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生存への選択

もし将来、人類が既知の範囲内で起こり得る、かつ人知では防ぎようのない「惑星級の災厄」に直面したとしたら――私たちはどうすべきだろうか。


選択肢は二つ。 諦めて人類文明の火種を、数千万、あるいは数億年後の新種に託すか。 あるいは抗い、あらゆるリソースを投じて地球脱出のための「ノアの方舟」を造り上げるか。


前者はおそらく、究極の消極的手段だ。自らの滅亡という運命を、笑顔で受け入れられる者などそういないはずだ。 ならば、後者はどうだろうか……?


人間の強欲さと利己主義を考えれば、たとえ方舟が完成したとしても、全人類を救うことは不可能に近い。限られた「チケット」を奪い合い、新たな紛争が火を見るより明らかに起こるだろう。そうなれば、方舟製造のための国際的な資源統合など、夢のまた夢だ。


そうなると、残された道はほぼ一つしかない――。 過酷な地球環境に適応するため、人類の肉体そのものを改造することだ。


問題は、人類が人類でなくなった時、私たちは今と同じ思考や行動論理を維持できるのかということ。 その時、何が起こるのかは誰にも想像できない。「私は、私であり続けられるのか?」という未知への恐怖こそが、最大の障害になるのかもしれない。

 あたしの名前は「シォユェ(筱玥)」。どこにでもいる、ごく普通の合衆国の女の子。


 変化のない18年間を過ごしてきた。退屈とまでは言わないけれど、刺激には欠ける日常。多くの人と同じように、あたしもこのまま普通に生きて、普通に死んでいくのだと思っていた。 ――あの日が来るまでは。


 父親が、死んだ。


 パパは特殊な人間だった。特殊な国際秘密機関で、特殊な仕事をしていた。短い時は数ヶ月、長い時は一年も家に帰ってこない。たまに帰宅しても数日後にはまた出ていってしまう。 そんな生活だったから、親子の絆なんてものは薄っぺらで、パパの葬式ですら、あたしは何も感じなかった。パパがいなくなったという実感もない。というか、最初からパパなんて存在していなかったような気さえする。


 ママはずいぶん前に亡くなっていたから、葬儀はすべてパパの同僚や近所の人たちが取り仕切った。会場にいるのは、近所の人以外は知らない顔ばかり。会ったこともない遠い親戚……いや、赤の他人の葬式に参列しているような、そんな冷めた感覚だった。


「これから、どうしようかな……」 パパが死んで抱いた感想は、たったそれだけだった。


 パパの給料は驚くほど高く、うちはかなり裕福な部類だった。お小遣いだって同年代とは比べものにならないほど。 けれど、パパの個人情報は国家機密、あるいは国際機密。家族にすら公開されない性質のものだった。……それは銀行口座も同じ。パパが死んだ途端、あたしは一気に「一級貧困層」に転落した。なぜか遺産を相続することさえ許されなかったのだ。


 その時になってようやく気付いた。あたしたちには、本当の意味での「親戚」がいない。祖父母の話すら聞いたことがなかった。理由は分からないし、それまで気にしたこともなかった。だから、親戚を頼る道は閉ざされた。 パパの同僚たち? 言うまでもなく、彼らも「特殊」な人種だ。そんな恐ろしい人たちに助けを求める勇気はないし、そもそも彼らがあたしを保護する理由なんてどこにもなかった。


 高校を卒業したばかりで、こんな胸糞悪い事態に直面するなんて。大学の学費? もういい。あたしの成績じゃ行ったところで意味はないし、そもそも行きたくもない。 これからは、自分の力だけで生きていくしかないんだ。


「学生服? 君、まだ学生かね?」 中年の男が問いかけてくる。 今あたしは、お世辞にも綺麗とは言えない場所でバイトの面接を受けていた。目の前に座っているのは、この会社の社長か店長といったところだろう。 自力でバイトを探しに来たなんて、人生で初めてのことだ。


「いえ、先月卒業したばかりです。きちんとした服を持っていなくて、それで……」 あたしは俯きながら答える。 情けない話だけど、これまでの人生は遊ぶことしか頭になかった。学校の制服以外にあるのは、パーティー用の派手なドレスとか、そんなのばかり。さすがにドレスで面接に来るわけにもいかない。


