10.激辛事件
考えても考えても、どうしてこうなったのかはわからなかった。
記憶にあるランスやローズやお父様お母様の仕草や表情をひとつひとつ思い浮かべては考えるけれど、思い出せるのは優しい笑顔と楽しい思い出ばかり。夜が明けて、また日が暮れて……メイドが来ては前世の傷をえぐるように私を責め立てる。
何でもいいから早く殺してほしい。
もう……どんな化物が現れて、恐ろしく鋭い牙を向けてきたとしても驚きはしない。
どんな世界の誰に生まれ変わったとしても結局、これが私の居場所で日常なのだと思い知らされる……その為の最後の転生だった。
日々が続くうちに諦めの気持ちが増して、私は考えるのをやめた。
ただぼんやりと壁を見つめて……でも、何日経っても化物の所に連れて行かれる様子はない。
そんな私を気味悪そうに見て眉をしかめながら、入ってくるメイド達。
今日も異国の料理らしい赤いスープと白いパンが置かれるけれど、辛そうな匂いが部屋に充満し、むせてしまってとても食べる気になれない。
「すみません……これは何という料理でしょう」
意を決して話しかけてみる。
「はぁ!? (なんか文句でも!? )」
出ていこうとしていた彼女達は振り向くと、気に入らないというニュアンスの声を出して近付いてくる。
「あの……そうじゃなくて、こういう料理は見たことがないので……」
「ーーーーーーーーーーーーー!! ーーーーーーーーーーー」
「ごめんなさい……なんて言っているのか」
「ーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーー!? 」
「ーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーー」
「ーーー、ーーーーーーー。ーーーーーーーーーーーーー」
「え……あの……」
異国の言葉でまくし立てられた後で一人のメイドに後ろから羽交い締めにされ、口に指をねじ込まれて……赤いスープが近付いてくる。
「や……やめて……やめてくだゲホッッ!! ゴホゴホゴホッ」
「ーーーーーーーーーー、ーーーーー」
喉に炎を流し込んだような辛さと熱さ、反射的にむせてこぼしてしまうと、上からパンを詰め込まれる。
(苦しい……息が…息ができない……)
息をしようとあがいて暴れるけれど、またスープが流し込まれて。
(殺……される……)
刺激は痛みに変わり、身体の中から私を焼いて世界から遠ざかるように、私の意識は途絶えた。
「おい!! お前達、何をやった。あれほど殺すなと言ったはずだ」
騒ぎを聞きつけた領主は激怒し、メイド達を囚えると誰の差し金かと激しく尋問した。医師の診察によると、スープには致死量の唐辛子が入れられており、料理自体は郷土料理であるものの、メイドのどちらかが殺意をもって故意に混入させたものである事がわかった。
「どうしたものか……」
領主は頭を抱えた。
互いの国境にあるこの地は昔から隣国との諍いが多く、隣国の人間、特に貴族に恨みを持つ者も……十分に身辺調査はしたものの誰かに取り込まれた可能性も捨てきれず、メイド達にも同情の余地はある。隣国の、死にかけている見知らぬ人質より、我が領民を大事にしたいのが人の心。しかし、あの恐ろしい王に生かしておけと言われた以上、このまま死なせてしまうわけにはいかない。
そんな折、より領主を困らせる報せが。
「王が……この地に……」
隣の領地の葡萄畑を見学するついでに、この城に立ち寄り人質と会うという。
領主は慌てふためいた。
九死に一生を得たものの人質は今も床に臥せっており、食べ物も口にできないまま衰弱の極みに。いつ死んでもおかしくない状態だ。王に、事件を隠しきるのは不可能だろう。
かと言って会わせなければ……あの恐ろしい王のこと、自分だけでなく一族もろとも滅ぼしてしまうだろう。
命令に、従わぬわけにいかない。
小さな農村の小領主として、わりと呑気に暮らしてきた彼も、巻き込まれた身として覚悟を決めるしかなかった。




