饗後
C.E.2063_05/06_10:21
布袋城、作戦会議室。
天上は椅子に腰掛けたまま、ドアの前で今にも部屋を出ていこうとするユエを凝視し、なんとも薄気味悪い不快な笑みを浮かべていた。
「はっきり言ってくれる?完全に確信したって、どういう意味よ。まさか、またスマホの話を引っ張り出すつもり?」
「スマホの件はひとまず置いておこう。どうせお前もまともな説明などできんのだろうし、事実は目の前にある。お前が取り繕うために並べる嘘をいちいち聞く気力も時間もない。俺が言っているのは、お前の口が滑った部分のことだ」
ユエは天上を鋭く睨みつけ、沈黙を守った。
「お前が何歳かは知らんが、多分二十歳未満だろう。にもかかわらず、お前は先ほどから『映画』だの『テレビ』だのと口にしている。現在の台湾において、お前のような年齢の者がそんなものを見られるはずがないと、まさか知らなかったわけではあるまい?仮に生まれたばかりの頃に見ていたとしても、記憶に残っているはずがないのだ」
〈――ああぁぁ――?!わたしとしたことが、天上の話にばかり気を取られていて、ユエがそんな初歩的でおバカな失言をぶちまけていたなんて全く気づかなかったわ!!〉
「お前にとってはごく日常的でありふれた概念だからこそ、口を滑らせた自覚すらなかったのだろう」
「……いいわ。あなたの推測通り、あたしは氷人よ。地球人の文化にはあまり詳しくないの」
ユエの奴、この期に及んでなんて下手くそな嘘を吐いているのよ!?
「確かに、一瞬はお前が氷人ではないかと疑った。だが、すぐにあり得ないと悟った。なぜならお前には超能力がある。氷人には超能力は発現しないのだ」
「氷人には、超能力がない……?」
「どうやらお前は、現在の台湾についてもう少し勉強し直す必要があるようだな。隔離以降、生物に起きた異変は地球の生物に限られる。氷人には一切の影響もないのだ」
なるほどね、また新たな知識が得られたわ。
「そんな基本常識すら持ち合わせていないという事実が、お前が外界の人間である何よりの証明だ」
「……本で読んだのよ」
「本で読んだ、だと?テレビや映画のことか?だが、先ほど氷人の話題が出た際、お前ははっきりと『テレビでも触れられていなかった』と言ったな?つまりお前は実際にそれを見たことがあるのだ。これ以上の言い訳は見苦しいぞ」
ユエの顔色がみるみる青ざめていく。もはや隠し通せないと悟り、ついに焦燥を抑えきれなくなったユエは、天上に向かって怒鳴り散らした。
「仮にあたしが本当に外から来た人間だとして、あんたは一体どうするつもりよ!?」
天上は突如として立ち上がり、ドアの方へと視線を向けた。
「その話は、後だ……」
天上が立ち上がると同時に、ドアの外から城主の声が響いた。
「天上様、また奴らが現れました!いかがいたしましょう?」
ユエが振り返ってドアを開けると、そこにはどうすべきか分からず、ほとほと困り果てた顔をした城主が立っていた。
「ふぅ……言葉が通じぬなら、力ずくでいくしかないな」
「ちょ、ちょっと待ってください、力ずくだなんて?しかし……」
天上は城主の言葉を無視してドアへと歩みを進め、ユエの傍らを通り過ぎる瞬間に言い放った。
「ユエ、俺はもともとお前をここに呼び寄せ、その戦いぶりを観察して何らかの手がかりを掴むつもりだった。だが、もうその必要はなくなった。嘉義城へ戻るがいい」
天上は振り返ることもなく、そのまま部屋を出ていった。
「それから、ギルドへの加入はやはり認めん。最低限の生活保障以外、お前にこれ以上の不必要な援助を与えるつもりもない。特に、嘉義の地を離れることは絶対に許さん。お前は大人しく嘉義城に留まり、ゾファンやユファンと共に物見遊山でも楽しんでいるがいい。俺がこの件を片付けたら、再び連絡する」
言い残すと、天上はドアをぴしゃりと閉めた。作戦会議室に残されたのは、ユエ一人だけだった。
本当にユエの言った通り、天上に嵌められたわね。結局、あの紙切れはユエを脅して己の駒として動かし、その過程で彼女の綻びを暴き出すための罠に過ぎなかったのだわ。最初から、ユエを本気で参戦させる気なんてさらさらなかったみたい。
参戦しなくて済むのは、わたしたちにとって幸いだけど……ここまで素性が露見してしまった以上、今後の代償はさらに計り知れないものになるわ。
「あたしを軟禁するつもり?そうはいかないわ、お金なんてなくたって、ここを抜け出してやるんだから!」
