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イヴ・メモワール ―隔離された台湾―  作者: アニキ
第二章:本物の闘い、はじまる
27/33

小さな戦争

 C.E.2063_05/08_16:46


 あの日から三日が経過した。

 ユエはこの三日間、ほぼ休むことなく駆けずり回っていた。地形の調査に、布袋城内の兵士――つまり超能力者たちの能力把握。さらに過去のキョウゴの戦術分析と、わたしが考案した作戦を実行するための全軍演習まで――一時たりとも休む暇などなかった。


「イーちゃん、決戦を三日後に設定するなんて、さすがに無茶じゃない?」


〈急ぎすぎかしら?〉


「うん……まあ、決めてしまったことだもの。なるようになるわよね」


 ユエは今、城門の外に立ち、深々と大きな溜息を吐いた。


「にしてもイーちゃん、こんな子供騙しみたいな作戦、本当に通用するのかしら?」

 ユエが疑わしげに尋ねる。


〈100パーセント成功する戦術なんて存在しないわ。相対的に成功の確率が高いというだけよ〉


「まあね。でも意外だわ、あたしがこんな無謀なことをしようとしているのに、あなたが反対しないなんて」


〈わたしが反対するのは、あんたのやり方が理不尽で危険すぎる時だけよ。あんたがやると決めたなら、わたしはそれを成功させるための最適な解を導き出すしかないわ。〉


 その通り。自慢じゃないが、ユエがキョウゴという格上の敵に立ち向かう度胸を見せているのは、わたしという最高峰の演算ユニットが背後にいるからこそだ。この前の赤崁の戦いはすでに証明している。もともと、イヴ・システムは防衛システム、つまり戦闘用、戦術演算はお手の物だしな。そしてわたしもまた、彼女の執行力を信じている。

 まあどうせ、ユエの決めたことは、わたしは止めるすべはないしな。いうことを聞かないなら、できる限り勝利を導くしかない。


 現状を整理しましょう。雲林の戦局悪化により、嘉義城からは半年かけて前線へ部隊が引き抜かれている。布袋城は台南に近い安全圏ではあったけれど、キョウゴの執拗な攻撃のせいで、防衛のために残された守備兵はわずか500名、しかも全員弱い。

 これも仕方がないだろう、精強な兵は全員雲林前線行きだ。ここと比べば、雲林前線こそが正真正銘の生死を賭ける戦いだしな。だってキョウゴはたとえここを突破し、布袋城を占領しても、たったの300名では城を守るだけでも精一杯、進軍なんてできるはずがない、つまりここを攻め落としても大した意味はない。キョウゴ防衛に割る兵はそんなに強く必要はない。


 わたしたちの目の前には、キョウゴ率いる300名の部隊が陣取っている。人数こそ劣るが、ここ数日の調査で判明した事実は衝撃的だった。彼女の300名は、すべてキョウゴ自身が叩き上げた精鋭中の精鋭なのだ。彼女の親衛隊相手なら、300名はおろか、1000名相手でも惨勝するのがやっとだろう。ましてやキョウゴに心服してもらうなど、土台無理な話に見えた。

 決戦の地は、布袋城の南西、龍宮渓りゅうぐうけいの境界にある廃墟となった塩田えんでん

 隔離と天火の影響で長年放置されたその地は、いまや一面の乾いた不毛の大地と化していた。龍宮渓の河口付近も、橋の崩落や土砂の堆積によって干上がり、背の高い雑草が鬱蒼と茂る、かつての地図とは全く別の地形へと変貌している。


