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イヴ・メモワール ―隔離された台湾―  作者: アニキ
第二章:本物の闘い、はじまる
28/32

マインドゲーム

 C.E.2063_05/08_21:00


 夜九時を回り、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。

 水攻めの直後、ユエはすぐさま全軍へ救助活動を命じた。負傷者は大勢出たものの、幸いにも戦死者は一人も出なかった。


 先ほどまでの戦場は惨憺たる有様で、巨大な陥没穴の周囲には数多くの負傷兵が横たわっていた。無傷の者が溺れた者を引っ張り上げ、軽傷の者が気絶した者を介抱する。キョウゴ軍の飛行能力を持つ者たちも空を忙しなく飛び交い、敵味方の区別なく必死に救助にあたっていた。重傷者はすでに砦へと搬送された後だった。


 結論から言えば、当然ユエの勝利だ。

 キョウゴ軍は全軍が水浸しになったとはいえ、実のところ戦闘不能に陥った人数だけで言えば、ユエ軍の方が多かった。もしあのまま泥沼の消耗戦を継続していれば、確実にユエが負けていただろう。

 しかしキョウゴには引き際を弁えるだけの潔さがあり、即座に降伏を宣言した。もとよりこの戦いは互いの命を奪い合うためのものではない。だからこそ、これは純然たる戦術上の勝敗であり、その一点においてキョウゴは完膚なきまでに大敗したのだ。


 ちなみにキョウゴ本人は、最初の地震の衝撃で地面に膝をついてしまい、そこへ突発的に水が押し寄せたこと、そして過度の驚愕によって一瞬反応が遅れたことで、一緒に波に呑まれてしまったらしい。本当は逃げるだけの技量があったのだ。なぜなら水に呑まれた直後、彼女はすぐに空中へと飛び上がったのだから。これにはわたしも驚かされた。彼女の超能力は炎だと思い込んでいたけれど、まさか空まで飛べるとはね。


 現在、キョウゴは大きなタオルを羽織って陥没穴の傍らに腰掛け、一言も発さずに穴と龍宮渓の入水口を何度も往復するように凝視していた。

 天上とセントは先ほど予備兵力や民間人を率いて救助活動に加わった後、ずっと彼女の傍らに寄り添って座っている。ユエも佐佑さゆうを連れて救助の指揮を終えた後、彼女の元へと歩み寄った。そこでようやく、キョウゴは堪えきれず口を開いた。


「……解せないわ」


「ん?」

 ユエはキョウゴを見つめ、小首を傾げた。


「分からないのよ。どうしてあたしが、こんな子供騙しの水攻めなんかに敗北したのか……」


「えーっと……ごめんなさい。あたし、こんな幼稚な方法しか思いつかなかったの」


「違う、あまりにも幼稚すぎるからこそ納得がいかないのよ!なぜあたしが気づけなかったのか。あんた、一体ここでどんな裏細工トリックを仕掛けたっていうの?」


「ええっと、あなたほどの人が何で気づかなかったのかはあたしにも分からないけれど……運が良かったとしか言えないわね」


「そんな言葉で慰めないでよ、あたしをそこまでバカだと思っているわけ!?あんたの水攻めには不可解な点が多すぎる。絶対にただの偶然なんかじゃない!」


「……キョウゴ、あなたの怪我が治ってからまた話さない?」


「怪我なんてしてないわよ!海水をちょっとばかり飲んだだけ、なんてことないわ。むしろ今すぐはっきり説明してくれないと、あたしのプライドの方が致命傷を負うわよ!」


 キョウゴはまさか自分がここまで完膚なきまでに叩きのめされるとは、それも一瞬で敗北するとは夢にも思わなかったのでしょうね。今の彼女は、悔しさのあまり今にも泣き出しそうな顔をしていたわ。


