天上の「一手」
C.E.2063_05/06_10:05
嘉義城から馬車に揺られること約四十分、布袋城への道のり。驚いたことに、ゾゾとユユはあの激しく揺れる車内でもすやすやと眠っていた。本当にどこでも寝られるガキ共ね。退屈になると一瞬で夢の中よ。まあ、成長期だからかしら。
天上は本当に布袋城の中にいたわ。わたしたちが城門をくぐるや否や、彼が直々に出迎えに現れた。これで彼と顔を合わせるのは三度目、ということになるかしら。もっとも、意識を失っていたわたしにとっては実質二度目の対面だけれど。天上はそのまま、わたしたちを城の奥へと案内した。
この布袋城、「城」とは名ばかりで、その実態は小規模な防衛拠点だったわ。聳え立つ監視塔に、高く分厚い城壁。けれど民間の人口は極端に少なく、敷地の八割は軍事施設が占めている。居住しているのも、そのほとんどが軍人だった。
そして今、わたしたちは城内の作戦会議室にいる。部屋の中央には大きな木製の長机が一つ置かれ、その上や周囲の壁には、およそ一見では解読できないような書類や地図が雑然と並んでいた。あとは、いくつかの椅子があるだけ。
室内にいるのは、わたしたち五人……わたしを除けば四人ね。それに天上と、この城の城主だけ。天上は入室するなり椅子に深く腰掛け、腕を組んで悠然と足を組んだ。城主の方は、最初から奥の席に鎮座していた。
「よく来た。どうやらお前は、義理堅い性格のようだな」
まず口を開いたのは、天上だった。
「勘違いしないで、天上。あたしがここに来たのは、あなたの命の恩を返すためじゃないわ。あたしはそんな高尚な人間じゃないもの。単なる好奇心よ」
ユエは着席するのももどかしいと言わんばかりに、立ったまま天上を鋭く問い詰めた。
「……どういう意味だ?」
「聞きたいことが山ほどあるの。どうして、たった一度会っただけのあたしを春姉に紹介したの?どうしてセントのような護衛を寄こしたの?その上、今度はあなたが言うところの『女子供』の手まで借りたいなんて、一体どんな理由があるのかしら」
「……考えすぎだ。ただ少々、状況が逼迫していてな。手駒は一人でも多い方がいい。お前たちが相応に『戦える』と判断した、それだけのことだ。どうやらお前は、随分と疑り深いようだな」
「あたしが疑り深いんじゃないわ、あなたの意図が透けて見えるのよ。あなた、明らかに最初からあたしの素性を探ろうとしているでしょう?違って?」
「……セント、すまないが子供たちを連れて城内を案内してやってくれ。城主、お前も職務に戻れ。残りの議題は追って話す」
「ユユ様、ゾゾ様、少し外へ遊びに行きましょうか?」
セントは天上の言葉に、一瞬の躊躇もなく従った。
ゾゾとユユは、本当に聡明な子たちね。昨日ユエが彼らに「セントと買い物に行って」と言った時も、文句一つ言わずに従ったし、後から詮索するようなこともしなかった。今回も同様よ。状況を察する能力が非常に高いわ。そして城主もまた天上の言葉に従い、一言の異議も唱えず即座に退室していった。
「誰もいなくなった。言いたいことがあるなら、遠慮なく言うがいい」
天上はそう言いながら、手招きしてユエに着席を促した。
「天上、それじゃああたしの推測をすべて話すわ。もし的外れだったら、怒らないでほしいけれど」
ユエはそう言いながら椅子を引き、大きな長机の前に腰を下ろした。
「……いいだろう」
「まず、あたしたちを救ってくれたあの時のことよ。後から思い返すと、あまりにもタイミングが良すぎて怪しすぎるわ。あのハエたちがもともと人間を襲う習性なのかは知らないけれど、あなたが現れた瞬間は不自然極まりないもの」
「ハエ?」
天上が不意に眉をひそめた。彼のそんな表情を見るのは初めてね、新鮮だわ。
「あ……えーっと、大禿鷲のことよ」
「ふむ……どういう意味だ?」
「映画じゃあるまいし、あたしたちが絶体絶命の危機に陥った瞬間に、都合よくあなたに発見されるなんてあり得ないわ。ドラマができすぎているもの。あなた、本当は最初から近くであたしたちを観察していたんでしょう?そして、あたしたちを意のままに従わせるために、貸しを作ろうとした。違うかしら?もっと言えば、あのハゲワシ自体、あなたが仕組んだんじゃないかって疑っているわ」
「……ふっ、続けろ」
「そして、あたしを春姉に紹介し、セントをボディーガードとして派遣し、果ては滞在費用をすべて肩代わりしてくれたのも、あたしを嘉義へ依存させるため。だからこそ、あたしがギルドに加入してあなたたちから距離を置こうとした時に邪魔をしたのよね。あたしの察知がこれほど早いとは思っていなかったから、焦ってあたしの素性を暴こうとした。あたしに逃げられては手遅れになるから、だからあたしたちをここへ呼び寄せたのよ」
なるほどね!だからユエは「嵌められた」なんて言ったのね、そういうことだったの!確かにわたしも、あの一連の手厚い好意には裏があるはずだと警戒していたけれど、まさかユエがこれほど早くすべてを見抜くなんて思いもしなかったわ!
