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イヴ・メモワール ―隔離された台湾―  作者: アニキ
第二章:本物の闘い、はじまる
26/32

無関係な戦いに飛び込む

 ユエはとんでもないジョークを飛ばしたものだ。

 しかし、事情を知らないキョウゴはそれを真に受けてしまったらしく、顔色を凄まじく悪くしている。天上とセントにいたっては数秒間完全にフリーズしており、ゾゾとユユはセントの背後に隠れてクスクスと忍び笑いを漏らしていた。


「あんたたち二人、まさかそこまで落ちぶれていたなんて……」


「お嬢様、お待ちください!ユエ様は冗談を仰っているのです!」


「言い訳なんて聞きたくないわ!ユエ、あんたたちはあたしのところへ来なさい、あたしが守ってあげる!」


「キョウゴ、ありがとう。でも、あたしたちは天上に弱みを握られているから、逃げられないの」


 その言葉が出た瞬間、キョウゴの瞳に突如として猛烈な殺気が宿り、天上を蛇のように睨みつけた。


「あんたたち、政府に飼われている吸血虫の分際で、よくもそんな非道な真似ができるわね!?」


 わぁ、随分とストレートで汚い言葉を使うわね。

 すると次の瞬間、キョウゴの全身から突如として炎が噴き出し、周囲に強烈な高熱が立ち込めた。足元の芝生がパチパチと焼け焦げていく!どうやら彼女の超能力は炎を操る能力らしい。


 天上は堪り兼ねたようにユエへ視線を向け、ごく小さな声で呟いた。

「……お前、これは仕返しのつもりか?」


「ふふ、どう思っても勝手だけど、あたしにはあたしの目的があるのよ」


 ユエはそう言い捨てると、数歩前に出てキョウゴと正面から向き合った。


「キョウゴ、まずは落ち着いて。あたしたちは確かに天上に弱みを握られているけれど、彼が言うには、ある一つの事柄を手伝いさえすれば、あたしたちを解放してくれるそうなの」


「何よそれ?あたしが手伝ってあげるわ!」


「ありがとう。あなたに手伝ってもらえるなら、この件はそう難しくないわ」


「絶対に助けてあげるから、早く言いなさい!」


 わぁ……このキョウゴって子、正義感が異常に強いのね。初対面の相手のためにここまで身体を張れるなんて。でも、いささか頭が単純すぎやしないかしら?事実関係を確かめもせず、たった一言を真に受けてしまうなんて、この手のタイプは簡単に他人に利用されかねないわよ。


「天上があたしたちに求めているのはね――彰化しょうかの連中を追い払って、雲林うんりんの奪われた土地を取り戻すことよ」


 なんですってぇぇぇ――?!

 ユエ、あんた一体何を考えているのよ!わたしたちには無関係な話だって言ったでしょう?どうして自分からこの泥沼に飛び込もうとするの!?

 ユエの言葉を聞いた途端、キョウゴの全身を覆っていた炎がふっと消え失せ、あからさまに困惑した表情を浮かべた。天上も眉をひそめてユエを凝視しており、まるで信じられないといった様子だ。


「あんた……」

 キョウゴは言葉に詰まった。どうやら自分が一杯食わされたことに気づいたようね。


「キョウゴ、この件はあたしたちだけの力じゃどうにもならないの。手伝ってくれる?」


 キョウゴはじっとユエを見つめ、ようやく冷静さを取り戻したようだった。


「ユエ、あんたたち、最初から結託してあたしを騙そうとしたのね?あたしを利用するつもり?いくら何でも嘘が突拍子もなさすぎるわ」


 幸い、このキョウゴが底抜けの馬鹿ではなかったことね。


「ふふ、実はただの冗談よ。まさか本当に信じちゃうとは思わなかったわ、ごめんなさい」


「冗談にしても、わざわざ雲林の件を持ち出す必要なんてないでしょうに」


「キョウゴ、雲林の件は冗談じゃないわ。天上があたしたちに雲林の防衛を手伝ってほしいと求めたのも、あなたに力を貸してほしいのも、全部本当のことよ」


「悪いけど、あたしが力を貸すことはあり得ないわ。台南の軍全体があんたたちを助けるというならあたしには止められないけれど、あたし個人とあたしの部隊は絶対に動かない。――あのクソ女が表に出てきて、直接あたしと向き合わない限りはね!」


