用するだけのこと。私はこの女を物差しにして、あの国の皇帝や貴族を測るつもりだ」
「ほう……物差し、ですか」
「そうだ。あいつらは我等のからかいのような交渉話に乗り、人質をよこしてきた。我欲煩悩の為に民の生命を差し出す皇帝など、民が支持すると思うか」
「いえ、そのような皇帝を支持する者などいないでしょう」
「この女の引き渡しに応じなければあの国を滅ぼす……結束の堅い国は後の統治に手こずるが、そうでない国は飴を与えておけば容易いからな。あの愚かな皇帝はメンツばかり気にしていて中身がない。これが国の命運を左右する決断になるとは思っても見ぬだろうな」
「しかし、皇帝の意志と親の気持ちは相容れぬはず……なるほど、おみそれいたしました」
「この女は国で一番の有力者の娘。あの国は公国、皇帝といえど元を正せば家臣である貴族達と同じ身分」
「謀反を起こさせ、内から滅ぼす……さすがは陛下、ご明察にございます」
「わかったら手はずを整えよ」
「かしこまりました。至急、間者を送り内情を調べます」
そうして側近も出て行った部屋で、王は吐き捨てるように呟く。
「憐れな女だ」
その言葉に感情などひとかけらも籠ってはいなかった。
返事が届いたのは早くも翌日の事だった。
書面を見た王は顔色ひとつ変えず、フンと鼻を鳴らすとそれを投げ捨てた。
昨日と同じ白髭の側近が拾い上げて読み上げる。
「その者は既に供物として貴国に眠る魔物に捧げたものだから引き渡しは望まない。扱いに困るなら魔物に喰わせるなり、野山に捨て置くなり好きにするがいい。尚、これは皇帝の意思でなく、両親の意向だ……と書かれておりますな」
王は黙ったまま何も返す様子はない。
「それに、約束の品を早くよこせとも……人の生命をカカオと引き換えにするとは。呆れましたな」
王は椅子の肘置きを指でトントンと3回ほど叩き、4回目で止めた。
「魔物か……なら望み通りにしてやろう」
小さく呟いた後、領主に指示を出した。
「腕利きの医者を集め、何としても生かせ。それができればお前の出世の道も開けよう」
「はっ」
「お前も知恵を貸してやれ」
「かしこまりました」
領主と側近に申し渡し、立ち上がると王は城へ帰っていった。
二度、親に捨てられたリリーは生きる気力を失くし、もう何日も生と死の境を彷徨っている。その一方、かつて暮らした屋敷では大規模な祝宴が開かれていた。




