第二十六話 三度目の線
三度目の杭は、影の待機が一番長くなったときに打たれた。
打たれた位置は、門の外の死角だ。死角を、石垣の弓が一瞬だけ見失う。見失った土に、短い杭が二本、斜めに並ぶ。並んだ焼印が、棚の破片と同じ手だ。同じ手が、折られた線を三度目に送り直す。送り直した起点を、アリアが遅れて見た。
「打たれた。二本。門の蝶番の外、射線の下だ。下から影の鼻に届く」
届く。キリカの声が、柱の陰で一度だけ鋭くなる。
「三度目は成功しかける。しかける線を、影が拾えば門へ戻る。戻る前に、起点を折れ。折れるまで、旗は日陰から出るな」
出るな。リリアは日陰に留まった。留まった背中の Sweat が、冷えた布の下で再び熱を持ち始める。持ち始めた旗を、影の目はまだ捉えていない。捉えていない鼻が、新しい杭の匂いを川床の上で拾った。拾った頭が、ゆっくりと門のほうへ戻る。戻る半歩が、今日の勝ちを吐き始める。
「打て」セレナが号令した。
弓が死角を探す。探す矢が、一本目の短い杭を弾く。弾かれた木が折れる。折れる前に、二本目の匂いがすでに鼻へ届いている。届いた頭が、半歩を止めない。止めない体重が、川床から門の方向へ傾く。傾いた甘い臭いが、再び石垣まで戻ってくる。
「拾われた」トオルが足幅を読んで言った。「一本折れても、二本目の線が生きています。生きた線の先は、門の正面です。正面に戻る前に、旗で下流へ引き戻せます。引き戻すと、再捕捉されます」
再捕捉。日陰の勝ちが、三度目の線で崩れる。崩れる前に、リリアが細身の柄を握り直した。握り直した指が、朝からの砂で粗い。粗い指が、クイーンビーの未整備を戦場の熱へ変える。
「出る」短い声。「日陰の旗を、一度だけ下流に見せる。見せたあとに、川床の白い砂のさらに先へ跳ぶ。跳んだ先で、線を切る」
切る。旗が日陰から出た。出た瞬間、Sweat の光が石垣の外へ漏れる。漏れた光を、影の目が再捕捉する。再捕捉した頭が、門ではなく旗のほうへ大きく振れる。振れた軸が、三度目の線から外れる。外れた半歩を、アリアが槍で追った。
「乗った。線から落ちた。落ちた鼻が、旗だけを見ている。見ているあいだに、二本目を折れ」
石垣の弓が、二本目の短い杭を弾いた。弾かれた焼印が、外套の男の足元で砕ける。砕ける音と一緒に、机の三度目の線が途切れる。途切れた鼻は、旗の Sweat だけを頼りに川床の下流へ走る。走った風が、門の正面を完全に空ける。空けた厚みを、ミレイユが濃度で測る。
「門の臭いが切れた。切れた。下流の旗に全部寄っている。寄っている肺を、石垣から外せ」
外せ。下級生が階段の裏へ下がる。下がった列の中央で、リリアが川床の砂を蹴って跳んだ。跳んだ先は、白い砂の山のさらに下流だ。下流に着地した背中が、Sweat で張りついたまま影の正面に立つ。立つ旗を、成体が見る対象のまま追い越そうとする。追い越す鼻の前で、細身が初めて本格に振られた。
斬ったのは鱗ではない。鼻先の軸をずらすための、角の手前の一閃だ。一閃が、甘い息を横へ弾く。弾かれた頭が、川床の低い壁に肩をぶつけた。ぶつけた振動で、土が崩れる。崩れた先に水はない。ない川床が、影の足元をさらに落とす。
「落とした」キリカが本数の外で言った。「三度目の線も折れた。折れた鼻は、旗に怒りを乗せている。乗せた尾が、次に払う。払う風を、石垣の低い段から避けろ」
避けろ。尾が振られた。振られた風が、石垣の砂を高く上げる。上がった砂の中で、トオルが三袋のひとつを抱えて階段を下がった。下がった位置は、剣の届く距離の限界だ。限界で、彼は旗の着地地点と影の足幅を再度描く。描いた地図を、リリアの視界へ投げた声で送る。
「左の壁が脆い。脆い壁へもう一度寄せれば、体重で自滅します。自滅は斬り殺しではない。ではないが、門から遠ざかります」
「寄せる」リリアが細身を左へ開いた。開いた軌跡に、金髪の滴が川床の砂を打つ。打った点を、影の目が追う。追った頭が、脆い壁へ半歩寄る。寄った肩が、土を大きく崩した。崩れた土が、成体の前脚を埋める。埋まった間に、甘い臭いが下流へ偏る。
門の外で、外套の男の目が細くなった。
細くなった顔は、三度目の線を折られた手の顔だ。手の角が、まだ出ない。出ない角を、クラッドが石垣の下から翻訳しようとする。翻訳の香水は薄い。薄い口が、右隣のつもりで川床の旗を見る。
「寄せて落としても、影は死なない。死なない影を、空の犯人にすれば足りる。足りる慈悲を、今の空白で拒むな」
「拒む」防衛卿の声が落ちた。「緊急は防いでいる。防いでいるあいだ、本印は出さない。出さないあいだ、客の線は客の線だ」
客の線。三度折られた杭が、門の外の土に転がっている。転がった焼印を、セレナが十枚目の隣へ写す。写した十一枚目が、物証の棚をさらに厚くする。厚くした紙の下で、誰も魔王とは呼ばない。呼ばない沈黙が、前脚を埋めた影と、川床の旗のあいだに落ちている。
トオルは三袋を二と少しに数えた。数えた数字を、剣の届く距離で置いたまま、彼は崩れた壁の角度を読む。読んだ先で、影が前脚を引き抜こうとしている。引き抜くあいだが、今日の四度目の勝ちの幅だった。幅の中で、リリアの貼りついた胴衣が、斬る側の Sweat を下流の風に垂らしている。
――第二十六話 了――