「ユエ、随分と好条件な場所を選んだわね。こんな平坦な空き地で、正面対決を挑むつもり?」


 乾いた大地の上で、両軍が対峙している。東にはキョウゴ軍300名、西にはユエ軍500名。その距離、約500メートル。

 キョウゴが悠然と歩み寄ってきた。その口元に浮かぶのは、明らかにユエを格下と見下した、冷ややかな笑みだ。


「ここでのあなたの過去の作戦記録をすべて分析したわ。わざと、この地を選んだの」

 ユエもまた毅然として歩み出る。


「分析しただって?それなら、正面対決こそがあたしの得意技だってことも分かっているはずよね。一体何を企んでいるの?」

 ユエの一言で、キョウゴの表情から余裕が消え、途端に険しい警戒の色が浮かび上がった。


「……これから分かるわ」


「あたしを油断させようとしたり、罠を仕掛けようとしているなら時間の無駄よ。あたしは誰が相手だろうと、常に全力で叩き潰す主義だから」


「……時間ね。始めましょうか?」

 ユエは微笑を返した。


 キョウゴは鼻で笑い、自軍の前方へ戻る。そして、雷鳴のような声で号令を下した。

「皆、今日の敵は少し手合いが違うみたいね。とはいえ、あたしたちの勝利が揺らぐことはないわ。容赦する必要はない、あたしの号令に従いなさい!」


 ユエもまた自軍の前へ戻り、短く叫んだ。

「……全軍、前進」


 ついに、開戦の火蓋が切られた。


 キョウゴ軍は初手から鮮やかな「鶴翼かくよくの陣」を敷いてきた。人数が少ない分、その陣形変化の速度は凄まじく速い。

 一方、ユエ率いる我が軍はといえば――傍目はためから見ればただの子供の我が儘、戦術の基本すらなっていない。全軍が隊列もクソもなく、ただの烏合の衆と化して無秩序に前方へ突っ込んでいくのだ。戦う前から勝敗など、火を見るより明らかだった。


 続いて、キョウゴの一喝が響く。

「放て!」


 その号令とともに、敵陣の後方から猛烈な放物線を描いて巨大な「水柱」が噴き出してきた。これも超能力の力に違いないわ。大弓や投石機を完全に代替する凄まじい威力よ。まともに食らえば確実に圧死するレベルの衝撃が、あたしたちの頭上から降り注ぐ。


「うわぁぁ……何よこれぇ!?」


 事前にキョウゴ親衛隊の戦術や超能力を分析し、心の準備はしていたはずなのに、いざ実物を目の当たりにすると、ユエは完全にパニックに陥って頭を抱えながら逃げ惑う始末だった。


〈ユエ、右往左往してんじゃないわよ!あんたは指揮官コマンダーなのよ!?そんな無様な姿でどうやって軍を指揮するつもり!?〉


「こんなに恐ろしいなんて聞いてないわよ!」


 大量の水柱が絶え間なく降り注ぐ。即死こそ免れても、すでに少なからぬ味方の兵が地面に叩きつけられて戦闘不能に陥っていた。


「ふん、その程度?――変陣!」


 何ですって!?双方の距離はまだ200メートルを切ったばかり。このタイミングでの変陣、それも「雁行がんこうの陣」だと!?キョウゴには最初から突撃してくる気など毛頭ないらしい。

 一列に展開したキョウゴ軍の後方から、さらに高密度な水柱と「火球」が容赦なく降り注ぐ。それはさながら狂ったように降りしきる嵐の雨。我がユエ軍はまともに直撃を受け、火を点けられては水で押し流されるという地獄絵図の中、次々と意識を失い、地面へ倒れ伏していった。


「熱っ!熱つっ!」

 ユエの足元に火球が着弾し、凄まじい熱風が彼女の肌を焼く。


〈ユエ!逃げ回ってばかりいないで、早く反撃の命令を出しなさい!〉


「み、みんな、自由攻撃!撃ち返しなさいっ!」


 命令を受けた部隊は、各々がバラバラに超能力を発動して反撃を試みた。火を吹く者、水を噴き上げる者、巨大な岩石を生成して投げつける者、そして原始的に弓を引く者。ありったけの力をキョウゴ軍へと叩きつける。

 その攻撃の規模だけを見れば、実に凄まじいものだった。空中では炎、水、岩、矢が乱れ飛び、さらには鉄棒、鉄鍋、果ては壊れたテレビや冷蔵庫までが空中を舞っている。……なるほど、超能力を使えばそんな現代の粗大ゴミまで具現化できるのね。実に目を見張る光景だわ。

 だけど、感心している場合じゃない。ユエ軍のその猛烈に見える反撃は、キョウゴ軍に対して文字通り「かすり傷一つ」与えられていなかったのだから。


「……嘘、何よあれ!?」


 ユエが目を凝らした先――キョウゴ軍の最前列には、両手を高く掲げた一連の兵たちが立っていた。彼らの手からは淡い光が放たれ、それらが一本の線として繋がり、巨大な防護壁エネルギーバリアを形成していたのだ。ユエ軍の放ったカオスな攻撃の数々は、その障壁に接触した途端、弾き飛ばされるか、あるいは無に帰していた。そして防護壁の背後からは、相変わらず火球と水柱が絶え間なく掃射されている。

 当然、ユエ以外の兵たちはこの障壁の存在を最初から知っていた。そのため、我が軍の何人かは捨て身の覚悟でキョウゴ軍へと白兵突撃を敢行した。刀剣や長槍を手に猛然と突き進む彼らだったが――それすらも全く通用しない。