「キョウゴ、その理由を教えてもらえる?」


「理由?そんなのあのクソ女に直接聞きなさいよ!」


「えーっと……あたし、あなたが言うクソ女が誰のことなのか分からないんだけど」


「レイランのことよ!」


 おお、やっぱりレイランのことだったのね。にわかにわたしの好奇心も刺激されてきたわ。


「そっか……。もし理由を話したくないなら、少しだけあたしに時間をくれない?何か方法を考えてみるから」


「ユエ、あんたが何者かは知らないけれど、あの天上でさえ匙を投げたのよ?あのクソ女を説得できる奴なんて、この世にいるはずがないわ」


「……それでも、試してみる価値はあるでしょう?やってみなきゃ分からないじゃない」


「あんたを待つくらいなら、あたしが直接あいつの家に攻め込んで、あたしの前で土下座させた方が早いわよ!」


 キョウゴがまた激昂した。この子、どうしてこうも感情のコントロールが苦手なのかしら?というより、あんたはその方法で二年間戦い続けて成果なしだったんでしょうに。


「分かったわ。あなたが待てないと言うなら、別の方法にする」


「……何よ?」


「さっき横で聞いていたけれど、あなたは『あの女を引っ張り出すか、あるいは自分に勝つか』って言っていたわよね?」


「ええ、言ったわよ。それがどうしたの?」


「じゃあ、あたしが本当にあなたに勝ったら、まさか約束を破ったりしないわよね?」


 なんですってぇぇぇ――?!

 その言葉が放たれた瞬間、後方に控えていたセントが顔を真っ青に染め、大股でこちらへと駆け寄ってきた。


「ユエ様、滅相もない!絶対にいけません!」


「どうしてダメなの?」


「それは……つまり……」


 その時、キョウゴが突然高笑いを上げた。


「はっ、はははは!何を言い出すかと思えば、そういうこと。いいわよ、その挑戦、受けて立つわ!」


「お、お嬢様!ユエ様は冗談を仰っているのです!どうか真に受けないでください……!」

 セントが滝のような汗を流しながら必死に制止しようとする。


「セント、あたしは本気よ?」

 当のユエは、どこ吹く風といった様子で平然と言い放った。


「ユエ様、本当におやめください……」


「ふん、あんたたちが本気だろうが冗談だろうが、あたしは本気になったわよ。もし本当にあたしに勝てたなら、約束は守ってあげる。あんたたちの彰化対策に力を貸してあげるわ」


「ありがとう、キョウゴ。それで、いつ始める?」


「時間も場所も、あんたが決めていいわよ」


「分かった。ルールはある?」


「ないわ」


「じゃあ、人数の制限もないのね?」


「ええ。後ろにいる子供二人を助っ人に呼ぼうが構わないし、なんならこの布袋城にいる人間を全員引っ張り出してきたって、あたしは一歩も引かないわよ」


 なんですって……?このキョウゴって女、そこまで強いというの?


