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わたしは死の床にある者として、犯してきた様々な悪行を告白しなければいけないのだが、一体何から話せばいいだろう。そのうちの一番軽い罪過を語るのにも数日はかかるが、そんな時間は残されていない。
そうだ。最も重い罪にして、最も容易に説明できるものが一つある。それはつまり、わたしがこの世に生まれてきたと言う罪だ。しかしそんなことを語ったからと言って、あのひとは許してくれないだろう。
「手術は受けられますか」と、あのひとは訊いた。
「もし受けられるなら、この書類にサインをお願いします」
そう言ってサインが必要なページに付箋を貼った厚さ三センチほどある書類の束をわたしに渡した。
記憶にはないが確かにあの日わたしはこの世に生を受けた。それは画家の切り落とされた耳のような形をした午後だった。
どんな凶悪犯にも母親がいて、子供が生まれた瞬間には、柔和な笑みを浮かべながら我が子を見詰めるものではなかろうか。わたしの母親もそんな穏やかな笑みを浮かべながらわたしの泣き声を聞いたはずだ。
ひとつの宇宙が創造された瞬間。
しかし忽ち空に嵐を告げる黒い雲が流れ始め、遠くに犬の吠える声が聞こえてくる。まるで何かに怯えているかのようなその吠え声は、疫病のように他の犬たちにも伝播し、その毛を逆立たせ唸らせる。あるものは苛立たし気に首を振り、あるものは不審げに辺りの空気を嗅ぎ回る。あの柔和な子犬まで牙を剝きだして低く唸り出したではないか。それまで穏やかに輝いていた太陽は、雨雲の陰に姿を隠し、遠くから微かに雷鳴が聞こえてくる。犬たちはその雷鳴に苛立っているのだろうか。いや、もっと恐ろしいもの、もっと不穏なものの到来に慄いているのだ。
窓辺のカーテンが音を立てながら冷たい風にはためき始めた。
「どうしたんでしょう。さっきまでいいお天気だったのに」
看護婦がそう言って、ガラス窓を閉めようとする。その瞬間近くに落ちた稲妻が、窓を震わせ、看護婦は短い悲鳴とともにその場に崩れ落ちる。
外的環境と内的構造の不思議な照応。
自分の内面と外部環境を静かに注意深く、針の落ちる音ひとつ聞き逃さないほどの細心さをもって観察すものは、そこに通底される不可思議な啓示に気づくだろう。
わたしは渡された書類の一枚一枚に署名をした。
デュピュイトラン拘縮に対する治療の説明と同意書。
肺血栓塞栓症の予防に関する説明同意書。
歯科医師の医科麻酔研修に関する同意書。
HIV抗体検査についての説明と同意書。
病室利用についての誓約書。
入院セット申込書兼承諾書。
その一枚一枚にわたしは自分の名を書き込んだ。あの日生を受けた自分の名前を。