「分かったわ。キョウゴ、実はね、あなたは最初から術中に嵌まっていたのよ」


「最初から……?」


「あたしがこの戦場を選んだ時点で、あなたすでに警戒していたでしょう?」


「ええ、そうよ。だからあんたを侮らないって強調したの。水攻めの可能性なんて、最初から想定の範囲内だったんだから」


 完全にわたしの計算通りね。最初から彼女に過剰な警戒心を抱かせることが狙いだったのだから。


「それでも、あなたは引っかかった。あなたが納得いかないのは『想定していたはずなのに、なぜやられたのか』、そこでしょう?」


「ええ」


「だから最初から嵌まっていたと言ったのよ。あたしはね、あなたが水攻めを警戒して取るであろう『防御戦術』そのものを利用したの」


「な、何ですって……?」


「それじゃあ、最初から順を追って説明してあげるわ」


 ――わたしの仕掛けたトリックは極めて単純、純然たる心理戦マインドゲームよ。

 わたしはユエに指示して、わざと川のすぐ傍を戦場に選ばせた。それはキョウゴに「水攻めの可能性」を強く意識させるためよ。キョウゴは布袋の守備軍との戦いには慣れていても、見ず知らずの余所者と戦うのはこれが初めて。彼女は聡明だからこそ、表向きは平静を装いつつも、内心では水攻めへの対策を完璧に構築していたわ。


 そしてユエの最初の自殺的突撃が、キョウゴに『これは自分たちを誘い出すためのブラフだ』と確信させた。その後、ユエが草むらへと逃げ込んだ時も、彼女が深追いせず、その場に留まって煙で燻し出す作戦を選んだのはそのため。

 けれどキョウゴが夢にも思わなかったのは、本当の罠が、最初から自分たちの足元に設置されていたということよ。


「……あたしが、敵をあなどっていたというの?」


「逆よ。あなたは慎重すぎたの」


「何だって?」


「実はこの戦場、あたしが最初から細工を施していたのよ」


「……あの、地震のこと?」


「ええ。事後になってあなたも八割方は見抜いているでしょうけど、事前にうちの部隊の『土系アースタイプ』の超能力者に頼んで、地層をあらかじめくり抜いて空洞にさせておいたの。支柱となる土柱を数本残すだけでね。この辺りはもともと鹽田えんでんだったから、液状化現象がひどくて地盤が酷く緩い。地層をくり抜いてしまえば、少し大きな振動が加わるだけで一気に崩落するのよ」


「だから、あたしが身動きを取れなくなることを見越していたわけね」


「あなたを警戒させ、あえて動けない状況を作り出すことが狙いだったのよ。そうじゃなきゃ、総勢八百人以上がこの上で暴れ回ったら、とっくに崩れ落ちていたわ」


「まさか……タイミングまで計算通りだったというの?」


「そこは少し運が絡んでいたわ。実はあたしも一番懸念していた部分なんだけど――満潮時の水位の問題ね」


「なるほどね、地盤をくり抜いただけじゃなく、何本か『疏水そすい』を掘っておいたわけか。海水の満潮を待ち、それを地底へ一気に流れ込ませて、辛うじて支えとなっていた最後の土柱を浸食して押し流す。そうしてあの崩落を引き起こした……」


「流石はキョウゴ、賢いわね」


「だけど、そんなことが可能なの……?それにはどれほど精密な計算が必要か。今の時代にそんな計測器なんてどこにあるっていうのよ?」


「そこは秘密よ」


 身も蓋もない言い方をすれば、すべてはわたしのおかげなんだけどね、へへん。


「でもね、あなたが本当に敗北した原因は、こんな小細工トリックなんかじゃないわ」


「何よ?」


「言ったでしょう、あなたの過去二十六回の戦闘記録を研究したって。ここ半年の戦いを除けば、あなたはいつも寡兵で大軍を相手にしていた。あなたは常に三百人前後の手勢しか持たず、対する敵は毎回その倍、あるいは三倍の兵力を擁していたわ。その環境が、あなたに極度の『慎重さ』と『疑り深さ』を植え付けた。最近になって布袋城の兵力が減り始めても、その過剰なまでの慎重スタイルは変わらなかった。おそらくだけれど、あなたは敵を侮らないようにしていただけじゃない。もっと重要な理由があるわ――あなたは、『人を殺すこと』を極端に恐れている」