〈ユエ、馬鹿なことはやめなさい。お金がなければ遠くへは行けないわよ。食事や移動手段はおろか、寝床を探すことすらままならなくなる。セントが言っていたことを忘れたの?これほど危険な世界で、まさか森や廃墟で野宿するつもり?遅かれ早かれ、自分がどう死んだかさえ分からない結末を迎えるわよ〉
「ゾゾとユユの超能力を借りれば、お金はいくらでも稼げる」
〈だとしても、結局は嘉義にしばらく留まることになるでしょう?街で日雇いのアルバイトをするにせよ、大企業に入って働くにせよ、一朝一夕でお金が貯まるわけじゃない。おまけに天上はそれすら禁止してくるかもしれないのよ。現実を見なさい。……まさか、あの子たちに強盗でも働かせるつもり?〉
「別にいいじゃない」
〈冗談じゃないわよ!本当にあの子たちをそんな風に利用する気!?それに、道徳か良心問題など別として、こんな住民全員超能力者の世界で、強盗なんてリスクが高すぎる。たとえ逃げ切れたとしても、指名手配されたままじゃ、わたしたちの任務にいろいろと支障が出るわよ。落ち着きなさい、まずは大人しく嘉義城へ戻って、それから作戦を練り直すのよ〉
ユエは腰を下ろし、椅子に座った。多分なにもできないと悟り、頭を抱えた。
しばらくして、ドアが開いた。セントが佐佑を連れて戻ってきたのだ。
「ユエ様、先ほど天上様から嘉義城へ戻るよう指示がありました。今すぐ出発いたしますか?」
「お姉さま、どうしたの?顔色がすごく悪いよ」
ユユが心配そうに尋ねる。
「ふふ、ユユ、何でもないわよ」
ユエは立ち上がり、部屋の外へと歩みを進めたが、何かを思いついたかのように、突如としてその場に硬直した。
「……セント、あなたが言っていた、あの台南の指揮官を見に行くことはできる?」
「え……天上様からは特に言及しなかったから、おそらく可能かと」
「じゃあ、案内をお願いするわ」
「ユエ様、あの指揮官は今まさに城外で挑発行為を行っております。天上様が先ほど出て行かれたのも、彼女に応対するためですよ」
ということは、さっき城主が言っていた「奴ら」というのは、台南の前線指揮官のことだったのね?
「ちょうどいいわね。このまま他人の手のひらで踊らされているのは癪だから、あたしたちも首を突っ込んでやりましょう。何か邪魔でもできないかしら、ふふ……」
〈ユエ、衝動的にならないで!わたしたちには無関係な話でしょう!?もしここで無茶をしたら、わたしたちの立場はますます悪化するだけよ!〉
ユエは本気で激怒しているようだわ。冷静さを失った彼女が取り返しのつかない愚行に走らなければいいのだけれど……電子人格のわたしには、彼女を止める術などどこにもなかった。
#
わたしたちはセントの案内に従い、布袋城の南門へとやってきた。
要塞とは呼ばれているものの、大型の兵器らしきものは一切見当たらない。城壁や城門こそ頑丈そうだが、戦術的な防衛能力はそれほど高くなさそうに見える。超能力に依存しているからか、あるいは……そもそも防衛など必要ないのかしら?
道中で見かけたのは、まばらな民間露店やレストランくらいで、建物の八割以上が軍事用だった。ただ、その多くが一目で長らく使われていないと分かるものだったけれど。
城門を一歩外に出ると、天上が背を向けて立っているのが見えた。彼の正面、約100メートル先には一人の女性が立っており、さらにその200メートルほど後方には、約300人の兵士たちが整然と整列していた。
「はぁ……お前が手を貸さないのは百歩譲るとしても、嫌がらせをするなら俺たちが安全になってからにしてくれないか?」
天上は心底うんざりした顔をして、その女性にすっかりお手上げといった様子だった。
「嫌がらせ!?誰がそんなことしてるのよ!あんたたち、早くあのクソ女を引っ張り出しなさい!さもないと、家の門前まで攻め込んで叩き潰してやるわ!」
「ここもお前の家だったことを忘れたわけではあるまい……」
「うるさい!あのクソ女が這い出てこない限り、あたしは絶対に容赦しないんだから!」
クソ女?一体誰のことを言っているのかしら?
「これ以上、理不盡な我が儘を突き通すなら、俺も実力行使に出るしかなくなるぞ」
「ハッタリかましてんじゃないわよ、あたしが怯むとでも思って?あんたが怖いくらいなら、最初からこんな場所に来てないわよ!」
「……」
その言葉に、天上は意外にも沈黙した。
「撤退してほしければ、あのクソ女を呼んであたしと交渉させるか、あるいは――あたしに勝ってみせなさい!」
セントの説明によれば、彼らはもともと身内のはず。しかも台南側も、今は彰化の侵攻に対抗するために共闘する意思を固めつつあると聞いていた。一体どれほどの深い怨恨があれば、この指揮官は大局を無視して、これほど勝手気ままな行動に走れるというの?