 #


 C.E.2063_05/06_12:35


 昼時、布袋ほたい城の作戦会議室。

 この城内の軍用食堂はひどく不衛生で散らかっているらしく、会客用の部屋すらまともに用意されていないため、あたしたちはやむなく会議室で食事を摂る羽目になった。


「ユエ、お前は一体何がしたいんだ?」

 天上がユエに問いかけた。


 彼は箸を手にしたままで、見るからに食欲がなさそうだった。ただひたすら、不可解そうな表情でユエを凝視している。


「退屈だって言ったでしょ?」

 ユエはもぐもぐと口を動かしながら答えた。


「退屈だからといって、俺たちの問題に勝手に介入するな。お前の目的は何だ?意図的に俺に嫌がらせをしているのか?」


「最初はあたしに手伝えって言ったじゃない。今更どうして心変わりしたの?」


「言ったろ?あれはただ……」

 天上はセントと佐佑さゆうを一瞥し、言葉を濁して空間に呑み込んだ。どうやらユエの素性をこれ以上彼らに露見させたくないらしい。


 セントは終始重苦しい表情を浮かべ、諭すような口調でユエに言った。

「ユエ様、率直に申し上げて、私はあなたがキョウゴお嬢様に勝てるとは思えません」


「どうして?」


「ご存知ないでしょうが、キョウゴ様はこの二年間、ずっと俺たちに突っかかってきているのです。実戦経験が非常に豊富ですので、あなたが怪我をされないか心配なのです」


「どうして心配するの?あたしはあなたたちに訳も分からず誘拐された身よ、心配することなんてないじゃない」


「う……そんな風に仰らないでください」


「それに、絶対に負けると決まったわけじゃないわ」


「……ユエ様、実はこの二年間、私たちはキョウゴ様に計二十六回も襲撃を受けました。そして……大体は負けているのです」


 その時、天上が鼻で笑い、横から言葉を挟んだ。

「大体だと?見栄を張るな。二十六戦二十六敗だ」


 ――ええぇぇぇ――!?勝率ゼロじゃねぇか!?

 この時、わたしは彼らがこれほど怯えていた理由をようやく理解したわ。単に勝てないからだったのね!?

 待って、だとしたらどうしてキョウゴはここで足止めを食らっているのかしら?


「……なるほどね。でも、天上はすごく強いんでしょう?裏で片付けるなんて簡単じゃないの?」


「ユエ様、滅相もない!絶対にいけません!」

 セントがまたしても熱湯を浴びた蟻のように慌てふためく。


「またそれ?あなたのダメなことって本当に多いわね」


「ユエ、自分の能力には自信があるが、相手がキョウゴとなると、本気で殺し合いならこちらに分がある。が、生かしたまま撃退するだけとなれば、勝算はない」


 何ですって……?天上はあの怪鳥を一刀両断にできたのに、キョウゴ相手には勝てないの?あの女、そこまで強いというの?


「分かったわ。生死を賭けた戦いなら勝つ自信があるけれど、手加減するとなると勝てないってことね?」


 天上は黙って頷いた。


「なら殺しちゃえばいいじゃない。面倒が一つ減って万々歳でしょ?」


 ――ちょっと、このユエ、どうして急にそんなにバイオレンスになったのよ!?


「ユエ様、滅相もない!」

 セントは今や怒髪天を突くほどの焦燥っぷりだ。


「セント、耳にタコができるわよ。理由を話してくれなきゃ、何でダメなのか分からないでしょうが」


「それは、その……」


「隠すほどのことでもない、話してやれ」

 天上はそう言い切ると、目の前の茶碗を手に取り、ようやく食事を口にし始めた。


「はっ……ユエ様、実はキョウゴお嬢様は、現在の台南たいなん領主の娘なのです」


 娘――!?

 それで納得がいったわ、彼女があれほど傍若無人に振る舞えるわけね。台南全体が彰化しょうかへの共同戦線に同意したというのに、彼女だけが従わずに勝手な行動を起こせる。台南領主も自分の娘にはまるでお手上げ状態なのが目に見えるわ。


「娘だからって何によ? 秩序を乱して、娘だからって許されるわけ?」


「それは……」


 ここで天上が箸を置き、なんとも遣る瀬無い顔で語り出した。

「ふぅ、セントに説明させたら明日になってしまうな。ユエ、現在の台南領主――つまり元の台南総理は、レイランの父親である先代領主の義兄弟なのだ」


「義兄弟……」


「そうだ。だからこそ、あの広大な台南が彼に委ねられた。先代領主が最も信頼した男だからな。言い換えれば、彼は第二の領主とも言える存在だ。その地位は実際にはレイランよりも遥かに高い。その娘に手を出せる者など、いるはずがないだろう」