「……」

 キョウゴはうなだれ、眼前の巨大な穴に溜まった海水を見つめた。


「人を殺さないのは、彼らが結局のところ『身内』だからでしょう。けれどそのせいで、あなたは多くの有利な選択肢を自ら放棄してしまったのよ。さっきの草むらだって、一隊を突入させることもできたし、あるいは草むらごと焼き尽くすこともできたはず。なのにそのどちらも、死傷者が出ることを恐れて選べなかった。だから煙で燻すしか選択肢がなかった。それが、あたしたちに十分な時間を与えてくれたのよ」


 その通り。わたしがこの三日間で調査し尽くした結果、キョウゴは過去数年、台南において南部国境での高雄たかおとの戦いにも何度か従軍していた。本物の「敵」を前にした時の彼女は、極めて凶暴で容赦がなかったらしいわ。それなのに、この二年間におよぶ嘉義への攻撃においては、一貫して死傷者を出すことを極力避けていた。そこに、わたしは決定的な戦術的弱点を見出したのよ。


「じゃあ、満潮を待つだけの時間を、あたしが自分で与えてしまったってこと……」


「まさか煙で燻してくるなんて思わなかったわ。結果として、あなたは自分の目を眩ませてしまったのよ」


「ふふ、そうね。気づいた時には、もう海水が押し寄せていて手遅れだったわ」


「本当はもっと早く気づかれるかと思っていたけれど、たとえ気づいたところで手遅れだったわ。あの時点で海水はすでに地底に流れ込んでいたもの。五百人が一度に動けば、どのみち崩落は避けられなかった」


「なるほどね。どのみちあたしに逃げ場はなかった。最初から、あたしは負けていたのね」


「いいえ、もし自分で自分の目を眩ませていなければ、すぐに気づけたはずよ。五百人が一斉に撤退すれば確かに崩落したでしょうけど、全滅するなんてことにはならなかった。あなたにはまだ、勝つチャンスがあったわ」


「つまり、あたしは心理戦に敗れたわけね」


「あなたにはもう一つ弱点があるわ。それは、形式スタイルに拘りすぎていることよ」


「形式に?」


「あなたのこれまでの戦いは、どれもバリエーション豊かな陣形を駆使して、敵を手のひらで転がす快感を楽しんでいた。だからいつも正面対決に終始していたし、自分でもそれが一番得意だと言っていたわよね。戦術には多くの陰険な罠が含まれることも、奇策を以て制すべきことも、頭では分かっていたはず。水攻めを警戒していたのがその証拠よ。それなのに、形式美としての正面対決に拘りすぎた。嘉義の守備軍がこれまでそんな陰険な真似をしてこなかったから、事前に戦場に細工を施す者がいるなんて思いもしなかったし、ましてや地形そのものを破壊してまで勝ちに来る奴がいるなんて、想像もしなかったでしょう」


 キョウゴは黙って顔を上げ、ユエをじっと見つめた。


「結論を言うと、あなたの敗因は三つあるわ。第一の敗因は過剰な慎重さと、不殺の足枷。あなたはやるべき時に踏み込めない。人を殺すことを恐れるあまり、死傷者を出すリスクのある戦術を極力避けてきた。本当の死線において、ノーリスクで勝利をもぎ取るなんて不可能よ。それがあなたの足を引っ張ったの。


 これは、以前わたしがユエを諭した時の言葉ね。今はユエの口を借りて、そのままキョウゴに言い聞かせている格好だわ。もちろん、これをそのままキョウゴに当てはめるわけにはいかないけれど。何しろキョウゴは実際に人を殺したことがあるし、それもかなりの数のはずだもの。彼女がその道理を知らないはずがない。


「そして第二の敗因は、型に嵌まりすぎた兵法ね。あなたはこれほど突飛な奇策に遭遇したことがなかった。水攻めの可能性は想定していても、まさかこんな『汚い手』だとは思わなかったでしょう。型に嵌まった兵法を学びすぎたせいで、逆に思考が縛られてしまったのよ。あなたは卓越したチェスプレイヤー、決まったルールの中では、あたしは絶対に敵わない。けれどね、本物の戦場はチェス盤じゃない。駒を動かすだけでなく、盤面そのものを支配し、果てはゲームのルールそのものを超越しなければならないのよ。あらかじめ決められたルールの枠内で右往左往しているだけじゃダメなの」


