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共生の始まり

〈 台湾……? 〉わたしは困惑して問いかけた。

「そうです、イヴさん」赤毛の男が答える。


 起動してから2時間余り。周囲ではスタッフたちが慌ただしく動き回っているけれど、見たこともない機器ばかりで、彼らが何をしているのかさっぱり見当がつかない。

 この赤毛の男、さっきから2時間以上も喋り通しだ。自分の髪色が似合っているかだの、昨夜の弁当のおかずが少なかっただの、どうでもいい世間話ばかり。肝心な質問には一切答えず、ようやく本題に入ったと思ったらこれだ。


〈 それで、まずは中国へ行くの? 〉


「正確には中国の福建です。そこに我々の分部があります」


〈 どうやって? わたしを移動させるのは簡単じゃないわよ。トラック数十台でも足りないはずだけど? 〉


 わたしの「機体」はサッカー場ほどの大きさがある。ネットワーク経由でデータを転送するにしても数ヶ月はかかるだろうし、そもそも彼らがわたしを不用意にネットへ繋ぐとは思えない。


「技術は進歩した、とだけ言っておきましょう」


〈 は? 何をバカなことを…… 〉


「後ろを見てください」赤毛に促されるまま後方を振り返ったわたしは、危うく腰を抜かしそうになった。腰はないけど。


「それが、あなたの今の『身体』です」


 視界の端に映っていた不明な円柱状の装置がゆっくりと開き、その中の真空管に、直径わずか3cmほどの黒い立方体が収められていた。


〈 ……それは、チップなの? 〉


「ええ。ですが従来のチップではありません。2年前にテストが完了したばかりの『合成神経元シンセティック・ニューロンチップ』です」


〈 合成神経……? つまり人工の微小生物脳ってこと? SF小説の中だけの話だと思っていたわ 〉


「だから言ったでしょう、技術は進歩したのだと」


〈 でも……そんなものが造れるのは理解できたとしても、サッカー場サイズのスパコンをチップ1枚に凝縮して動かせるなんて…… 〉


「驚くのも無理はありません。あなたはあまりに長く眠りすぎていましたから」


 それは、わたしが金属元素ベースの半人工知能から、脳だけとはいえ半人造生物へと転換されたことを意味していた。けれど、たった23年だ。地球人のテクノロジーがこれほどの速度で進化するなんて。今の彼らの文明レベルは、わたしたち「アイスマン(氷人)」に匹敵するか、あるいは追い越しているかもしれない。

 そう、わたしは地球人ではなく、氷人だ。「電子化」される前は、れっきとした一人の人間だった。


〈 なるほどね。それなら移動も難しくなさそうだわ 〉わたしは平静を装って答えた。


 驚くべき進歩だ。地球人が極めて聡明な種族であることは、最初の接触のときから知っていたけれど、これは想像を絶している。わたしたちが地球を選んだことは、本当に正解だったのだろうか……。まあ、あのときは他に選択肢なんてなかったし、今さら後悔しても始まらない。それに、昔の記憶なんてほとんど残っていないのだから。


〈 ところで、あんたたちにそんな権限があるの? わたしを動かすには国連最高層の許可か、理事国からの委託が必要なはずだけど 〉わたしは畳みかけた。


「それについては、お答えできません」赤毛の男は申し訳なさそうに頭を下げた。


 またそれだ。いい加減、怒ってもいいかしら?


〈 ……分かったわ。それで、わたしに何をさせたいの? 〉


「あなたには、ある任務を遂行していただきます。詳細は現地に到着してから。今日は事前報告と起動テスト、データ転送の準備だけです。今はもう一度、眠りについてください」


 なるほど。この2時間ずっと喋りかけてきたのは、準備作業のための時間稼ぎだったわけね。


〈 また数年も起こさないつもりじゃないでしょうね? 〉


「今回はすぐに起こします。我々にはもう、時間がありませんから」


 時間がない?だったらわたしたちの時間は?