「天上、何が起きているの?」
ユエが天上に歩み寄り、現在の状況を尋ねた。
「……お前、大人しく戻る気はないようだな」
天上は振り返ることなく、背を向けたままユエに応答した。
「好奇心よ。どうせあたしはあんたに軟禁されて、何もできない身なんだから。退屈しのぎよ」
「ちょっと、その女の子は誰だよ!?」
憤慨する指揮官に対し、ユエは逆に極めて礼儀正しく応対した。
「初めまして、こんにちは。あたしはユエと言います」
「お、おう……あたしは響後よ。よろしく」
響後。
その反応からして、強く出られると反発するくせに、優しくされると一気に毒気が抜ける、絵に描いたようなタイプね。ユエの物腰柔らかで礼儀正しい態度を前に、彼女のトゲは一瞬で丸くなってしまったわ。
身長は約170センチ、抜群のプロポーションを誇る、まさにモデル体型。年齢は二十歳そこそこといったところかしら。
ディープブルーのチャイナドレス。そこには一羽の金の鳳凰が描かれており、鳳凰の頭部がちょうど胸元の位置に配され、美しい尾羽が裾へと伸びている。非常に華やかで気品のある衣装だ。
見事なポニーテール。結んでいるにもかかわらず、その長さは大腿部にまで達している。これ、解いたら確実に床に引きずるわね。髪色は鮮やかな赤だけれど、根元にはっきりと黒が見えている。染めてから随分と時間が経っている証拠ね。
一番驚いたのは、美人。とんでもなく美人。これほど綺麗な顔たちの女性は、世界中でも百人もないだろう。全世界の地球人のデータを一通り見たことがあるわたしが保証する。
「キョウゴ様……」
「ちょっと、様なんて付けないでよ、虫唾が走るわ。それで、あんたは何者?こんなに可愛い子がどうして天上なんかと一緒にいるのよ?――って、ちょっと待ちなさい。後ろにいるの、セントでしょう!?隠れてんじゃないわよ、丸見えだからね!」
ユエが振り返ると、あの2メートルを超える巨漢のセントが、あろうことかゾゾとユユの背後にその巨体を縮めて隠れていた。まるで鬼でも見たかのような怯えっぷりで、最高に滑稽な光景だわ。
「お、お嬢様……お久しぶりです」
キョウゴに一喝され、セントはびくびくしながらようやく顔を覗かせた。
「あんたのそのヘコヘコした性格、いつになったら直るわけ!?卑屈すぎて見てるだけでイライラするのよ!」
「も、申し訳ありません、お嬢様……」
「それから、そこの子供二人組は一体何なのよ!?何で戦場に子供を三人も連れてきてるわけ!?あんたたち二人の脳みそは、特急列車に撥ねられて外宇宙まで吹っ飛んでいき、宇宙ゴミでも詰めて帰ってきたの!?」
わぁ……このキョウゴ、本当にタダモノじゃないわね。罵倒のクリエイティビティが高すぎるわ。しかも相手は嘉義の権力中枢にいる二人なのよ。
天上は特に反論もせず、ただただ、うんざりした顔をしている。セントにいたっては息をすることさえ恐れているようで、今にも気絶しそうな顔だわ。何が恐ろしいって、セントはともかく、あの天上がこれほどボロクソに言われて一言も言い返さないことよ。
「キョウゴお嬢様」
「ちょっと、あんたはユエって言うんでしょ?セントの真似して様だのお嬢様だの付けるんじゃないわよ、鳥肌が立つわ。キョウゴって呼びなさい、敬語などいらないわ」
「分かったわ、キョウゴ。一応言っておくけれど、あたしはもう十八歳だから、子供じゃないわよ」
「はあ!?……じゃあ、後ろの二人は?」
「あの子たちは十二歳よ」
「あんたたち三人、てっきり同い年くらいかと思ってた……なるほどね。子供のくせに、随分と発育がいいと思ったけど、十八歳か……」
キョウゴはユエの胸元に視線を釘付けにし、なんとも羨ましそうな表情を浮かべた。
「まあそれはいいわ。あんたたち、どうしてここにいるのよ?しかも何でセントや天上なんかと一緒にいるわけ?もしかして、弟子か何かなの?」
「いいえ。あたしたちは天上とセントに、玩具として誘拐されてきた奴隷よ」
――はあああああーーーーーっ!?
その言葉が飛び出した瞬間、セントは顎が外れそうなくらい口を開けて冷や汗を滝のように流し、天上も目を見開いてユエを凝視したまま、その顔を青くしたり白くしたりしていた。あの常にクールで冷酷な天上がこれほど取り乱すなんて!
それにしてもユエ、いくら何でも冗談が過ぎるでしょうが!




