表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イヴ・メモワール ―隔離された台湾―  作者: アニキ
第二章:本物の闘い、はじまる
19/20

筱玥の事情

 C.E.2063_05/04_13:12


「…………。」


〈…………。〉


「遅いなぁ。ここでお昼ごはん食べられると思ってたのに……お腹すいちゃった」


〈本当だね。もう一時間以上経ってるよ〉


 ソファでは、ゾゾとユユがいつの間にか眠りについていた。この部屋の中を好奇心のままに走り回り、引き出しという引き出しをひっくり返して遊び疲れたのだろう。まったく、子供なんだから。


〈ユエ、退屈しのぎに、ずっと気になっていたことを聞いてもいいかしら?〉


「ん? スリーサイズのこと?」


〈違うわよ! そんなの、とっくに把握してるわ!〉


「あぁ、そうだったわね。お風呂も一緒だもんね……。いいわよ、何を聞きたいの?」


〈もし、不快にさせたら謝るわ。……あなたの父親のことよ。彼は『特殊』で、上があなたに目をつけたのも父親のせいかもしれないと言っていたけれど、それってどういう意味なの?〉


 途端に、ユエはうつむいて沈黙した。やはり、触れられたくない過去だったのだろうか。


〈……すまん。話したくないなら、忘れて〉


「……お父さんは、超能力者だったの」


〈……えっ?〉


 驚愕した。外界そとの人間に超能力者が? そんな話は聞いたことがないし、もし地球上にそんな超人が存在したのなら、わたしのデータベースに記録がないはずがない。


「どんな能力かは知らない。ただ、お父さんは『特殊な国家秘密組織』で働いていたの。前にも言ったわよね?」


〈ええ、確かに聞いたわ〉


「お父さんはかなり高い地位にいたみたいで、権力も相当なものだったらしいわ。あたしの成績があんなにボロボロだったのに卒業できたのも、全部お父さんのコネよ」


 なるほど。努力せずとも生きていける環境。そんな環境なら、確かに勉強する必要など感じなかっただろう。父親が死んだ途端に彼女が最低限の生存能力すらも備わっていないのも、合点がいった。


「小さい頃は、お父さんを尊敬してたんだ。すごく偉くて、立派な人だって。……お母さんが毎日、泣いていてもね」


〈毎日……?〉


 確か、母親も亡くなっているはずだ。それも父親よりも前に。


「理由は分からない。子供には知られたくなかったんでしょうね。当時のあたしも、遊ぶこと以外に興味なんてなかった。あの日までは……」


 ユエが顔を上げた。その声には、深い悲しみが混じっていた。


「二年前、あたしの16歳の誕生日の三日後。お母さんは自分の部屋で、包丁を使って自分の左手を切り落としたの。出血多量で、そのまま……」


 ……なんですって。自殺だったというの?


〈待って!手首を切っただけで即死はしないはずよ。救急車は呼ばなかったの?!〉


「前にも言ったでしょ。お父さんはほとんど家にいなかったの。誕生日の三日後は土曜日で、あたしは朝から友達の家に遊びに行ってた。帰宅してお母さんを見つけたのは……日曜日の夜だったわ」


 二日間も経過していたのか。それでは、手遅れだ。


「あの日から、後悔し続けてるの。どうしてお母さんが毎日泣いていたのか、どうしてもっと気にかけなかったのかって。死ぬ物狂いで理由を調べようとしたけれど、遺書さえ残っていなかった。それどころか、以前の写真や日記、過去に繋がる手がかりが何一つなかったの。免許証も保険の書類も、ネットで調べても何も出てこなかった。それまで気づかなかったのは……あたしが遊んでばかりいたから」


 奇妙だわ。一つの家庭に証明書類が一切ないなんて、たとえ父親の職業が特殊だとしても、ここまで徹底して消されるものだろうか。まるで意図的に隠蔽いんぺいされているかのようだ。


「お母さんは優しくて、いつもあたしを心配してくれてた。穏やかで冷静な、とても綺麗な人だったわ。でもね、今思い返すと、お母さんの笑顔を見たことがなかったの。あたしにだけは少し微笑んでくれたけれど、それ以外はいつも、暗くて悲しい……絶望しているような顔をしてた」


〈……両親の仲が悪かったのかしら?〉


「正直、分からないわ。喧嘩しているところも見たことがないもの。お父さんはたまにしか帰ってこなかったけれど、お母さんはお父さんの顔を見るたびに、まるで仇を見ているような顔をしていた。本当に仲が悪かったのかもしれないわね。気づくのが遅すぎたのよ。お母さんが死ぬまで、あたしは何一つ……何一つ、察してあげられなかった。あたしは、ただ遊んでばかりいたんだもの……」


 ユエは何度も「遊んでばかりいた」という言葉を繰り返した。その自責の念は相当なものなのだろう。


〈父親からは何も聞けなかったの?〉


「何も。思えば、お父さんはあたしとほとんど言葉を交わしたことがなかったわ。会話どころか、あたしのことなんて眼中にないみたいで。お母さんの葬儀にさえ出席しなかった。近所の人や教会の人が手伝ってくれたのよ。最悪なのは、お母さんが亡くなってから、お父さんは一度も家に帰ってこなかったこと。それから亡くなるまでの二年間、あたしは一度もお父さんに会わなかった。だからあたしのお父さんへの感情も、尊敬から『どうでもいい存在』に変わっちゃったの」


 母親の死を機に、顔を合わせることすらなかった父親。情報が得られるはずもないわね。


〈……ごめんなさい。嫌な過去を思い出させてしまったわね〉


「大丈夫。もう割り切ってるから。ただ、当時の自分の鈍感さが嫌になるだけよ。もし、もう少しだけ注意深く観察していたら、お母さんは死なずに済んだかもしれないって……」


