セントラル
……ん?意識が戻った。
本島に到着した途端、またもや生命の危機に晒されるなんて。台湾の至る所にこんな危険が転がっているなら、先が思いやられるわね。
C.E.2063_05/04_11:05
今回は四日間眠っていたみたい。前回よりは短くなったけれど、それでも四日間を無駄にしてしまった。
「あ、イーちゃん。起きた?」
ユエの視線は天井へと向けられている。どうやら横になっているようだけれど、この天井、なんだか様子がおかしいわ。
〈ええ。ここは……どこなの?〉
「ユユが言ってたわ。嘉義城って呼ぶらしいわよ」
ほほう?「城」と呼ぶからには、かなりの規模を誇る場所なのでしょうね。
〈それで? あのクソガキ二人はどこ?〉
「ああ、イーちゃんが起きる数分前のことなんだけど。あたしが目を覚ました時、ちょうど天上が隣にいたの。あたしが起きたのを確認すると、あの人すぐに出て行っちゃって。聞きたいことが山ほどあったから、ゾゾとユユに追いかけさせたわ」
目覚めの時間差はわずか数分か。今回はそれほど大きなダメージはなさそうね。
とにかく、まずは現状を把握しましょう。それにしても……この部屋、一体どうなっているの?
超高級な欧州風プリンセスベッドに、天井と見間違えた超高級シルクの天蓋。超高級シルクの枕、欧州風のキャンドルスタンド、化粧台に椅子、壁画、大理石の床、塗装された壁……。
どこを見渡しても「超高級」という言葉以外見当たらない。まるで童話に出てくるお姫様の寝室じゃない。一体どういうことかしら?
「ユエお姉さま、ただいま戻りました」ゾゾとユユが外から駆け込んできた。
「どうだった?天上は?」
「追いかけた時にはもう、天上さまの姿はなかった。外の人に聞いたら、天上さまは一度姿を消すと見つけるのは無理だから、探す必要はないって。その代わり、言伝を預かったわ」
「天上の兄貴が、誰かを迎えに寄こすって言ってたよ」
ユユは「さま」、ゾゾは「兄貴」。あたしたちが眠っている間に、彼らは天上への警戒を解いたようね。
「迎えに?どういう意味かしら?」
「さあ……。店員さんみたいな人が、ここで待っていろって言ってただけだから」とユユが答える。
店員?おそらくサービススタッフのことでしょう。ここはどこかの高級旅館といったところかしら。
〈ユエ、体はまだ痛む?〉
「……」ユエはただ、微かに首を横に振った。この子たちと一緒に動くようになってから、わたしたちの対話も面倒になったわね。
「あ、ちょっとお手洗いに」
ユエはベッドから飛び起き、トイレへと駆け込んだ。どうやら完全に回復しているみたい。それにしても、トイレまで超高級仕様なんて、この部屋は何のためにあるのかしら。
「イーちゃん……さっき起きた時、とんでもないことが起きたのよ」
〈何?何が起きたっていうの?〉
「あのね……目を開けたら、天上がベッドの脇に座っていたの。あたしの看病をしてくれていたみたいで」
〈そう、それで?〉
「あたしが目を覚ました瞬間、天上が顔をあたしの目の前まで近づけて、じっと見つめてきたの。超至近距離よ。キスしちゃうんじゃないかってくらい……」
〈はぁ、それで結果は?〉
「そしたらあの人、すぐに出て行っちゃった」
……は?それ、ただ単に死んでいないか確認しただけじゃないの?
