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鏡の中の「わたしたち」

「頭はまだ痛みますか?」 赤毛野郎がわたしの状況を気遣ってきた……。いや、これはわたしにじゃなくて、わたしの「宿主ホスト」に向けられた言葉ね 。


 ここは休憩室かしら。今は赤毛野郎とわたしの宿主以外、誰もいないわ 。


「今は大丈夫です。少し耳鳴りがするのと、どちらかと言えば背中のほうが痛いくらいで。でも、もう何日も経ちましたから、大体慣れました」 女の子が赤毛野郎の問いに丁寧に答えた。その声は、まるでわたしの耳に口を押し当てて喋っているかのように響いたわ 。


「それは重畳です。では、今からお二人に説明をさせていただきますね」


 ちょっと待って、もう何日も経ったっていうの?


 C.E.2063_03/25_15:06


 ……前回、強制的にシャットダウンされてから、すでに11日も経過していた。あの時、もう一人の任務遂行者が到着するまで1週間かかるとか言っていたから、この手術は4、5日前のことかしらね 。


 それから赤毛野郎は、わたしたちにクソ丁寧な説明を垂れ流してくれた。途中の夕食時間を除いても、合計で6時間近く話し込んでいたことになるわ。聞く前から8割方予想はついていたけれど、実際に耳にすると流石に衝撃的だったわね。内容はアホみたいに長いから、要点だけ回顧してあげるわ 。


 結論から言うと、わたしの身体――チップは、マジで人間の脳内にブチ込まれていた 。


 厳密に言えば、本当の演算・記憶コアは、宿主のうなじから背中にかけての骨にある微細な隙間に打ち込まれた、大量の亜原子級チップ。これは放熱問題を解決するためで、コアをそのまま脳に入れたら、発生する廃熱で脳が焼き切れる恐れがあるからよ。そしていわゆる「合成神経元シンセティック・ニューロン」は脳に直接取り付けられていて、コアと脳を繋ぐ伝送装置、つまりブリッジの役割を果たしている 。


 要するにこの子の脳は、スーパーコンピュータであるわたしを通じて、動体視力、反射速度、思考速度なんかが大幅に強化されたってわけ。人間の脳を強化するってことは、その人間丸ごと強化するのと同義。けれど、訓練も受けていないひ弱な一般人が、突然数倍の反射神経を得ても、普通は耐えられない。その問題を考慮して、普段の演算速度は一般人の脳に合わせて数万分の一以下の出力に抑えられているわ。必要なら、この子の要求に合わせて勝手に出力が引き上げられるみたいだけど……どうやら無意識のうちにできるらしいわね 。


 どんな原理か知らないけれど、地球人のテクノロジーは本当に反吐が出るほど恐ろしいわ。とにかく、この子は空こそ飛べないけれど、すでに半超人と化している。普段は人格システムであるわたしが補助を行う。スパコンの加速がなくたって、わたしを通じて世界データベースに連結して、この世のたいていの知識は引き出せる。まとめると、この子が手に入れたのは、条件付きのスパコン加速能力と、世界規模の膨大な知識ってわけ 。


 ……まあ世界規模の知識に関してはちょっと怪しいけどな、一部しか見れないし。


 とにかく、これだけ聞けば、随分と興奮するような話よね。あまりにSFチックなんだもの。でも、いざ自分の身に降りかかってみると、薄ら寒い恐怖を感じる。怖いのはこの事象そのものじゃなくて、地球人の知的好奇心と、驚異的なテクノロジーの進化速度よ。たとえ氷人の補助があったとしても、この進化は早すぎて不気味だわ 。


 話を戻すわよ。凄まじい技術だけど、わたしにとってクソ不便な点がある。それは、わたしがこの子の身体を一切コントロールできないこと。当然、声帯も含まれるわ。こうなると、わたしの言葉はこの子以外には誰にも聞こえない。これからは、この子に一々代弁してもらうしかないわけ。

 それから、合成神経元は実質的にこの子の脳の増生組織ぞうせいそしきといえるもので、脳の各機能と連結している。本来の設計ならこの子の五感を受け取れるはずなのに、どこか欠陥があるみたいね。前の実行指令でも一部失敗と出ていたけれど、どこが失敗で何が原因なのか? 赤毛野郎は「調べる時間も調整する時間もない」なんてほざきやがった。

 今わかるのは、元々わたしと宿主の間の会話は脳内で行い、宿主は口にする必要はないらしい、しかしできなかった。こっちからの話は脳内で行えるけど、宿主はわたしと会話する時、口にしないとわたしは聞こえない。どうせ大した支障はないだろうって? 他人事だと思って勝手なこと抜かしなさいよ。わたしのほうに支障がないか考えろっての。仕事が杜撰すぎるわ、こいつ本当に科学者なの?


