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 今日もまた美しい少女の死体を求めて、青年たちが教会の重い扉の前に長い列を作っている。多くの青年がこれから行われる行為の罪深さに慄き、恥じ入るように俯いている中で、ひとり五月の澄み渡った空のように伸びやかな顔をしている青年がいる。朝日に対峙するその姿は、神々しいまでに美しい。鼻梁は重回帰モデル推定によって解析されたテオフィリンの濃度時間曲線を描き、頬はその投資が明るい未来を約束すると言いたげな不動産投資広告のようにバラ色に輝いている。

 それにしてもなぜそのような稀有な清らかさを持つ青年が、こんな忌まわしい場所に立っているのか。あるいは今日発売されるトレーディングカードを求める人びとの列と勘違いしているのだろうか。

 清々しい朝の大気が干からびた土地の上を覆い、教会の鐘楼は青空を貫かんばかりに聳立しているが、わたしは一翅の薄羽蜉蝣となって、かれの背中にへばりつき、これから行われることの一部始終を詳細に観察してみることにしょう。

 午前七時。

 教会の重い扉が開く。

 まるで何十年も開けられることがなかったために蝶番が雨風に錆つき、オーク材の表面はすでに色を失ってひび割れている、そのような扉が開くときに立てる軋んだ開閉音を響かせながら。

 忌まわしい記憶が持つ固く閉ざされた歪み。

 その重い扉の内側は、青年の内面のように暗い。青年はその中を死んだ少女の美しい横顔を求めて、ゆっくりと進んでいく。

 あるいは青年は幼くして死んでいった妹のことを考えているのだろうか。自分の画家としての才能と妹の命を賭して、神と取引をした男のように。

 あるいは「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」と、音楽的にして呪術的な言の葉を詩に定着させた男のように。

 いや、それはあまりにロマネスクな見方というものだ。

 この青年の神経細胞の繋がりをメトロポリス・ヘイスティングス法を用いて解析してみると、そこに見えてくるのは、・・・いや、性急にそのような分析を進めるのは止めておこう。今はただ青年の行動とかれの肩越しに見えてくる光景の詳細な観察をすることに専念することとしよう。

 とは言ったものの、一時間後わたしは吐き気を抑えながら、青年の肩から飛び立ち、四月の穏やかな空気の中を飛び続けた。わたしはあるいは泣いていたかもしれない。泣きながら、しかし晴れやかな気持ちに満たされてもいた。そしてなぜ半音上げる記号をシャープと言い、半音下げる記号がフラットと呼ばれているのかという子供のころから疑問が思い出された。

 この際、この問題を解決しよう。ネットや音楽史のでたらめな説明など全く信じないわたしは、命名した本人に会って、直接そのことを問いただそうと、吐きながら考えた。そのためには地獄に行き、シャープ記号とフラット記号を発明した本人を探し当てねばならい。

 善は急げ。

 わたしは教会内の家電量販店に入り、懐中電灯やキャンプ用の炊飯道具などを買い求め、手早く旅支度を整えた。しかしさて出かけようとしたとき、ある問題が巨大な鉄条門のようにわたしの前に聳え立った。

 地獄に行き、またそこから無事帰還するには、どうすればいいのか。

「神曲」なぞを読むと、暗い森に迷った末に、地獄の案内人に出会うと言うことになっている。芥川龍之介も笹の中に迷い込み、河童の国に入り込むと言うようなことを書いている。

 が、何丁目何番地の角を曲がったところに地獄の入り口があるので、そこから入ってください、と写真もしくは動画付きで説明している人はいない。

 地獄よ、こんなことだからお前の国ではインバウンド客が増えないのだ。しかしまあ、仕方がないか。地獄はいままでに死んでいった全人類で溢れかえっているだろうから、インバウンド客など迷惑千万な存在なのだろう。

 というわけでわたしは地獄行きは諦め、今まで行ったことはないが、この世で一番地獄めいていると思われる場所を訪れることにした。


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