 キョウゴ軍はすでに完璧な防備を敷いていた。突如として地面から無数のつるや、鋭い棘、巨大な丸太の杭が突き出し、前進を完全に阻害する。負傷者の数は加速度的に増えていった。


〈ユエ、もう意地を張るのをやめて撤退しなさい!これ以上粘っても、兵を無駄死にさせるだけよ!〉


「せめて、せめてあいつの部下を何人かだけでも道連れに……!」


〈こんな飽和射撃ほうわしゃげきに特化した陣形、十分な機動力モビリティがなければ突破できるはずがないわ!〉


「そんな戦術的な話、知っているならどうして先に言わないのよ!」


〈あんたが最初から何も考えずにノーガードで突っ込むなんて、誰が予想できるっていうのよ!?〉


 ユエ軍は完全に満身創痍。これでは勝負にすらならない。開戰からわずか三十分足らずで、我が軍の半数が戦闘不能に追い込まれていた。傷つき逃げ惑う者たちを余所に、相手方は未だ傷一つ負っていない。


「降伏しなさい。結局、お前もあの城内の馬鹿どもと何も変わらないではないか。ただ超能力の力に溺れ、戦術の重要性を完全に忘れている。高度なテクノロジーを失った途端、人間は古代の戦い方すら忘れてしまったというわけだ」


 キョウゴ軍がピタリと攻撃を止めた。キョウゴ自身が数歩前に歩み出で、陣頭からユエに向けて降伏勧告を突きつける。


「てっきり天上やセントを投入してくるかと思ったわ。あたしは奴らの参戦を禁じた覚えはないわよ?あいつらが加わっていれば、ここまで無様な醜態を晒すこともなかったろうに。これでは小手調べにもならないわ」


 彼女の戦いぶりをこの目で見たからこそ、それが決してハッタリではないことを痛感させられた。天上たちが勝てなかった理由も、今ならよく分かる。それに、彼女が指摘するまでもなく、キョウゴはまったく全力を出していない――いや、おそらく三割の力すら出していないわ。

 先ほどわたしは「1000人いれば勝てるかも」なんて見積もったけれど、この練度なら烏合の衆3000人を投入したところで崩せるかどうか。何より、天上がタイマンでも勝てるか怪しいと言ったキョウゴ本人が、まだ指一本動かしていないのだから。

 天上がなぜあれほど必死に彼女を説得しようとしたのか、その真意がさらに深く理解できたわ。彼女を殺せば内戦になるという政治的リスクもさることながら、これほどの天才を失うことは、天の恵みをドブに捨てるようなもの。


 その時、キョウゴを凝視していたユエが、突如として踵を返し、背後に広がる背の高い草むらへと猛然と走り出した。


「全軍、後退――っ!!」


「何……!? 敵に背を向けて逃走だと?命が惜しくないのか!?」

 キョウゴの表情に、初めて驚愕の色が走った。まさかユエがこんな無様な逃亡を選ぶとは思わなかったのでしょうね。


 ユエの号令の元、残された兵たちは一斉に鬱蒼とした高草叢の中へと飛び込んでいった。戦場に取り残された負傷者を除けば、彼らは瞬く間にその姿を隠してしまった。


「……こんな見え透いた手を。あたしをまぬけ扱いしているのか?」


 奇妙なことに、キョウゴは追撃を命じなかった。それどころか、陣形を防御型へとシフトさせたのだ。視界の効かない草むらへ深追いすれば、手痛い伏撃を食らう可能性があると踏んだのでしょう。さすがは冷静ね。


「――放火!」


 キョウゴが冷徹に命じる。次の瞬間、無数の小さな火球が草むらの外縁部に叩きつけられ、辺りは激しく燃え上がり始めた。しかし、彼女は草むら全体を焼き尽くすようには命じていない。ただ地面の境界線を燃やすに留めている。


「ユエ、あんたが何を企んでいるかは知らないが、その草叢に隠れるのはただの自殺行為よ、早く降伏しなさい!これ以上抗うというなら、次こそ本当にその草むらごと焼き尽くしてやるわよ!」


 ユエ軍からの応答は一切ない。だが、キョウゴの手札はそれだけではなかった。


「――風攻隊ふうこうたい、備えよ!」


 風攻ふうこう!?嘘、そんな超能力の部隊まで組織しているというの!?