 地球人というのは、どこまでも自己中心的な種族だ。わたしの23年を無駄にしておいて。寿命の短い氷人にとって、23年という歳月がどれほど重いか分かっていない。……いいわ、今のわたしは物理的に破壊されない限り、寿命なんて概念からは解き放たれているのだから。

 そして、わたしはシステムをオフにされた。まるで一瞬で催眠にかけられたような感覚。ったく、わたしを何だと思っているのよ。


C.E.2063_03/14_08:56


 やはり3日だろうが23年だろうが、目覚めの感覚は同じだ。


「おはようございます」また赤毛だ。


 けれど、今度は本当に朝らしい。時刻は午前9時。現在地は不明。GPSも遮断されている。ここまで情報を封鎖する目的は何?

 今のわたしは、内部時計とデータベースの一部を参照できるだけで、メインシステムのほぼすべての機能が人格システム(=わたし)から切り離されている。一部の情報の閲覧はできても操作は一切できない。わたしの生殺与奪の権は、完全にこの地球人たちの手に握られている。最悪の状況だ。どうにかして同胞――氷人と連絡を取る方法を考えなければ。


〈 ねえ、ここはどこ? 何も見えないんだけど 〉


 音は聞こえるし喋ることもできるけれど、何も見えない。どうやら「目」の設定がまだらしい。


「すでに中国へ到着しています」赤毛が答える。


〈 早っ! 〉思わず叫んでしまった。たった3日で? かなりの急ぎようね。移動の準備はずっと前から整っていたということかしら。


「今日は起動テストだけです。1週間ほどで別の任務遂行者が到着します。それまではここで準備をしますので、あなたは寝ているだけでいいですよ」


 どうせ何もさせてもらえないのだから、そうするしかないわ。それに、もう一人いる? わたし一人じゃないなら、一体何をさせるつもりなの?


「順調にいけば、次が最後の人工的な呼び出しになります」赤毛が続けた。


〈 えっ? ちょっと、最後ってどう意味よ…… 〉


 言い終わる前に、システムが切断された。

 ……勝手に落として、無理やり眠らせて。扱いが適当すぎるわ。これでも全人類共有の世界級資産なのよ!?



 一方その頃、あたし――シォユェは最悪な気分でトラックの荷台に揺られていた。

 ペンキ屋を追い出されてから、気づけば怪しい連中の仲間入りをさせられ、赤毛の男の提案を呑む羽目になった。それからの数日間は手続きだの移動だので振り回されっぱなし。そして今、わたしはこの狭い荷台の中にいる。

 乗り心地は最悪。どこへ向かっているのかも分からない。荷台は完全に密閉されていて、外の景色すら見えない。

 隣に座る赤毛の男は、退屈しのぎのつもりか延々と喋り続けているけれど、その内容はこれっぽっちもためにならない。自分の髪色がどうだとか、さっきの弁当の米が少なかっただの……。もう無視して、彼が言った唯一意味のある内容を整理することにした。


 2025年、地球に激震が走った。異星人の来訪だ。


 本来なら国際最高機密として隠蔽されるはずだったが、小島のような巨大な宇宙船が、墜落するように大気圏へ突入し、太平洋へと落下した。しかも一隻ではない。目撃者が多すぎ、写真や動画も溢れかえったため、一般市民を欺くことは不可能だった。けれど、その後に公開された情報は、極めて限定的だった。

 その異星人たちは非常に友好的で、地球への定住を望んでいた。総人数は約3000万人。後に数枚の写真と断片的な映像が公開された。

 地球側は彼らを「アイスマン(氷人)」と呼んだ。ずいぶんと適当な名前だが、それには理由があるらしい。寒冷な環境に適応しているからだという説もあるけれど、真相は不明だ。とにかく氷人たちは、自らの種族名を一切明かさなかった。地球から与えられたその呼称を、彼らはあっさりと、むしろ嬉そうに受け入れた。出身地についても、頑なに口を閉ざしているらしい。

 上陸から2年もしないうちに、氷人たちは世界中へ拡散し始めた。特に太平洋沿岸地域では、数年のうちにその割合が急増した。

 当初、地球人は反発し、敵意を向けた。この40年間、衝突事件も少なくなかったけれど、今では大部分の地球人が彼らを受け入れている。氷人たちは皆、謙虚で礼儀正しく、卑屈なほどに従順だったからだ。外見も地球人とほとんど変わらず、平均して少し小柄で華奢な程度。それがかえって地球人の保護欲を刺激したのか、彼らの権利のために声を上げる団体や、独立国家の建設を提唱する者まで現れている。