「じゃあどうして当時は彼が跡を継がなかったの?どうして春姉に引き継がれたの?」


「この台南領主も、他の城主たちと同様、先代領主への忠誠と情誼が想像を絶するほど深かったのだ。彼は絶対にその座に就くことを拒み、先代領主の血を引く子が継ぐべきだと主張した。そうすることで正当となるからな。当然、他の城主たちも異論はなかった」


「分かったわ。じゃあキョウゴの地位って、実質春姉とほぼ同格ってこと?」


「その通りだ。なんなら台南の内部においては、キョウゴの信望はレイランよりも高い。二年前の台南独立の一件で、あの台南領主が祭り上げられたのも、彼の地位がそれほど高かったからだ。だからこそ、今キョウゴがどれほど暴れ回ろうと、誰も文句を言えないのだ」


 なるほど、だからセントは彼女のことも「お嬢様」と呼ぶわけね。簡単に言えば、台南領主を除けば、キョウゴは実質この雲林・嘉義・台南一帯におけるナンバーツーの大物というわけか。


「奇妙ね。あんたの話だと、彼らも春姉に対して忠誠心を持っているはずなのに、今は反乱だの独立だのを起こして、挙句の果てにキョウゴの暴走まで放任している。一体何があったの?」


「原因はレイランのやり方にある。これはセントに話させよう、彼のほうが詳しい」

 天上はセントにバトンを渡し、全員の視線がセントに集まった。天上は再び箸を動かし始める。


 セントは天上の後を受けて言葉を続けた。

「ユエ様、馬車の中でも少し触れましたが、実は各城主たちは本気で反逆したいわけではないのです。彼らの行為はいわゆる『兵諫へいかん』に近く、本気の殺し合いを恐れているだけ。目的はレイランお嬢様にその統治方針を改めてもらい、先代領主の遺志を継いでもらうことにあります」


「どういう意味?」


「お嬢様のやり方は……良く言えば民心を安定させ、人々が安住楽業できる環境を作ろうとしている。ですが悪く言えば、現実逃避であり、現状維持に甘んじて進取の気性に欠けているのです」


「あたしはそれで十分素晴らしいと思うけれど?」


「お嬢様のやり方が間違っていないことは、誰もが内心では理解しています。だからこそ独立を宣言するまでは誰も暴走しなかった。しかし、各城主たちがかつて先代領主に命がけで付き従ったのは、先代の持つ『大志』があったからなのです」


「大志って、まさか……」


 ――台湾統一。


「台湾……統一」


「ですがお嬢様が受け継いてから七年、ずっと守りに徹するばかりで、攻勢に出る気配が微塵もない。城主たちはとうに限界を迎えていました。何度も先代の志を継ぐよう直訴したものの、お嬢様は耳を貸さない。だから、皆この手段に出るしかなかったのです」


「つまり、春姉に方針を変えてほしいけれど、本気で裏切りたいわけじゃないのね」


「実は、本気の戦争にならない最大の理由はそこではありません。今もし台南と嘉義が本気で潰し合えば、この群雄割拠の乱世、他勢力に漁夫の利をさらわれるだけ。そのことは全員が百も承知なのです。だから誰も実戦は起こせない。お嬢様に自分たちの声を届けるために、こんな子供の泥仕合おままごとを演じるしかないのです。ですが、このまま長引けば……」


「分かったわ。彼らがキョウゴの暴走を放任しているのは、単に彼女の血筋だけじゃない。皆がキョウゴに『希望』を託しているからね。もしキョウゴが春姉の座を継ぐなら、全員が納得できる。だから台南の連中が雲林の戦力を支援したいと思っていても、キョウゴ一人の存在によって膠着している。たとえキョウゴ自身に台南の支援を阻む意図がなくても、誰も彼女を飛び越えることはできないのね」


「さすがユエ様、その通りです。ただ『飛び越えられない』というよりは、キョウゴ様が参加されない以上、彼らは独立を宣言した手前、名目的にはもうレイランお嬢様の配下ではない。今更お嬢様の指揮下に入る理由もなければ面目も立たない。そうなると、一体誰の命令に従えばいいのか分からなくなってしまうのです」