「……まだあるか?」
「あたしが疑っているのはこれだけよ。ただ、分からないのは一つ。あなたはあたしの何に目をつけたの?今の台湾では、あたしたちみたいな超能力者は腐るほどいるじゃない?どうしてそこまであたしを疑い、大がかりな調査を仕掛ける必要があったのか。今日はそれをはっきりさせるために、ここへ来たのよ」
「その一連の推理は、いつ思いついた?」
「実は、昨日ようやく繋がったの。あまりにも理不尽で唐突な、理由のない善意の数々を、ずっと警戒してはいたわ。けれど、あなたの目的がどうしても分からなかった。特に嘉義城を見てからは、単にあたしたちが強いから目をかけたなんて思えなくなったのよ。あたしたちより強い人間なんて、ここに星の数ほどいるはずだもの。春姉もセントも、あたしのどこが特別なのか分からない、なぜあなたがあたしに目をつけたのか知らないって言っていた。……あなたが、あの紙切れを残すまではね」
「紙切れ?分部長に預けたあの伝言のことか?」
「ええ。そこに『自由』という二文字があったから。それこそがあたしがギルドへ入ろうとした理由であり、それをピンポイントで阻止された。その瞬間に、すべてが腑に落ちたのよ」
ユエが語り終えると、天上はすぐに低く冷ややかな笑い声を漏らした。
「九割は正解だ。大したものだな。当時の俺はお前をただ『特殊な存在』だと感じたに過ぎなかったが、これほど聡明だとは思わなかった」
「じゃあ、あたしが間違えた一割は何?」
「お前の誤解は一つだけだ。あのハゲワシは俺が放ったものではない。あれは奴ら本来の習性だ。そして俺も、その習性があったからこそお前たちに気づいた」
「習性って?」
「突然変異したハゲワシ――俺らは怪鳥と呼ぶあれは、なぜか強大な超能力者に対して異常に敏感なのだ。近くで強すぎる異能が使われると、即座にそれを察知して能動的に襲いかかる。当時、俺は偶然あの廃墟にいて、怪鳥どもが騒ぎ始めたのに気づいて追ってきた。最初にお前たちに興味を持ったのは、それがきっかけだ」
「そういうことだったのね……それで?」
「ゾファンとユファンは確かに強力な超能力者だ。怪鳥を引き寄せるに十分なほどな。だが、お前の能力は単なる超高速移動に過ぎん。そんなものはこの台湾においては大して強くもなく、珍しくもない。だから最初は、お前のことなど眼中になかった。俺の意識はすべてゾファンとユファンに向いていたのだ。……お前が、倒れるまではな」
「あたしが、どうかしたの?」
「どうやら、未だに気づいていないようだな。完璧に見える備えにも、必ずどこかに隙が生まれるものだ。お前が倒れた時、バックパックの中身が一部、外へ零れ落ちていた。当のお前は満身創痍で意識朦朧としていたから、全く気づかなかったのだろう?」
「嘘……じゃあ、あなた……!?」
――なんてこと、大失態じゃないか、これ!!
「お前の荷物からいくつかの日用品が転がり出たのを見た。大量のリボンもな。だが何より重要だったのは、あのスマートフォンだ。それに、それらのリボンが氷人の平和の印を模した形状に結ばれていたこと。その時になって初めて、お前の髪やバッグにも同じ記号が結ばれていることに気づいたのだ」
なんてこと……!?なぜ天上が氷人の平和の印のことを知っているのよ!?
「本来なら、お前が倒れたのを見て勝ち目がないと判断し、すぐに助けに入るつもりだった。だが、あの品々を目にして考えを変えたのだ。お前たちが絶体絶命の窮地に陥るのを待ってから救い出し、大きな恩を売ることで、後日の交渉の切り札にしようとな。まさかユファンが一撃で怪鳥を仕留めるとは思わなかったが……結果としてあの一撃が二体目の怪鳥を呼び寄せた。俺にとっては幸運だったというわけだ」
「あなた、どうして……どうして氷人の印のことを知っているの?」
「俺の妻が、氷人だからだ」
――なんですってぇぇぇ!!!?
「じゃあ、あなた氷人と結婚したの?」
「氷人と地球人が結ばれることは、それほど奇妙な話ではない。三十数年前から氷人は地球人の社会に溶け込み始め、世界各地に存在している。子供が生まれないゆえに結婚にまで至る割合は少ないが、例がないわけではない。ただ、お前の年齢では知らなくて当然かもしれないがな」
〈ユエ、これは前にもあんたに話したはずよ。かつて氷人は地球人の文化や言語を学び、地球での生活を円滑にするために、3000万人の中の大半が世界各地に移住したの。地球人と結婚すること自体は、決して異常なことではないわ〉
「実際の例を見たのは初めてだわ。テレビが流していたプロパガンダの類かと思ってた」
「……ふっ」
だが、わたしが驚いたのはそこではない。現在の、この隔離された台湾において、どうやって氷人と地球人が共生できているというの?あまりにも巨大なスクープだわ。むしろ天上に気づかれたことを幸運だったと喜ぶべきかしら。まさかこれほど重要な情報源が、こんな身近に転がっていたなんて!