 そう。真の戦術家は、ただチェスを動かすだけではない、盤面そのものを動かすことだ。


「じゃあ、あんたは最初から、あたしたちを皆殺しにするつもりで、こんな危険な計略を……」


「布袋側はいままであなとと同じように、できる限り不殺を徹したの、だからあなたもあたしは同じだと思ったでしょう?確かにそんな暗黙のルールだなんて、最初から破るつもりだったわ」


 この話を聞いたセントと天上は、目を大きくしユエを見つめていた。


「まあまあ、天上の話が本当なら、あなたの実力はこの程度で死なないと思うけど、他の兵隊さんはまあ……」


 キョウゴ、天上とセントの三人は同時に頭を縦に振って同意した。


「とにかく、事前に細工をしていたからノーカウントだなんて言わないでよね?あたしは本当に、人を殺す覚悟でこれをやったわ。そしてあなたも理解しているはずよ、本物の戦争で死者が出ないなんてあり得ないって。もし、わずかな犠牲を払うことであなたを覚醒させ、雲林の前線では今この瞬間も人が死に続けている現実を突きつけ、この不毛な嫌がらせを止めさせられるなら、それは十分に価値のあることよ」


「……三つ目は?」


「第三の敗因は情報量の圧倒的な格差よ。あたしはあなたを徹底的に研究したけれど、あなたはあたしのことを何一つ知らなかった。でもね、今回の件を経た後、もし将来また対決する機会があったら、今度はあたしが負けるかもしれない。あなたはもう、自分の敗因を知ってしまったのだから。失敗は成功の母、と言うでしょう?今回のあたしは、運よくあなたの弱点を突き、お互いの情報量の差を利用したに過ぎないわ。次はこう上手くはいかないと確信している」


「あたしはてっきり、嘉義にはもう烏合の衆しか残っていないと思い込んでいたわ。天上を含めてね。ただ超能力の力に任せて殴り合うだけのバカばかりだと。まさか、あんたみたいなキレ者が隠れていたなんてね。――これなら、台湾統一の希望が見えてきたわ、あたしと一緒にね」

 キョウゴは、憑き物が落ちたようにふっと笑い出した。どうやら、情緒もすっかり回復したようね。


「ちょっと待って、それどういう意味?」


「あたしがどうしてこの二年間、こんな不毛な戦いを続けてきたと思っているの?あのクソ女、トップに就いてから一度も大きな戦いを経験していない。高雄から頻繁に嫌がらせを受けているあたしたちとは違うのよ。あいつのあの事なかれ主義な性格じゃ、この乱世を生き抜くことなんて絶対にできないわ。だからあたしは、このやり方であいつに現実を理解させ、引きずり降ろそうとしたの。あたしこそが真に適任な指導者なのだと分からせるためにね」


「今の雲林は戦っているのに?」


「それは最近の話でしょう?そもそも侵略されたのは、あのクソ女の姑息なやり方が原因よ」


 セントが言っていた通り、キョウゴは本当にレイランを引きずり降ろすつもりだったのね。それが彼女の一連の執拗な嫌がらせの動機だったわけだ。


「なのに何より腹立たしいのは、あのクソ女があたしを完全に無視し続けていることよ!特にこの半年、彰化にボロクソに叩かれているっていうのに、あいつはいまだに自分の統治方針に問題があることを認めようとせず、あの座に居座り続けている。あいつはただ殴られるがままで、何の策も持ち合わせていない無能だと思っていたけれど……今日あんたを見て、考えを改めたわ」


 なるほどね、キョウゴの奴、ユエのことをレイランが差し向けてきた『秘密兵器』か何かに勘違いしているんでしょうね。でも、そんな風に誤解するのも無理はないわ。突如として現れた見知らぬ少女が、いきなり守備軍を指揮しているのだもの。常識的に考えれば、最高権力者であるレイランの直許があったと判断するのが普通だわ 。