「それでね、あたし……恋に落ちちゃったみたい……」
〈……はああああ?!〉
「ちょっ、イーちゃん! 何よその大声!びっくりするじゃない!」
〈バカ!アホ!頭がイカれているの?!〉
「ちょっと、罵倒しすぎじゃないの?!」
〈あんな奴に発情するなんて……あの中年のおじさんに?!〉
「発情って言い方、ひどくない?それに、おじさんじゃないわよ。超絶イケメンでしょう?あんなに格好いいのに、そう思わないの?」
〈顔立ちと雰囲気は認めるわよ。哀愁漂う成熟した男の魅力、ってやつはね。でも『超絶イケメン』ってほどじゃないでしょう〉
「あぁ……そう、あの哀愁漂う雰囲気が、もうたまらないのよ……ふふふ……」
〈あんた……あの男、あんたの父親くらいの年齢なのよ?〉
見たところ、50歳前後といったところかしら。
「あぁ……あの成熟した色気……ふふふ……」
〈それに、あいつはあの大ハゲワシを一刀両断にしたのよ?極めて危険な存在なのだから、警戒すべき相手でしょう!〉
「あぁ……あの恐ろしいハエから、か弱い女性を救い、正義の味方……ふふふ……」
……だめだ、こいつ。まさかあんなタイプが好みだったなんて。
それにまだあの大ハゲワシを「ハエ」って呼んでるの?ゾゾたちはともかく、あんたまでそんな呼び方をしなくてもいいでしょうに。
〈あんた、わざわざトイレに来てまで、そんなくだらない話を報告しに来たの?〉
「くだらないって何よ! 超重要事項でしょ!」
〈はぁ……。有益な情報はないの?〉
「情報? ほう……天上の趣味とか?」
〈違うわよ! なぜわたしたちがここにいるのか、ここはどこなのか、これからどこへ向かえばいいのか、そういうことよ!〉
「分かんないわよ、あたしもイーちゃんより数分早く起きただけなんだから!」
……まあ、それもそうね。それじゃあ、次になすべきことは情報収集かしら。
それにしても、少しだけ安心感も沸いたわ、ユエはやはり年頃の女の子ね。ロボットの時といい、赤崁廃墟の時といい、そして今回大ハゲワシの戦闘も、ユエは危機か戦闘中の言動はかなりおかしいから、もしかしてイヴ・システムの影響かと思い、少し心配だった。
トイレから戻ったユエは、ベッドの上に座り直した。彼女は枕元に置いてあった大きなバックパックを確認したが、あの激戦を経ても特に問題はなく、中の小さなポーチも無事なようだ。このバックパックやユエが着ているスーツは、一体どんな材質でできているのだろう。一ヶ月におよぶ過酷な旅を経ても全く損傷がない。これも一種の新テクノロジーなのだろうか。
その時、ドアを三回叩く音が響いた。ゾゾがユエの顔を伺った後、駆け寄ってドアを開けた。
「皆様、こんにちは。私は……」
そこに立っていたのは、一見すると超絶に恐ろしい風貌の男だった。
「うわっ! この人、顔がすごく怖い!」ドアのそばにいたゾゾは、男を見るなり数歩後ろへ飛び退いた。
「ユ、ユエお姉さま、早く隠れて! ヤクザが来たわ!」ユユも即座にベッドの前に立ち、ユエを庇うように立ちはだかる。
ヤクザって……クイ兄はこの子たちにどんな教育を施したというの?
すると、入ってきた男が突然ひどく落ち込んだ様子を見せ、まるで体全体が縮んでしまったかのように見えた。
「ゾゾ、ユユ! 失礼なことを言っちゃダメでしょ!」ユエが慌ててクソガキ二人を制した。
「構いませんよ、ユエ様。それにゾゾ様、ユユ様。私は天上様のお言いつけを受け、皆様を会談の場へご案内しに参りました」
「会談? さっきの言伝にあった、迎えに来るっていう人?」
「左様です、ユエ様。私の名はCentral。ここの人々からはセントと呼ばれています。以後、お見知りおきを」
セントラル。直訳すれば「中心」だな。
黒人男性で、その輪郭から推測するに北米か南米の出身、独特の中国語の発音からしてアメリカ人だろう。
ハゲ。クイ兄とはまた違う雰囲気だが、彼にはよく似合っている。年齢は少なくとも50歳以上。
恐怖を感じるほどの巨体。200センチは優に超えているだろう。バスケットボールの選手かと思うほど、強靭で精悍な体格をしている。
真っ昼間だというのに、標準的な黒のスーツ……いや、燕尾服を着用している。
かなりの近視らしく、眼鏡の度数が非常に高いのが一目でわかる。
言葉遣いや態度は非常に恭しく謙虚だが、天上と同じく、言葉では言い表せない威圧感を放っている。ただし、天上のような周囲を凍りつかせる重圧ではなく、それは単に身長のせいかもしれない。また、どこか喜劇役者のような気質も感じられる。ユユがヤクザと言ったのはこの服装のせいだろう。子供には普通のスーツと燕尾服の区別はつかないだろうし、もしサングラスをかけていたらもっとそれっぽかったはずだ。
「それで、セントラルさん。会談というのは、どなたと?」ユエが尋ねた。
「ユエ様、私を呼ぶ際に敬称は不要です。皆様にお会いしたいと望まれているのは、この嘉義から雲林一帯を統括する指導者兼総司令官、我々が大王女とお呼びしているお方です」
総司令官? いきなりそんな大物の名前が出てくるとは。それに「王女」? 中華民国は民主主義国家のはずで、君主がいなければ王女などいるはずがない。愛称だろうか。
いや、中央政府などとっくの昔に事実上解体したから、今の政治状態はどうなっているのかわからないけどな。