「平和の印は氷人の最高機密の一つだが、台湾の中にその印を知る者が他にいたとしても、不可能ではない。俺以外の地球人で知る者を耳にしたことがないというだけだ。現在も台湾人と共に暮らしている氷人は少なくないからな。それに、お前のその『身長』のせいで、俺はお前自身が氷人ではないかと疑ったのだ。氷人なら印を知っていて当然だからな。だから、印の件だけでは、俺の疑念と興味を完全に引くには至らなかった」
なんですって?またとんでもない新事実が飛び出してきたわね!あたしたちのすぐ傍にも、氷人が潜んでいる可能性があるっていうの?全員あの長城に囲まれた玉山にいるかと思ったのに。ここに来て、氷人が地球人と酷似しているという事実が裏目に出たわ。これじゃあ街ですれ違ったとしても、絶対に判別できないじゃない。
「……身長?」
〈ユエ、氷人は地球人に比べて平均身長が頭一つ分低いのよ。女性で言えば地球人の平均は約160センチだけど、氷人の平均はわずか145センチ前後。あんたは150センチしか突っ切っていないから、氷人だと疑われるのも無理はないわ〉
「……」
ユエは納得したように頷いた。
「本当に不可解だったのは、お前のあのスマートフォンだ。俺はかつて重度のスマホ依存症でな、端末のことには詳しい。あの形状は、隔離前に存在していたどの型番でも絶対にない。そして現在の台湾でスマートフォンを新造することも輸入することも不可能だ。だからこそ、お前が『外界』から持ち込んだのではないかと疑い始めたのだ」
「……天上、あなたの推論は飛躍しすぎよ。台湾にいる人間なら、あの隔離空間は出入り不可能だって誰もが知っているわ。もし仮にあたしが本当に外から来たのだとしたら、外界がすでに突破方法を見つけたってことになる。なら、どうしてあたし一人なわけ?普通なら大勢で押し寄せるはずだし、なんなら隔離壁そのものがとっくに破壊されているはずでしょう」
「そこが、俺がずっと首を傾げていた部分だ。お前の言う通り、当時はお前が外界から来た人間だと100%確信していたわけではない。だが、その疑念は無視するにはあまりに巨大すぎた。だから俺は、お前を嘉義に引き留め、誰にも気づかれぬよう水面下でお前を調査することに決めたのだ」
「あなたの負けよ。失敗の最大の原因は、焦りすぎたこと。もしあなたが、あたしたちのギルド加入をすぐに阻止しなかったら、あたしもこんなに早く気づかなかったわ。もしあなたが知らぬ存ぜぬを決め込んで入会させてくれていたら、あたしたちは実際、嘉義にかなりの期間を留まっていただろうね。あたしをあなたたちに依存させるっていうあの作戦は、本来なら完璧に機能していたはずよ。だって、依存したくなくても、一文無しのあたしにはどこへ行くこともできなかったんだから」
「一文無し……ふふっ。お前が無一文だとは想定外だったな。なるほど、まさかこれほど浅はかな誤算で失敗するとは。確かに俺がギルドへの加入を阻止したのは、お前にあちこち飛び回られるのを止めたいだけだ、それがまさか『金』が理由だったとはな。完全に失策だ。さらに驚いたのは、元々数か月にここを足止めをし、じっくと観察しようとするつもりだが、わずか二、三日の間に、俺の布石をほぼすべて見抜いてみせたことだ。見事と言うほかない」
「これで全部すっきりしたわね、あたしはただの民間人、澎湖の戦乱を逃し、ここまで足を運んで、運悪くあの場所で怪鳥に襲撃された、ただそれだけのこと。もう行っていいかしら?こんな場所にはもう一秒だって居座りたくないわ。さようなら」
ユエは立ち上がり、踵を返して部屋を出ようとした。
「待て。お前は自分が、何を決定的につまづきたか、まだ気づいていないのか?」
「……どういう意味よ?」
「ククク、お前は実に聡明だ。驚異的な観察眼、判断力、それに見事な推理力。お前ほどのキレ者は、未だかつて出会ったことがない。……だが、いかんせん若すぎるな。心に浮かんだ思考が、無意識のうちに口の端から漏れ出ている。それは致命的な弱点だぞ」
それは本当にその通りだわ。だからこの一ヶ月間、わたしがどれほど彼女の失言をハラハラしながら止めてきたことか。あの悪癖は本当に大問題よ。
「……ハッタリで、あたしを揺さぶるつもり?」
「俺は先ほど、お前が外から来た人間だと『当時は』確信していなかったと言ったな?そう表現したのは――今、この瞬間を以て、完全に確信に変わったからだ」
「……な、何ですって?」




