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第二十八話 袋の最後

一袋強は、旗の喉には回さなかった。


回さない水を、トオルは剣の届く距離の床に置いたまま、崩落の角度だけを読んだ。読んだ右の壁が、影の胸の抜け道になっている。抜け道を、石垣の弓がすでに打ち始めている。打ち込む矢が土を削り、削られた粒が前脚の周りへ落ちる。落ちる量が、もがく振動に追いつかない。


「足りない」アリアが息を切らしながら言った。「矢だけでは胸が開く。開く前に、上から土を落とす必要がある。落とす人間は、石垣の外に出る」


出る。緊急の所管が、門の厚みにしか効いていない。効いていない外へ足を出せば、手続きが漏れる。漏れる前に、リリアが細身の柄を一度だけ床に突いた。突いた音が、号令になる。


「出るな。出る代わりに、旗で胸を寄せる。寄せた体重が、自分の壁を落とす。落とす位置は、傷のある側だ」


傷のある側。浅い黒い滲みが、すでに土を変えている。変えた土を、影が嫌って頭を振っている。振っているあいだに、リリアが日陰から出た。出た背中の Sweat が、川床の光で一気に光る。光る旗を、痛みと怒りの目が再捕捉する。再捕捉した頭が、傷のある肩へ体重を乗せた。乗せた瞬間、胸の上の脆い層が落ちた。


落ちた。キリカの声が、本数の外で一度だけ高くなる。


「胸が埋まった。埋まった。抜け出しは、肩と胸の両方だ。両方なら、袋の最後より長い。長いあいだに、尾だけが自由だ」


自由な尾。振られた風が、石垣の低い段を再度舐める。舐めた砂の中で、セレナが帳面を抱えて射線を維持する。維持した矢が、鼻先をずらす。ずらした間に、ミレイユが濃度を測る。


「臭いが土に吸われている。吸われた甘い息は、門まで届かない。届かないあいだ、内側の肺は持つ。持つあいだに、袋を切るな」


切るな。トオルは一袋を半分に割った。割った水を、候補生の桶へは落とさない。落とさない代わりに、布に染みて石垣の上の射手へ渡す。渡した一口が、射線の精度を四時間から分単位の勝負へ変換する。変換した数字を、彼は旗の視界へ短く送る。


「胸の埋没は深い。深いが、後脚が効いている。効いた後脚が、次に土を蹴る。蹴った振動で、左が裂けます。裂けた先を、弓で押せば埋め直せる」


「押せ」リリアが号令した。号令の金发が、Sweat で頰に張り、頂点の形が斬る側の旗を維持している。維持した位置から、彼女は細身を再度振った。振った刃が、角の手前の傷を浅くなぞる。なぞった痛みが、頭を上へ跳ねさせる。跳ねた間に、後脚が土を蹴った。蹴られた左の壁が裂ける。裂けた穴を、石垣の弓が集中して埋める。埋めた土が、抜け道を再度塞ぐ。


外套の男が門の外で杭を出さなかった。


出さない手が、初めて空の樽の箍だけを見ている。見た顔は、線の送り直しを一時的に捨てた手の顔だ。捨てた先で、成体の埋没を日程の誤差として処理しきれない。処理しきれない目が、石垣の金髪を測る。測る仕事だけが、旗局の命令として残っている。


クラッドが下から香水を薄く残した。残した口が、右隣のつもりで川床を見る。見る旗の胴衣は、Sweat と砂と黒い滲みの匂いを濃く帯びている。帯びた旗を、彼は慈悲の翻訳へ載せる。


「埋めても死なない。死なない影を、空の犯人にすれば、本印は今日中に間に合う。間に合う空白を、袋の最後で守り切るか」


「守る」防衛卿の声が、遠くから落ちた。「緊急は防いでいる。防いでいるあいだ、本印は出さない。出さないあいだ、埋没は防の結果だ」


防の結果。胸と肩と前脚が土の中にある。ある影が、後脚だけで踏ん張っている。踏ん張った力が、抜け出しの予兆を再度作る。予兆を、キリカが切った。


「まだ抜けない。抜けないが、袋は最後だ。最後の一口を、旗に回すな。回すと、射線が先に死ぬ。射線が死ねば、尾の軌道を見られない」


見られない。トオルは半分の袋を、さらに射手の布へ染みた。染みた残が、一袋を切ったあとの最後になる。最後を、剣の届く距離の床に置いたまま、彼は埋没の深さを再度読む。読んだ先で、影の目が旗を捉え続けている。捉え続けた目が、痛みで定まらない。定まらないあいだが、今日の六度目の勝ちの幅だった。


幅の中で、リリアが石垣の陰へ半歩戻らなかった。戻らない旗が、川床の光の中で Sweat を垂らし続ける。垂らした滴が、斬る側の残り熱として影の鼻の前にある。鼻の前に水はない。ない川床が、閉じた門と、本印のない空白と、袋の最後を同時に支えている。支えている沈黙の中で、誰も魔王とは呼ばない。呼ばないまま、前脚はまだ土の中にある。


――第二十八話 了――

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