 ……彼女の、今の驚異的な観察力と判断力は、もしかすると当時の悲劇に対する後悔から、無意識に磨かれたものなのだろうか。


〈ユエ、本当に申し訳ないのだけれど、もう一つだけ質問してもいいかしら?〉


「いいわよ。あたしたちは運命共同体なんだから、あなたがいろいろ知っておくことはあたしにとってもプラスになるでしょ?」


〈ありがとう、理解してくれて助かるわ。……あなたの両親は台湾人とアメリカ人だと聞いたけれど?〉


「ええ。お母さんは台湾人、お父さんはアメリカ人なはずよ」


〈はず……? 確信があるわけではなく、推測なの?〉


「うーん、実はよく分からないのよ。結婚前の国籍が台湾だったのは確かだけど、顔立ちはあまり東洋人っぽくなかったし。正確な人種は知らないわ、お母さんも話してくれなかったから」


 東洋人らしくない?それでいて東洋と西洋のハーフのような顔立ちをしているというのか。もしかして母親もハーフか?


〈ユエ、台湾に入ってから疑問に思わなかった?超能力のこと〉


「お父さんのこと?」


〈ええ。外では超能力なんてフィクションの中だけの存在で、現実にはあり得ない。でも、ここには実際に膨大な数の超能力者が存在している。お父さんの正体に疑念を抱いたりはしないの?〉


「澎湖で超能力者の話を聞いた時、確かに疑問が浮かんだわ。お父さんはここから脱出した人間なんじゃないかって。……でも、それはあり得ないでしょ? もし外に出られるならお父さん一人だけのはずがないし、世界中で大騒ぎになっているはずよ。あたしたちをここに送り込む必要もなかったはずだし、何より時間が合わないわ。でも、両親が出会ったのは確かに台湾だって、お母さんから聞いたことがある。しばらく住んでいたこともあるみたいだし」


 その通りだ。ユエの誕生日は2044年8月3日。隔離が始まったのは、あの赤毛野郎の言葉を信じるなら2045年9月26日だ。台湾の隔離はユエが生まれた一年後に発生している。つまり、ユエの父親が隔離以前から超能力を持っていたのだとすれば、確かに辻褄が合わない。


〈父親の仕事についても、やはり何も知らないのね?〉


「ええ、前にも言った通り。お父さんのことはすべてが最高機密で、家族にさえ教えられなかった。そうでなきゃ、あたしがいきなりこんな貧乏になることもなかったわよ。超能力についても、口外するなときつく言い含められていたし」


 それは当然だろう。もし話してしまっていれば、ユエはずっと以前に消されていたはずだ。


〈あなたの事情は大体分かったわ。また何か思い出したらその時に聞くことにする。それじゃあ最後に、最初の任務で探すべきものについて教えてくれる?〉


「あ、綺麗に忘れてたわ。探し物は『遺伝子翻訳剤ジェネティック・コード・トランスレーター』と呼ばれるものよ。何かの薬剤みたい」


〈遺伝子コード翻訳……それも薬剤?聞いたこともない名前ね。どんな形をしているの?〉


「依頼した連中も知らないらしいわ。ただその名前だけ。でも薬剤っていうくらいだから、瓶入りか、あるいは試験管や注射器のような容器に入っているんじゃないかって推測されているみたい」


〈それが何に使われるものかは?〉


「氷人と地球人の間に子供を作るためのものらしいわ」


 ……なんですって?

 わたしの知る限り、氷人と地球人は外見上の差異がほとんどなく、交配行為自体は可能だ。しかし染色体せんしょくたいの数の違いにより、繁殖することはできない。だからこそ、地球人と氷人は約30年前から両者の繁殖の可能性について研究を進めてきたはずだ。


 この研究は氷人側が主導していた。主な理由は種族存亡に関わる問題だからだ。氷人はもともと地球の環境に馴染めず、生存はできても生殖能力が著しく低下していた。もし地球人と交配し、環境に適応した次世代を生み出せなければ、たとえ三千万人いようとも種族絶滅は時間の問題となる。


 つまり、その研究は成功していたというのか? だが、なぜそれをユエに探させる?鍵となる技術が氷人の手によってこの隔離区域に持ち込まれたとでもいうのだろうか。そして、なぜそれを隠蔽する必要があったのか。


「任務を受けた時は不思議に思ったわ。氷人が世界中に散らばって地球人と共生しているのは知っていたけど、結婚できるなんて聞いたことがなかったから」


〈テレビでも触れられていなかった?地球人と氷人の結婚なんて、かなり一般的な常識だと思っていたけれど。〉


 少なくとも20年以上前は結構普遍的だったはず。確かに子供は作れないが、結婚自体は問題ないはずよ。


「そうなの? あたしが見ていなかっただけかもしれないわね」


〈とにかくありがとう、これで大体のことは把握できたわ。今は手がかりがない以上、これ以上考えても無意味ね。これからは情報収集に努めましょう。それから……さっきは本当にすまないね〉


「もう、気にしてないって言ったじゃない。謝らないで。これからも何かあれば、あたしが知っていることは全部答えるから」


 それは助かるわ。けれど正直に言えば、必要がなければユエのプライベートな話などあまり聞きたくはない。深入りしすぎれば、わたしが客観的な思考を保つことが難しくなるから。

 もしわたしに過去の記憶があれば、何かを知ることができたのかもしれない。けれど、たとえ知ったところで何ができただろうか。結局のところ、わたしたちは目の前の問題を一つずつ解決していくしかないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