「ああ、まあそれはいい。ええと……シォユェ(筱玥)? 読みにくい名前だね」


「英語だと、確かに発音しづらいかもしれません」


「珍しい名前だ。どこの子だい?」


「母が台湾人なんです。アメリカ人のパパと結婚して、あっちから移住してきたって聞いてます」


「なるほどね。名前は台湾でつけたのか。中国名を英語読みするのは面倒だな」


「はい。でも、国籍はアメリカです。問題ないですよね?」


「姓名や人種、国籍は問題じゃない。問題なのは……」


 ああ……まただ。


「君ね、高校までの成績がこれ……。座学はともかく、実技や体育まで赤点じゃないか。君、どうやって卒業したんだい?」 それは言えない。パパはもういないし、パパの権力に頼ることも、もうできない。


「……体を動かすだけなら、問題ないと思うんですけど?」


「大ありだよ! うちが何の会社で、どんな仕事をしてるか分かってるのかい!?」


「……ダメ、ですか?」


「当然だろう! 君みたいな小柄な女の子を雇う塗装会社もあるかもしれないが、うちはお断りだ。この成績じゃ事務方も任せられないし、かといって現場に出してみろ。こんな小さな子がペンキを塗ってるのを人に見られたら、うちが何を言われるか分かったもんじゃない!」


「求人票には学歴不問って書いてあったじゃないですか!」


 あたしは塗装会社を飛び出した。 人通りの少ない郊外の道を歩く。このあたりはバス停すら遠い。また三十分も歩いて戻らなきゃいけないのか。 おまけに今は昼過ぎ。昼食を食べたら、帰りのバス代が残るかどうかも怪しい。


 はぁ……本当にツイてない。 ただ仕事を探してるだけなのに、ずっとこの調子。今日も失敗だ。家はあるけれど、手元の現金はもう長くは持たない。このままだと、いつか野垂れ死んでも誰にも気づかれないだろうな。家にあるものを売り払えば少しは凌げるだろうけど、それだって長くは続かない。どうにかしないと……。


 その時、スマホが突然鳴り響いた。 またあいつらか? 遊びの誘いか? 高校の連中とは卒業後もしょっちゅう連絡を取り合っているけれど、今のあたしには遊んでいる暇も、お金もない。 スマホを確認すると、登録されていない番号だった。 セールスか何かかな。面倒だし、さっさと断ろう。


『こんにちは。シォユェ(筱玥)さんのお電話で間違いないでしょうか?』 電話の向こうから、男の声が聞こえた。


「あのね、あたしは今、超絶に貧乏なの。他をあたってちょうだい!」


『いえ、違います! 誤解しないでください。セールスではありません!』


「……誰?」


『私は、あなたのお父様の友人です。お伝えしたいことがあり、連絡しました』


「……何か御用ですか?」 こっちは今、最高に機嫌が悪いっていうのに。


『とにかく、まずは車に乗ってください。話は車内で』 はあ? 何を言ってるの? 『あなたの右手、黒いセダンが止まっているでしょう? 周囲に車はそれ一台のはずです。そこに乗ってください』えっ? どうしてあたしの居場所がわかるの?


「あなた……もしかしてストーカー!?」慌てて振り返るが、誰もいない。 そう、「一人も」いないのだ。


 塗装会社を出てからここまでの道、確かに人は少なかったし、車も稀にしか通らなかった。けれど、ゼロではなかったはずだ。 なのに気づけば、周囲の建物の門や窓はすべて閉じられている。路上から車も歩行者も蒸発したかのように消え去っていた。 今、あたしの視界にあるのは、固く閉ざされた家々と、深い森、がらんとした道路。 そして一台の、黒いセダンだけだった。


『シォユェさん。周辺の街道は、すべて封鎖させていただきました』 いつの間に? どうやって? 全く気づかなかった。不気味すぎる。 どうして、あたしなの?


「……どうやら、拒否権なんてないみたいね」


『申し訳ありません。ですが、あなたに危害を加えるつもりはありません。どうか我々を信じてください』


 二言三言で、見ず知らずの他人の車に乗れ? バカにしてるの? ……まあいいわ。どうせあたしに抵抗する力なんてない。これだけの権力を使って、ただの少女を誘拐するなんて非効率すぎるし。このまま餓死を待つよりは、毒を食らわば皿まで、よ。もしかしたら一食くらいありつけるかもしれないし。 はぁ……パパが死んでから、ろくなことがない。本当に、なんてツイてないのかしら。


 あたしは指示に従って、黒いセダンの後部座席に乗り込んだ。 そこには先客がいた。白衣を着た男だ。鮮やかな赤い髪が印象的で、年齢は三十歳前後だろうか。 まさかあたしの美貌に目をつけた変質者……? いや、そんな雰囲気じゃない。