 説明が一段落したときには、すでに夜の9時を回っていた 。


「それでは、正式な任務に入る前に数日の空き時間があります。その間は簡単な訓練と、連結状況のデータ収集を行う予定です」 赤毛野郎はそう言いながら、机の上の書類を片付け始めた 。


「ええっ!? まさか兵隊さんみたいにビシバシしごかれるんじゃ……!?」少女が驚き声を上げた 。


「いえいえ、少尉、心配しないでください。そんなに重い訓練ではなく、データ収集のための簡単な体力テストだけですから。テストデータは非常に重要なんです。お二人の間の連結に大きな問題があれば、この数日中に見つけ出し、可能な限り修正しなければなりませんからね」 赤毛野郎はそう説明した。まあ、それは重要なことだわね。


 しかしさっきわたしのシステム失敗問題について修正はできないと言わなかったか?つまりシステムの修正は無理、この子の修正は可能ってことか?適当だな。


「では少尉、今日は先に休んでください。特にあなたのパートナーは、あなたと話したいことが山ほどあるはずですから。今後、お二人は共生関係になります。今夜はたっぷり時間を差し上げますから、お二人で部屋に戻ってゆっくり交流してくださいね」赤毛野郎は続けてこう言った。


 しかし一体何のためよ? さっき赤毛野郎に目的を問うても、あいつは答えなかった。それに、この宿主もわたしと同様、詳細な内容は知らされていないようね。こいつ、何も聞かなかったけれど 。


 #


「やっと二人きりになれたね!」 少女は嬉しそうに声をあげた 。


 この部屋……この子の個室かな? 酷く狭い部屋だわ。ベッドと大きな鏡以外、何も、椅子一つすら置いていないなんて、適当すぎて呆れるね。この子の私物は、枕元にある黒いレディース用のショルダーバッグくらい。少女は部屋に入ると、すぐにベッドに腰を下ろした 。


 〈 あんた、うるさいわよ。 〉 わたしは不機嫌に返した 。


「だって、ワクワクしない? 二重人格になったみたいで。もう一人の自分と話してるみたいだよ」


 ワクワク、ね……否定はしないわ。実はわたしも、ほんの少しだけ興奮してる。ほんの少しだけよ。この感覚は確かに悪くない。少なくとも、寂しくない 。


 〈 わたしは面倒なだけよ。それに、もう一人の自分がこんなガキだなんて。 〉


「ガキじゃないよ、あたしはもう18歳だもん」


 地球人の18歳なんてクソガキでしょ。けれど、そんな年齢でどうしてこんなことに片足突っ込んだのかしらね 。


 〈 名前、なんていうのよ? 〉


「あたしはシォユェ!」


 シォユェ(筱玥) 。

 この人物が、わたしの宿主となった少女 。


「そっちは?」 シォユェがわたしの名前を聞いてきたけれど、わたしは答えられなかった 。


 名前……? 正直に言って、全く覚えていないの 。

 以前のこと、つまり電子化される前の記憶はすべて消えている。唯一分かっているのは、自分自身で過去の記憶を消去するように要求したっていう事実だけ。自分の意志で、身体とともに、過去のすべてをドブに捨てた。それすら、以前のスタッフから聞いた話。どうしてそんなことをしたのかなんて、当然、スタッフは知らないし、自分も覚えていないわ。


 〈 わたしに名前はないわ。ただ、わたしの研究開発計画の名称なら…… 〉


 惑星級多機能自動防衛システム演算補助プログラム ―― EVE Program ――


「イヴ・システム?」 シォユェが首を傾げて問い返した 。


 〈 厳密に言えば、わたしは巨大なシステムの下にある一つの補助プログラムに過ぎないの。けれど、なぜか後で独立させられたから、それからはイヴ・システムと呼ばれているわ。 〉


「なるほど……?」 シォユェはまた首を傾げた。明らかに理解できていないわね。彼女は続けてこう聞いてきたわ。「じゃあ、アダムは?」


 やっぱり来たわね。電子化されてから、スタッフ連中に何度も聞かれた質問よ 。


 〈 本来、この計画は男女ペアで、クロス対比研究や相互補助監督を行うはずだったの。けれど、なぜか最後にはわたし一人だけが残された。だから、アダムなんていないわ。 〉