「指導者? でもどうして、あたしたちのような素性の知れない人間を……」
「天上様のご紹介です」
「……そうなのね。でも、どうして天上はそんなことを?」
「私にも分かりかねます。しかし、あの天上様が目を留めたお方であれば、決して凡庸な人間ではないと我々は理解しております」
〈ユエ、これは好機かもしれないわ。高位にある者ほど、情報は多く持っている。危険はあるけれど、試す価値はあるわね〉
「……セントラル、少し席を外してくれる?あたしたちで相談したいの」
「承知いたしました。では、外の客室にて待機しております」
そう言って、セントラルは部屋を退室した。アメリカ人二人が中国語で会話している光景は、どこか滑稽ですらあった。
いやいや、今思えば、イギリス人の二人とアメリカ人は中国語で会話することも非常にシュールだけどな。そもそもこの子たち、イギリス英語わかるかどうかすら怪しい、聞いたことないし。
彼が遠ざかったのを確認して、ユエは佐佑に声を潜めて話し始めた。
「ゾゾ、ユユ。ちょっと聞きたいんだけど、あなたたちの『門』は、見えない場所には開けないけれど、見えなくても『覚えている場所』なら開けるの?」
なるほど。ユエが何をしようとしているか分かったわ。彼女なりに「保険」をかけようとしているのだ。普段は抜けているように見えて、肝心なところで水準以上の判断を下すわね。
「お姉さま、それどういう意味?」
「例えば、澎湖の家をはっきり思い出せるでしょう?そこに門を開けることはできる?」
「それは無理だよ。あまりに遠すぎるもん」
「じゃあ、さっきの店員さんがいた場所のような近くなら?」
「ダメなんだ、お姉さま。壁に遮られて見えないと、どうすればいいか分からないんだよ」
やはり無理か。理にかなってはいるが残念ね。彼らの能力がワームホールのような原理であれば、時間と空間の両方に関係しているはずだ。記憶の中の風景はあくまで過去の光景であり、そこに門を開ければタイムトラベルになってしまう。また、目に見える「今、この瞬間」の空間でなければ、たとえ記憶にあっても塵ひとつ動くだけで空間構造は変化してしまう。それでは処理できないのだろう。
〈保険は作れなかったけれど、ユエ、どうするつもり?〉
「……ゾゾ、セントラルを呼んできて」
ゾゾは軽く頷き、外に出た。
しばらくして、戻ってきたセントラルに、ユエは告げた。
「決めたわ。案内して。でも……」
「何か問題でも、ユエ様」
「あたしはともかく、この子たちの格好が……」
「ご心配には及びません。大王女は非常に寛大で豪快なお方です。そのような細部を気に留めることはございません」
指導者との面会に、Tシャツやワンピースでは確かに礼を失するが、背に腹は代えられない。
保険の問題についてユエがどう考えているかは分からないが、彼女のことだ、おそらく別の案があるはずだとわたしは信じている。
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「ここです」
あたしたちはあの超高級な部屋を出て、廊下を進み、大勢の人で賑わう広いリビングのような場所を通り抜けた。それからリビングの背後にある大きな階段を上り、さらに長い廊下を進んで、突き当たりを曲がった先にある一本の廊下へと入った。その一室の前で、わたしたちは足を止めた。
おかしな構造だ。あの超高級な部屋以外、建物全体の構造はすべて石造り。まるで中世の城のようだ。旅館かと思っていたけれど、ここは城内か何かの要塞なの?周囲の照明も壁に掛けられた燭台の火だけで、まるで漫画やゲームに出てくるダンジョンのようだ。さらに奇妙なことに、あの部屋を含めてここには窓が一つもない。外の様子をうかがうことすらできないのよ。
セントラルの指示に従って部屋に入ると、そこもまた超高級な空間だった。中央には四つの円弧状をした黒いソファが並べられ、正円を描くように配置されている。その真ん中には背の低い透明なカラスの円卓があり、床には真っ赤な円形の絨毯が敷かれていた。
「わあ――! きれいなベッド!」ゾゾがわけのわからない興奮を見せ、中に入るなりソファへと飛び乗った。
「ゾゾったら、本当に子供みたいなんだから」とユユが笑いながら言う。
「ゾゾ、早く降りなさい! それはベッドじゃないわ、ソファっていう椅子なの。そんな風に跳ねたら壊れちゃうでしょう!」
「ははは、ゾゾ様は本当にお元気ですね。それではユエ様、大王女の公務も間もなく終わります。彼女はすぐに参りますので、こちらで少々お待ちください。私は外で待機しておりますので、何か御入用でしたらお呼びください」
「ありがとう、セントラル」
セントラルはユエに一礼して部屋を出ていき、ユエもソファに腰を下ろした。
この部屋は本当に美しいわね。おそらく応接室か何かでしょう。周囲には多くの書棚があり、二つの酒棚とバーカウンター、さらには華やかな装飾の暖炉まで備わっている。中世のような建築構造なのに、置かれている家具はどれも非常に現代的なものばかり。テレビがないこと以外はね。台湾に来てからこの古今が入り混じった奇妙な光景は何度も見てきたけれど、やっぱり慣れるのは難しいわね。
けれど、応接室にさえ窓がないなんて、あまりに不自然だわ。一体ここはどんな施設なの?外が見えないとなると、佐佑の能力で逃げ出すことさえできないじゃない。