「じゃあ、これで撤退してくれるのね?ううん、あたしたちと一緒に雲林の防衛を手伝ってくれる?」


「賭けは賭けよ、大人しく負けを認めて撤退してあげる。今後二度とあんたたちに突っかからないことも保証するわ。けれど――手を貸すなんて約束はしていないわよ」


「えっ? それどういう意味……」


「あのクソ女の命令を聞くなんて、死んだほうがマシよ!それに、今の嘉義にはあんたがいるんでしょう?あんたのその頭脳があれば、雲林の奪還なんて造作もないはずよ。彰化の軍勢なんて、どうせ中身の詰まっていない空っぽのバカどもの集まりなんだから」


「……あなた、盛大な勘違いをしているわよ。あたしは春姉の部下でもなければ、そもそも軍人ですらないわ」


「何ですって……?」


 わたしの予想通り、キョウゴは見事なまでに勘違いをしていたわね。


「だからこそ、あたしはわざわざあなたに力を貸してほしいと頼みに来たのよ。あたしはただの一般人よ?突然現れただけの一般人が大軍を率いたところで、誰が言うことを聞くっていうの。だから、あなたがいなければ、嘉義の軍隊だけじゃ彰化を防ぎきることは不可能なのよ」


 おや?ユエの奴、臨機応変にじつに都合の良い言い訳を思いついたわね。


「そんなの簡単じゃない。うちの台南の部隊は、とっくにあんたたちを支援することに同意しているはずよ?それだけの人数がいれば十分でしょう。あたしだって、彼らが手助けに行くのを邪魔した覚えはないわ」


「あなたがいなければ、台南の部隊はあたしたちの言うことなんてこれっぽっちも聞いてくれないのよ!」


「……何だって?」

 キョウゴは心底困惑したような表情を浮かべた。


 ちょっと待って。キョウゴの奴、まさかその事実にすら気づいていなかったの?台南の軍上層部は、彼女にそのことを一切伝えていなかったというの?


「じゃなきゃ、どうして今になっても台南の軍が動かないと思っているのよ?」


「あ、あたしはてっきり、軍の奴らが何か思惑があって意図的に遅らせているのだとばかり……」


「キョウゴ、あなたは領地全体のナンバーツーであり、なんなら春姉の権力を奪おうとまで企んでいる身でしょう。それなのに、台南の全軍があなたの言葉しか聞き入れないという事実に、どうして気づかったのよ!」


「だ、だって、軍があたしに正規の兵権を与えないのは、あたしの言うことなんて聞きたくないからだと思い込んでいたんだもの……」


 なんてこと、とんでもない壮大な誤解じゃないか!キョウゴのこの二年間におよぶ嫌がらせがこれほど理不尽だった理由がようやく分かったわ。すべてはただのボタンの掛け違いだったのね!


 ユエは、隣に座っている天上とセントに向き直り、鋭く詰問した。

「ちょっとあんたたち二人!台南の軍部が口を閉ざしていたのは百歩譲るとして、どうしてあなたたちはそのことを彼女に一言も指摘しなかったのよ!?」


「ユエ様……私たちはてっきり、キョウゴ様はすべてを把握した上でやられているのだとばかり……」

 セントはまるで今まさに夢から覚めたかのように、呆然とした表情で答えた。


「ふ、ふふふ……これほど幼稚な誤解を、俺たちは二年間も疑いもしなかったとはな……」

 天上もまた驚愕を隠せない様子で、ただただ苦笑を漏らすしかなかった。


 どうやら台南は独立を宣言して以降、嘉義との交流を完全に断絶させていたようね。だからこそ、これほどの誤解が生じてしまったのだ。コミュニケーションの重要さは、これは間違いなく最高のサンプルね。


 その時、キョウゴが唐突に立ち上がった。彼女は肩にかけていたタオルを乱暴に振り払い、その口元に不敵な笑みを湛えていた。どうやら、何かを完全に吹っ切ったようね。


「ユエ、あたしから一つ、不躾なお願いがあるわ」


「何よ」


「――あたしと、タイマン勝負しなさい」


「え? ――えええぇぇぇーーーーっ!?」

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