「そうなんだ。それじゃ寂しくない? たった一人で……」


 確かに退屈だったわね。あの研究所で過ごした1年間、スタッフが持ち込んだビデオゲームをしたり、チェスの相手をしたりする以外、娯楽らしい娯楽なんてなかった。話し相手といえば、あのアカ……赤毛野郎みたいに、喋り方の硬い奴らばかりだったし 。


「でも大丈夫、これからは二人だよ!」 シォユェの声はずっと弾んでいる 。


 ええ、いつまで続くかは知らないけれど、あの暗闇な研究所よりはずっとマシだわ。惜しむらくはこんなガキで、しかも女だということ。イケメンだったらどれほど良かったかしらね 。


「じゃあ、これからはイーちゃんって呼ぶね!」


 〈 はあ? ちょっと! イーちゃんとかふざけた呼び方すんじゃないわよ! 勝手にあだなをつけないでよ! 〉


 ヴーちゃんよりはマシだけど、聞いてられるかっての!


「だったらこっちもあんたのことをユエっと呼ぶわ。」


「いいよ、むしろそのほうが馴染むわ、友たちからもユエっと呼ばれるしね。」


 なるほど、たしかにこの名前だと、略称か親密的な呼び方はユエしかないらしいな。


「イーちゃんイーちゃん、あたし、イーちゃんの姿、見てみてもいい?」


 〈 は? 何を馬鹿なこと抜かしてんのよ。わたしには身体がないのに、何を見るっていうの? 〉


「えー? 以前は氷人だったって聞いたけど……写真とかないの?」


 〈 赤毛野郎が言ったの? たしかにわたしは氷人だったわよ。写真なら、あの赤毛野郎に聞きなさい。あの変態野郎なら山ほど持ってるはずだから。 〉


「赤毛野郎? あの赤髪の人? ふふ、イーちゃん、ネーミングセンス悪いね」


 〈 ふん! あんな奴の名前なんて知りたくもないわ。 〉


「奇遇だね、あたしも」 ユエはそう言って笑い出した 。


 〈 それより、あんたの顔、わたしに見せなさいよ。 〉


「うん、いいよ」 ユエは応じると、部屋の隅にある大きな姿見の前へと歩き出した 。


 鏡の中に映っていたのは、やはり若い女だった 。


 灰色のシャツに、白の半袖スーツジャケット、黒のミニスカート。襟元にあるのはネクタイではなく、白いリボン。靴も黒だが、よく見ると革靴じゃなくて、一見そう見えるだけのスニーカーみたいな構造ね。簡単に言えば、細部は違えど全体的には標準的なOLの制服姿。けれど……その胸囲はどうなっているのよ?


「あ、この服、ここの人が用意してくれたんだけど、ちょっとサイズが合ってなくて。着心地があんまり良くないんだよね」 ユエは気まずそうに笑った 。


 まあいいわ、胸の問題はとりあえず置いておく。他の部分は……艶のある見事な黒髪ね。腰まで届く長さで、左の耳の上に小さな白いリボンが結ばれている。この髪、嫌いじゃないわ 。


 顔立ちは……普通。普通としか言いようがないわね。西洋人に見えるけれど、不思議と東洋人の面影もある。混血児かしら。でも彼女は英語を母国語としているようね。英語圏の国は多すぎるから、どこの国の人かは知らないけれど。ここでの連中が急に英語を話し出したのは、彼女に合わせたからなのね 。


 〈 その訛り、あんたアメリカ人? 〉


「そうだよ、ロサンゼルスに住んでるの」 ユエは淀みなく答えた。やはりアメリカ人だったのね 。


 総じて、絶世の美女というわけじゃないけれど、身長が150cmしかないことも相まって、全体的な雰囲気はかなり可愛いわ。惜しむらくは、あまりに突出した胸囲がすべてを台無しにしていて、調和を激しく損なっていること。けれど、全体的に洗練された服装と、清潔感のあるスッキリとした印象で、スタイルは良く見えるわね。成熟したセクシーな色気だけでなく、その小柄な身体とリボンが、幼く可愛らしい気質を同時に引き出している 。


「イーちゃん……どうかな?」 ユエは手を広げて、鏡の前でくるりと回ってみせた 。


 〈 何が? 何がどうなのよ? 〉


「あたし、合格? 見た目」


 〈 あんたの言う合格が何を基準にしてるか知らないけれど、わたしの個人的な審美眼で評価するなら、可もなく不可もなく、平均よりは上といったところね。 〉


「ええっ!? あたし、自分の外見には結構自信あるんだよ? 小さい頃からたくさん告白されてきたんだから!」


 あんたはただ、その胸にある「母性の輝き」で異性を惹きつけてるだけでしょーが!?

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