第三十七話 線の地図
二日の水は、朝の計量で五百四十に減っていた。
減った六十は、日陰の喉へ先に回した分だ。回した帳面を、セレナが防の延長の余白に書く。書いた字に、出撃の許可はまだない。ないまま、棚の焼印写しと、杭の間隔と、キリカの本数が同じ机に並ぶ。
「山へ二十袋は出せない」トオルが短く置いた。置く位置は、剣の届く距離だ。「出せば学院が一日で乾く。十袋なら、半日の偵察と帰りが上限です。上限の中で触れるのは、仮堰の下流と、截水の露出部まで」
「二十袋は出さない」リリアが返した。返す金髪は結い直され、塩は落ちきっていない。「出さない代わりに、線を紙に落とせ。落とした紙が、防の延長の名目になる。名目の先に机がある」
机がある。キリカが杭の間隔を、炭で床に写した。写した点は等間隔ではない。等間隔に見えて、要所だけが短い。短い箇所が、幼体の誘導と、成体の止めを切り替えた位置だ。
「線は一本ではない」彼女が言った。「表の杭は旗を走らせる。裏の線は水を折る。裏の線は、暗渠の詰まりと、山の裏打ちと、堰の門で繋がっている。門を触らずに水を戻すなら、裏打ちの剥がし点を当てるしかない」
剥がし点。第一部で一夜だけ開けた暗渠の延長が、第二部の水源候補になる。候補を、ミレイユが医の顔で切った。
「学院の暗渠を再度開ければ、指は戻るかもしれない。戻る量は、以前の一本半を超えない。超えない水では、二日は持てない。持つには、山側の截水を戻す必要がある」
持つには山だ。アリアが槍の石突きを床に落とした。落とした音が、出撃の欲求を一度だけ見せて、収まる。
「十袋で仮堰まで行く。行って、裏打ちの継ぎ目を見る。見て帰る。帰りの水が足りなければ、門の外の残り十樽を見る目だけでも取る」
門の外の残り十樽は、本紙と一緒に拒まれた側の在庫だ。在庫を奪えば手続きが走る。走る前に、目だけを取る案が、防の延長の境界線になる。境界を、クラッドが乾いた唇で拾った。
「十袋の偵察は、緊急の所管を外へ漏らす。漏らした先で影が再度動けば、閉じた記録が開く。開いた記録を、机は本紙の根拠にする」
「記録は閉じたままだ」防衛卿の声が、扉から落ちた。「閉じたままの延長として、偵察を許す。許す人数は八を超えるな。超えた列は出撃になる。出撃の印は、今日も出さない」
出さない。空白が、第二部の最初の外出を八人に縛る。縛った八人の水は十袋。百二十リットル。学院に四百二十を残す計算が、トオルの頭で一度だけ完了する。完了した数字を、彼は旗に返した。
「十袋、八人、半日。仮堰の下流まで。下流の継ぎ目が焼いてあれば、剥がしに道具が要ります。道具の重量分、袋を減らすか、人手を減らすかです」
「人手は減らすな」リリアが決めた。「袋を九にする。九袋で継ぎ目まで行き、一つは帰り用に手を付けるな。手を付けた瞬間、半日が切れる」
九袋。学院の残りは、さらに十二リットル増える。増えた分が、日陰の喉の一時間になる。一時間を、セレナが帳面の端に書いた。書いた端が、第二部最初の出撃予算だ。
夕方、門の外の金具はまだ土にあった。
土の上の布を、キリカが遠くから見た。見た目が、次の影の予告を本数に足さない。足さないことが、名を呼ばない自制の続きだった。続きの横で、神官正が指数本の水を加護の残りと呼ぶ。呼び方を、計量の紙が搬入十の減少表で押し返す。押し返した中庭に、塩の旗が短い列を作る。作った列が、明朝の九袋と八人の名簿になる。名簿の先頭はリリア、左はセレナ、先触れはアリア、医はミレイユ、計測はトオル、案内はキリカ。残り二は荷と弓だ。
「名目は防の延長だ」リリアが列に言った。言う声が、第一部の残党確認より低い。「延長の先で、線の継ぎ目だけを見る。見たものを、机の本紙より先に棚へ戻せ。戻した紙が、第二の山の地図になる」
地図になる。トオルは九袋の重さを、床で一度だけ確かめた。確かめた先に、山の裏打ちと、截水と、平原の机が一本の線で繋がっている。繋がった線を、水の二日で逆に辿る。辿る仕事が、第二部の最初の外出だった。外出の前夜に、誰も魔王とは呼ばない。呼ばない沈黙が、九袋の布と、預かりの函と、門の外の金具のあいだに落ちている。
――第三十七話 了――