「おかしいな、台南領主、つまりキョウゴの父親はまだご健在でしょう?」


「それが……台南領主は自分の娘に頭が上がらないからです。それに、台南領主もレイランお嬢様の方針に賛成する派ですから。だから台南の城主たちに見放されて、希望はすべて強硬派のキョウゴお嬢様一人に集まっています。城主たちは身内同士で内紛したくない、あくまで彰化を追い出す手伝いさえばいいが……とにかく非常に矛盾な状態です。」


「なるほど。つまりキョウゴがいなければ、仮に台南の軍が来たところで、ただの烏合の衆に過ぎないわけね」


「さようです。先ほど話した通り、キョウゴ様のあの苛烈な性格なら、彼女が統治すれば台湾統一の希望が見えてくる。だからキョウゴ様が嘉義領主に就任することは、人心を服従させるだけでなく、大義名分もある。成功すれば、台南も何ら障害なくキョウゴ様の傘下に戻り、雲林・嘉義・台南の再統一が果たせる。それに、キョウゴ様にはそれに足る十分な才能がありますから」


「そうね、あんたたちを文字通りお手上げにさせているんだから、確かに凄腕だわ」


「お二人とも、本質的には大将の器を持っておられるのです。ただ、その方向性が真逆なだけで。大王女のやり方は『治世ちせい』に適しており、二王女のやり方は『乱世らんせい』に適している。現在の台湾は……十年前の泥沼に比べれば確かに平穏になりましたが、未だ完全な平和には至っていませんから」


 なるほどね。天上があの女にお手上げで、セントが鬼を見たかのように怯えていたのは、こういう背景があったからなのね。


「大体は理解したわ。でも一つだけ分からないことがあるの。キョウゴと春姉の間に、一体どれほどの深い怨恨があるっていうのよ?先祖の基盤を危険に晒してまで私怨を晴らそうとするなんて、あまりに理不尽じゃない?」


「それは……実は、純粋な私怨とは言えないのです。先ほど申し上げた通り、台南のすべての城主が『本気の戦争はできない』と弁えている中で、たった一人だけ、例外がいました……」


「分かったわ。キョウゴだけは、本気で潰しにきているのね」


「はい。理由は非常にシンプルです。キョウゴ様は先代領主――つまりレイランお嬢様の実父であり、キョウゴ様にとっては伯父にあたるお方を、心の底から敬愛していたのです。キョウゴ様にとっては、二人の父親がいたも同然でした。彼女は心の底から、レイランお嬢様が伯父上の偉大な理想を裏切ったことが許せず、そればかりか、そんな人間が伯父上の遺産をすべて相続したことが我慢ならないのです。ですから、キョウゴ様は本気でレイランお嬢様を引きずり降ろそうとしています。現在の雲林がこれほど彰化に侵食されているのも、すべてはレイランお嬢様の落ち度だと考えている。彼女が手を貸しようしないのは、今ここで雲林を助けたところでそれは単なる『対症療法』に過ぎず、一刻も早くレイランお嬢様を政権から追い落とし、自分が統治することこそが根本的な解決策だと頑なに信じ込んでいるからなのです」


「しかし変だな、外野から見ればずっと勝ち続けているんでしょう?なぜずっとここで足止めされているのよ?天上でさえ止められないなら、春姉なんてとっくに引きずり降ろされていてもおかしくないじゃない」


「それは、彼女が領主の娘とはいえ、制度上の権力を持たず、正規の兵権も有していないからです。彼女が率いている部隊は、実質的に彼女個人の『私兵』に過ぎず、軍の正規編成ではありません。ゆえに軍も彼女をコントロールできないのです。何度も言った通り、台南全体に本気で戦う意志がない以上、当然彼女に正規の兵権を与えるはずもない。ですから、彼女はずっと孤立無援の単独行動なのです。いくら布袋城ここひとつが彼女に敵わないとしても、彼女が本当に嘉義へ攻め入ることは不可能。たった300人の私兵で、嘉義全土の数万の防衛軍と渡り合えるはずがありません。キョウゴ様個人の戦闘力がどれほど規格外であれ、限界があるのです」