「初めまして、シォユェさん」 赤毛の男が先に挨拶してきた。


「さっきの電話の人?」


「はい。先ほどは驚かせてしまい、申し訳ありません。私はある施設で、ある研究に従事している、ただの研究者です。どうか怖がらないで」 男が言い終える前に、車が動き出した。


 あたしは思わず叫んだ。 「ちょっと! どこに連れて行くつもりよ!?」


「落ち着いてください! ついでにご自宅までお送りします。緊張なさらずに!」 男はしどろもどろで、あたしより緊張しているように見えた。どうやら本当に悪い人ではなさそうだ。


「……いいわ。それで、あたしに何の用?」


「お父様のことですが、深い哀悼の意を……」


「お世辞はいいから、さっさと本題に入って」無駄話に付き合っている暇はない。こっちは仕事を探さなきゃいけないんだ。この男がいくら無害そうでも、いつまでも一緒にいたくはない。


「……では、単刀直入に本題に入りましょう」


 この瞬間から、あたしの人生は想像もつかないほどの激変を遂げることになった。


 #


「生命は自ら道を探し出す(Life finds a way)」、実に名言だ。


「生命の意義は繁殖と継承にある」、この言葉も間違いはない。


 特に今、この言葉はあたしたちの置かれた状況――すなわち生命の存続問題に完璧に合致している。 あたしたちの命がどこから来たのか、どんな形態なのかはどうでもいい。確かに言えるのは、あたしたちは生きているということ。 たとえその命が風前の灯火だとしても、あたしたちは不撓不屈の精神で、あらゆる努力を尽くして生き延びようとしている。


 ロシアのどこかにある、巨大な地下研究所。 いつものように人工的に「起動」され、いつものように退屈な仕事をこなす……はずだった。けれど、今回の起動はどうも様子がおかしい。


「おはようございます、イブ(EVE)さん」 一人の男が挨拶してくる。イブというのは、わたしの「システム名称」だ。


 〈おはようもクソもないわよ。もう午後じゃない〉 わたしは不機嫌に返した。内部時計は15時32分を指している。今日はやけに遅い。


「言葉遣いが荒いですよ。あなたは女の子なんですから」 はあ? こいつ、いきなりムカつくことを。言葉遣いと性別に何の関係があるのよ。これって性差別?


 〈何かあったの? 定期メンテナンス後の起動は朝六時って決まってたはずだけど〉 この仕事を始めて約一年。一度だってルールが破られたことはなかった。


「それについては……状況が変わった、としか答えられません」


 〈何よ? どうしたっていうの?〉


「とんでもない大事おおごとが起きた、としかいえない」


 〈あんた、わたしを煙に巻くつもり?〉


「誤解しないでください。私はただの研究者です。あなたに不敬を働くつもりはありません。ただ、上からの命令で多くは語れないのです。どうかご理解を」


 ……口封じ? 何が起きたら、ここまで徹底する必要があるの?


 目の前の男は、燃えるような赤い短髪が印象的な三十歳くらいの男。初めて見る顔だ。 人種は不明だが、ロシア語を話しているからロシア人だろうか。 「地球人」の科学者特有の白衣を着ている。この手の仕事をしてる連中は、みんな同じような格好をしてる。


「おっと、見ての通り問題が発生しましてね。ここの職員はすべて入れ替わりました」 男が唐突にそう言った。あたしの「目」であるカメラが激しく動いているのを見て、あたしが周囲を観察していることに気づいたんだろう。


 〈どういうこと? 契約では、この部屋の職員はあたしの同意なしに変更できないはずよ!〉 今視界に入っている職員は、この赤毛の男も含めて全員が見知らぬ顔だった。


「落ち着いてください。契約には『不可抗力による場合はこの限りではない』という注釈があったはずです」


 つまり、彼らの言う「不可抗力」レベルの大問題が起きたってこと? それに、あたしの目の後ろにあるあの円柱状の物体は何? メンテナンス前にはあんなのなかったはず……。 待って、これほど巨大な変化が一日で起きるなんてありえない……。


 〈ちょっと……わたし、何日寝てたの……?〉


「前回のメンテナンスでスリープに入ってから……」


 わたしはさっき内部時計の「時刻」しか見ていなかった。日付を確認して、衝撃の事実に気づく。


 C.E.2063_03/11_15:35


「昨日」は、まだ2040年だったはずよ……


 赤毛の男は続けて、こう言った 「……あなたは23年間、眠っていたのです」


 

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