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イヴ・メモワール ―隔離された台湾―  作者: アニキ
第一章:古くて新しい地へ
11/32

双子

 C.E.2063_04/12_10:26


「それで、なんであんな戦いになったんだ?」


 クイ兄は八時過ぎに朝食を運んできた後、一度席を外したが、十分ほど前に戻ってくるなり、病床のユエに矢継ぎ早に質問を浴びせ始めた。本当に質問好きな人ね。毎日わたしたちの膨大な質問に答えてくれていた赤毛野郎の忍耐強さに、今更ながら感服するわ。


〈また失言しないようにね。わたしの指示通りに動くのよ〉


「…………」


 ユエは返事もせず、ひたすら食べ続けている。わたしの声が届いているのかしら。

 それにしても、ユエの食事風景はいつ見ても凄まじいわね。食べるスピードこそゆっくりだけど、2、3時間ぶっ続けで食べられるんだもの。8時過ぎから10時半まで、一向に満腹になる気配がない。見ているだけで胃もたれしそうだわ。味覚がないのが救いね。

 三人前なんて言っておきながら、結局、クイ兄はそれ以上の量を用意してきた。この村、食糧危機じゃなかったの?


「ふぅ……片手だけで食べるのって疲れるなぁ」ユエは水を一口飲み、深呼吸してようやく手を止めた。そしてクイ兄の問いに答える。


「あたしもよく分かんないんだ。多分、あたしの言い方のどこかが、あの子を怒らせちゃったのかも」


 あの時のユエは本当に妙だったわ。普段はボケっとしているのに、あんなに失礼な態度をとるなんて。


「……まあいい。正直なところ、氷人のロボットを単騎で撃破できる人間がいるとは聞いていたが、目の当たりにしたのは初めてだ。あれは奴らの最低ランクの機種らしいが、俺たちなら数人がかりでやっと追い払える程度だ。それを完全に破壊してしまうとはな。……問題は、奴らは原則としてこちらを主動的に攻撃してこないという点だ。小競り合いが起きることはあっても、それはあくまで偶発的な事故だ。あんな風に、二、三言葉を交わしただけで氷人側から仕掛けてくるなんて、前代未聞だぞ」


 なるほどね。だからクイ兄はあんなに執拗に原因を聞きたがったわけか。


「しかし、一度ちからを使うたびに自滅するようじゃ、奴らが次に来た時どうするんだ?」


「次に来ても、また追い返してやるもん!」


 そしてまた病院送りか?最悪、次は土の下いきだぞ。


「……強がりなのは分かっている。次に来る時は、おそらく一台だけじゃないだろうからな」


「……」ユエもようやく事の重大さに気づいたかしら。


「そこでだ、ユエお嬢さん。一つ提案……いや、頼みがある。お互いにとって利のある話だ」


「あたしに戦争を手伝えってこと?」


「話が早くて助かる。お前があのロボットを退けた直後は、確かにそう考えていた。だが、能力を使った後に病院担ぎ込まれるような有様を見せられてはな……。悪いが、今のお前が自ら志願したとしても、俺は断る。助けになるどころか、足を引っ張るだけだからな」


 耳が痛いけれど、紛れもない事実ね。反論の余地もないわ。


「じゃあ、他に何があるの?」


「先生から今の状況については聞いたな?」


「うん、聞いたことは全部覚えてるよ」


「よし。なぜ氷人がお前を狙ったのか、お前がどこから来たのか、俺は今でもお前の『記憶喪失』を信じちゃいない。あの快速艇だってそうだ。結局は燃えてしまったが、どうやってあんなものを無傷でここまで走らせてきた? 疑う理由は山ほどある。だが……」


 クイ兄はゆっくりと立ち上がり、ユエに向かって90度の深いお辞儀をした。

 そこまでする必要が? 状況はそれほど深刻なの?