「それにだ」天上はここでいきなり口を開いた。「さっきから言いたいが、ユエ、お前は俺に過大評価しすぎないか?たしかに俺は自分の力にかなり自信はあるが、それでも勝てないものが多い。全台湾かギルド内部おろか、この嘉義雲林だけでも、さらにいうと嘉義城内だけでも、俺より上の超能力者がいる」


「天上様の言う通りです。たとえ全軍が一人残らず彰化前線に防衛を回しても、キョウゴ様一人じゃ、嘉義城だけでも攻め落とすことはまず不可能でしょう」


 天上より強いものがいっぱいいる……だと?つまりわたしたちは天上に対する印象と評価は、単に『今まで見た人』の中で一番強いだけか。いや、単に天上登場時のインパクトが強すぎるかもしれないな。

 なるほどね。だからキョウゴはしきりにレイランに出てこいと要求していたわけだわ。自分からは中に進軍できないからか。


「……完全に把握したわ。整理すると、要するにこういうことね。単体の城の戦力では彼女に勝てず、かといって彼女も前進はできない。現在、彰化の猛攻を受けているせいで、彼女を力ずくで屈服させるための増援を割く余裕もなく、ずっとこの膠着状態が続いている。けれど彼女が嫌がらせを続ける以上、防衛のために兵力を割かざるを得ず、それが雲林の戦力低下に響いている。さらに最悪なのは、キョウゴが首を縦に振らない限り、仮に台南の軍勢が到着したとしても、雲林・嘉義側は台南軍を一切指揮できない。身も蓋もない言い方をすれば、キョウゴ一人さえ『解決』できれば、これらすべての問題が一挙に瓦解するってわけね」


「さすがユエ様、非の打ち所がない完璧な要約です」


「いいわ。どのみち今の焦点は、まず彼女に勝つことね。残りの問題はその後よ」


「単に勝つだけではない。徹底的に『ねじ伏せ』、心から服従させねばならん」

 天上が再び箸を置き、言葉を放った。


「……なるほどね。彼女を心服させ、納得した上で参戦させなきゃ意味がないってことね」

 ユエが頷く。


「その通りだ。ユエ、これで彼女を殺してはならん理由は分かっただろう。万一殺せば、確実に泥沼の肉斬骨断の内戦に発展する。これこそが、俺たちがずっと頭を抱えてきた問題だ。これでお前にはまだ勝算があるか?殺さずに死なせない前提で彼女を打ち負かし、さらに心服させるなどという芸当に、勝算はあるのか?」


「殺さない自信はあるけれど、勝てる自信は正直ないわ。でも、やってみなきゃ始まらないでしょう?」


「……いいだろう」

 天上は突如として立ち上がると、セントに向き直った。


「セント、俺たちの口からキョウゴを説得することは、どうせ成功などせん、実力行使に出るしかない」


「ですが、力ずくで挑んだところで勝てないからこそ、説得を試みる必要があったのでは……」


「俺たちでは勝てん。だからこそユエに賭けるのだ。藁にもすがる思い、というやつだな」


 セントはその言葉に、ただ項垂れ、不承不承といった様子で小さく首を縦に振るしかなかった。


 天上は座っているユエを真っ直ぐに見際えた。

「ユエ。これより、キョウゴに勝つまでの間、布袋城主を含む布袋全軍五百余名――そのすべてを、お前の指揮下に置く」


 こうして、ユエは突如として一つの部隊の指揮官コマンダーに祭り上げられてしまった。

 本当に、あの天上という男が何を考えているのかさっぱり分からないわ。いくらユエがただ者ではないと見抜いたからといって、出会って数日の少女に、これほど多くの人間の命を預けるなんて正気の沙汰じゃないでしょう……。

 それにしても、わたしたちは未だに、この天上の正体を知らない。一体何者であれば、これほど破格の権力を行使できるというのかしら。

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