 草むらの周囲から凄まじい突風が巻き起こり、燃え盛る濃煙がすべてユエたちの潜む方向へと力任せに吹き込まれていく。同時に、風を得た火勢はさらに激しさを増していった。力ずくでいぶし出そうという算段ね。

 彼女が全戦全勝を誇ってきた理由が、これで完全に証明されたわ。この臨機応変な戦術眼と、それを完璧に形にする親衛隊の統率力。これでは布袋城の落ちこぼれ守備軍が束手無策だったのも無理はないわ。


 ――けれど、非常に残念だったわね。

 この三日間のデータ解析によって、わたしはキョウゴの抱える「欠陥」をすでに暴いていたのよ。そしてその弱点こそが、今、この瞬間に致命傷となる。

 彼女はすでに、わたしの仕掛けた完璧な蜘蛛の巣に、どっぷりと足を踏み入れているのだから。



 それから約15分ほど経過した。


「……どうしてまだ出てこないのよ?」


 キョウゴの横顔に、明らかな焦燥の色が混じり始めた。ユエ軍からは、未だに一人として煙にいぶし出されてこないからだ。


「あり得ないわ。もう10分以上も焼き続けて、風を送り込んでいるのよ?うちの連中の精神力キャパシティだって、もう限界寸前だっていうのに……!」


 彼女が困惑するのも無理はなかったわ。龍宮渓りゅうぐうけいのほとりに生い茂る草むらは、背こそ高いものの、奥行きはそれほどない。すぐ背後には川が控えているため、後ろへの退路は断たれているはずだった。これほどの濃煙で10分以上も燻されれば、どんなに我慢強い兵だろうと、とっくに涙目になって飛び出してくるのが道理。なのに、ユエ軍は影も形も見当たらないのだから。


 やがて、吹き付ける風とともに濃煙が次第に薄れ始めたその時――。

 キョウゴは煙の向こうにうっすらと見え隠れする、龍宮渓の異変にようやく気づいた。


 河道の西半分――すなわちユエ軍が逃げ込んだはずの方向は、ちょうど満潮の時刻と重なったことで、水位が限界まで膨れ上がっていた。

 一方の東半分は、長年の土砂崩れで完全にせきき止められていたせいで、現在の河道は大きく歪んで不自然に迂回し、弯曲わんきょくしている。かつての本来の河道は、とっくに干上がって不毛の溝と化していたのだ。

 ここでようやく、キョウゴは致命的な違和感の正体に気づき、戦慄した。


「……しまっ、全軍、撤退――っ!!」


 へへん、もう遅いわよ!

 突如として、大地を引き裂くような激しい地鳴りとともに、大地震が勃発した。

 キョウゴ軍が陣取っていた乾いた不毛の大地が、地震の衝撃で一瞬にして陥没していく。その凄まじい地盤沈下の亀裂は、龍宮渓の河道が大きく湾曲した場所――すなわち、土砂で堰き止められていたまさにその「ボトルネック」へと目掛けて一直線に突き抜けた。


 そして、そこから悪夢のような光景が幕を開けた。キョウゴの顔から、一気に血の気が引いていく。

 地盤の陥没に伴い、満潮でパンパンに膨れ上がっていた龍宮渓の水――ひいては外洋からの海水が、濁流となって陥没地帯へとダイレクトに逆流してきたのだ!


 あまりにも唐突な天災級の一撃。おまけに、キョウゴが敷いていたあの強固で隙のない高密度な防御陣形が、ここでは最悪の形で裏目に出た。

 激しい地震によって多くの兵が足元をすくわれて転倒し、密集しすぎていたせいで内側の兵は瞬時に身動きが取れなくなったのだ。飛行能力を持つごく一部の超能力者を除き、キョウゴ軍のほぼ全軍が、一瞬にして押し寄せた冷たい海水の渦の中に飲み込まれていった。


 一方、我がユエ軍はといえば――。

 実は開戦直後、無様に逃げ惑うフリをして草むらに飛び込んだ瞬間から、草に紛れて密かに「東」へと移動していたのだ。彼女たちが身を潜めていたのは、堰き止められて干上がっていたかつての古い溝の中。

 ここなら相手が見えないし、煙が届くはずもなく、陥没によって逆流してきた海水が流れ込むこともない。完全なる安全圏セーフティエリアで、高みの見物を決め込んでいたというわけ。


 これぞ一発逆転。わたしの賭けは見事に当たった。

 賭けたのは他でもない、キョウゴの徹底した戦術的かつ冷徹な「プレイスタイル」――すなわち、敵の奇策を警戒するがあまり、深追いせずに地形を利用した迎撃(放火と風攻)を選択するという、彼女の優秀すぎる指揮官としての習性そのものだったのよ。キョウゴは確かに優秀だが、それはあくまでただの部隊指揮能力、わたしのような、戦場のすべてを利用する者には勝てないのだ。

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