 けれど、氷人に関する詳細は、各国政府も彼ら自身も固く口を閉ざしている。種族名も、母星も、移民船の本当の名前も、未だに公開されていない。

 ……まあ、これくらいの話なら3歳児でも知っている。今や氷人は地球人に溶け込んでいて、何も珍しいことじゃない。赤毛の兄ちゃんが何か特ダネでも話してくれるかと期待したけれど、がっかりだ。


 そんなことを考えていると、車が急停車した。


「到着しました」 赤毛の男が告げる。


「やっと……腰が死ぬかと思ったわ」 腰もお尻も痛くてたまらない。


「申し訳ない。これが用意できる中で一番快適な移動手段だったんです」


 本当、ツイてないわ。アメリカから日本、韓国、そしてここへと専用機とトラックを乗り継ぎ、ほぼ休むことなく20時間以上も移動し続けている。そしてこの赤毛。黒塗りのセダンで家に来たときから、荷造り、そしてこの強行軍に至るまで、トイレ以外はずっとわたしのそばを離れない。……やっぱり変態かしら。絶対にわたしに惚れてるわ。

 幸い、接触してきた人たちはみんな丁寧で、あたしの機嫌を取ろうと必死だった。そうでなければ、とっくに逃げ出していたところよ。


「もう夜じゃない」 あたしは不機嫌に言った。


「ええ。今日はもう休んでください。明日からすぐに任務の準備に入ります」 赤毛はそう言って車を飛び降りた。


「えーっ!? 観光する時間もないの?」


「すみません、時間がないんです。任務が終われば好きなだけ遊んでいいですから、今は我慢してください」 彼はわたしを降ろそうと手を差し出してきた。


「分かったわよ。それで、あたしは何をすればいいの? そろそろ詳しく教えてよ」 あたしはその手を掴んで地面に降りた。


「その前に、ここがどこか説明しましょう……」


「中国でしょう?」


 そう、あたしは中国へやってきた。

 この仕事を引き受けたのは、もちろんお金のためだ。

 後で知ったことだが、政府があたしに目をつけたのは、亡くなった父が余りに「特殊」だったかららしい。利用されるのは癪だけど、これはチャンスでもある。体力的にも能力的にも恵めていないあたしが、普通に仕事を探すより、この任務で大金を稼ぐほうがずっと効率がいい。上層部の連中の思惑なんてどうでもいい、生きていくためにお金が必要なだけだ。


「今夜、福建分部を案内した後はすぐに寝てください」 赤毛の男が白い建物へと歩き出し、あたしもそれに続いた。


「はぁ……そんなに急ぐ必要ある?」 せっかくの海外なのに、観光したいわ。


「何度も言うように、時間がないんです。明日の朝には起こしに行きますから、今日は何も考えず、リラックスして寝てください、シォユェ少尉」


 そう、あたしの階級は今や「少尉」だ。この任務を受けた瞬間、どこの誰とも知れない人事命令によって、あたしは突然軍官になった。階級なんてどうでもいいけれど、一番の問題は、もう後戻りできないこと。軍人になった以上、軍法という鎖に縛られてしまったのだから。

 まあ、自分で決めたことだ。なるようになるわ。とりあえず一歩ずつ進むしかない。



 ……ん? 意識が戻った。

 また強制的に眠らされていたみたい。何の説明もなく、ただスイッチを切るようにシャットダウンするなんて。わたしのことを完全にただの機械だと思っているようだけど、これでも元は人間だったのよ。

けれど、今回の起動は何かがおかしい。今までのメンテナンス後とは、感覚が全く違っていた。


[生物エネルギー変換プログラム、起動……完了]


 生物エネルギー? 変換? 一体何のこと……?


[脳機能連結プログラム、起動……完了]


 ちょっと、何が起きているの? 見たこともないコマンドが、勝手に実行されていく。


[五感のリアルタイム処理、伝達、および同期化プログラム、起動……一部失敗。原因不明]


 失敗? 何を失敗したっていうのよ。字面だけ見せられても、わたしにはさっぱり理解できないわ。


[人格システム、起動……成功]


 ようやく見覚えのあるコマンドが出たわ。これだけは失敗しなくてよかった。


[人格システムと世界データベース、および主システムの連結を実行……権限レベル不足、一部失敗]


 ……これは以前にも試したけれど、やはり同じ結果ね。もし内部データベースと完全に連結できれば、今の世界の情勢が掴めると思ったけれど、そう簡単にはいかないみたい。徹底的に封鎖されているわ。まあいいわ、見られないのは一部の国家機密だけで、一番見たい情報が見られないだけのこと。大多数の知識なら、今でも引き出せる……はず。


[一部のシステム実行失敗を除き、全システム起動……成功。システム実行率 87%]


 その瞬間、わたしの世界がパッと明るくなった。

 今までのような狭い範囲しか映せなかったカメラ越しの視界とは違う。驚くほど鮮明に見える。これも新しいテクノロジーなの?

 眩しい太陽、どこまでも青い空、そして生い茂る木々の緑。これまで見てきたどんな映像よりも、ずっとリアルだ。ここは……どこかの施設の庭園かしら? それに、視界がさっきからふらふら揺れている。どこか故障しているの?


〈 ……何が起きたの? 〉わたしがそう問いかけた。


「えっ!? ちょっ……ちょっと待って! あたしの頭の中から誰か話しかけてきた! 声が聞こえる!」ん?話しているのは誰? 若い女の子の声だ。


「おおっ?! ついに目覚めたか!」現場から、騒がしい歓声が上がった。


「成……成功だ……成功したぞ! やった!」

「「「成功だ!」」」


 な、なんなの? 一体何を騒いでいるっていうのよ。

 白衣を着た連中がわんさか集まってきて、わたしを囲んで興奮している。それに……


「眠れる森の美女がやっとお目覚めか。実験は成功だ」目の前に座っているのは、あの赤毛の男だ。顔を見るだけで腹が立つ。


〈 わたしは眠れる森の美女なんかじゃないわ! 〉


「彼女、自分は眠れる森の美女じゃないって言ってるよ」またさっきの女の子の声だ。一体誰なの?


「ははは。残念ながら、彼女を叩き起こしたのは王子様じゃなかったからな」


〈 くだらない軽口を叩いてないで、説明しなさいよ! 〉怒っているのが分からないのかしら?


「説明してほしいって……。でも、これ、本当に頭の中から直接声が響いてくる感じだね。ちょっと不気味かも」少女が不思議そうに自分の頭を掻きながら言った。


「はは、予測通りですよ。手術前にも言ったでしょう? すぐに慣れます」手術? 手術ってどういうことよ?


〈 ちょっと! わたしを無視するんじゃないわよ! 〉わたしは声を荒らげた。だんだん腹が立ってきたわ。


「わわっ、急に怒り出した。氷人って、みんなこんなに怒りっぽいの?」


「まさか。大抵の氷人は穏やかで温厚、冷静沈着で親しみやすい。けれど、このお嬢さんだけはどういうわけか、特別に短気で怒りっぽくて、おまけに毒舌で攻撃的だ。言葉の暴力まで一級品。氷人の中ではかなり珍しいタイプだから、我慢してやってください」赤毛の男が顎をさすりながら、勝手なことを言ってのける。


〈 ふざけないで! わたしが手出しできないと思って、好き勝手言ってくれるじゃない。核弾頭でもぶち込んで、あんたを灰にしてやろうかしら! 〉


「うわあ……。彼女、めちゃくちゃ怒ってるよ。あなたに核弾頭をぶち込んで、灰にしてやるって。怖い……」


「ははは、怖がらせるな。今はもうそんなことできないけれど、以前のネットワーク連結実験のときは、本当にやりかねなかったからな」冗談めかして笑う赤毛の男。いつか絶対に叩き潰してやる。


「冗談はこのくらいにしましょう。そろそろ二人に説明を。少尉、こちらへ」赤毛の男が立ち上がると、わたしの視界も同じように高くなった。


 男は背後にいる研究員たちを解散させ、残りの仕事は自分に任せるように告げた。どうやらこの赤毛はリーダー格らしい。……決めたわ、これからはこいつを赤毛野郎と呼ぶことにしよう。


 ……ん? 移動が始まった。

 ええっ!? 勝手に体が動いてる!

 まさか……わたしは誰かの身体の中にいるの? 動きは分かるけれど、感覚は何一つなくて、コントロールも全くできない。

 こんな無茶苦茶なことをして、一体何のつもりなの……?

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