「ユエお嬢さん。正直に言おう。お前がこの危機を救ってくれる確証はない。だが、俺にとっては唯一の小さな希望なんだ。お前にしか頼めない」顔を上げたクイ兄の瞳は、この数日間で最も真剣で、誠実な輝きを宿していた。


「……そんなに大変なことなの? クイ兄、そんな顔されると怖いよ」


 クイ兄は再び腰を下ろし、さらに詳細な現状を語り始めた。

 現在の澎湖ほうこ諸島は、無数の小さな離島がゴーストタウン化し、本島は南北二つの陣営に分かたれている。北部陣営は西嶼せいしょ白沙はくさを、南部陣営は湖西こせい馬公まこうを支配している。さらに南の望安ぼうあん七美しちびは、交通手段が手漕ぎボートしかないため、戦争とは無縁の孤立状態にあるそうだ。

 天火による被害を除けば、多くの人々が本島へ避難したため、現在戦争に動員可能な人数は両陣営合わせて3万人にも満たない。近代兵器がないため、戦いは剣や斧、弓矢といった冷兵器による局地的な衝突に留まっている。一回の死傷者もそれほど多くはない。戦争というには規模が小さく、喧嘩というには大きすぎる。この10年、両陣営は決定的な打撃を与える手段を持たず、ただひたすら人さらいや食糧の奪い合いを繰り返してきた。


 3日に一度は小競り合い、5日に一度は大喧嘩。そんな奇妙な均衡が保たれていた平和は、最近になって崩れ始めたという。

 約1年前、南部陣営の拠点である馬公に、圧倒的な個人の武力を持つ集団が現れた。彼らはその力で瞬く間に南部を平らげた。正体も目的も不明だが、彼らの一人一人が、ユエが倒したあのロボットを単独で撃破できるほどの実力者だという。しかも、ユエと違って戦っても病院送りにならない。

 決定的な転換点は3ヶ月前だった。北部陣営の二つの領地を繋ぐ唯一の生命線「跨海大橋」が、何者かによって爆破されたのだ。これにより北部は一気に劣勢に立たされた。目撃者の証言によれば、橋を爆破したのは「外国人」であり、南部陣営に現れた強力な異能者たちの中にも、数人の外国人が混じっていたという。


「分かった。だから北部の連中が外国人を目の敵にし始めたんだね?」


 上陸早々、ユエが激しい敵意を向けられた理由が繋がったわ。彼女がどこの誰かも知らないうちに、ただ「外国人に見える」というだけで。


「その通りだ。澎湖にいる外国人は多くないが、隔離から18年、共に死線を越えてきた同胞だ。それが今や、心ない流言のせいで、親しい者の陰に隠れて怯えて暮らすしかない」


 デマの恐ろしさは歴史が証明しているわ。人は往々にして、検証困難な情報を鵜呑みにし、無意識に多数派へ流される。「羊群効果レミングのむれ」ね。極限の戦争状態にある人間が、理性的でいられるはずもない。

 天火への不安、隔離の恐慌、愛する者との別離。膠着する戦争と、かつての豊かさを失った生活。長年蓄積された恐怖、ストレス、そして怒り。人々は、それらをぶつけるための「生贄」を探していたのだ。


「つまり、今の北部陣営は内輪揉めの真っ最中ってこと?」


「残念ながら、単なる内紛で済む話ではなくなっている」


「まだ酷くなるの?」


「2ヶ月前、流言は『澎湖の戦争はすべて外国人のせいだ』と歪曲され、ここ数日はついに『台湾が隔離されたのは外国人の陰謀だ』とまで囁かれ始めている」


 ……あまりの愚かさに言葉が出ないわ。群衆心理とはこれほどまでに救いようがないものなの?


「外国人……でも、それとあたしたちに何の関係があるの? この数日、外国人の姿なんて一度も見てないよ?」


「言っただろう、みんな隠れているんだ」


「あ……そっか。それで、あたしに何をしろって言うの?」


 そう問われたクイ兄は、苦渋に満ちた表情でうなだれた。


「……少し待て。紹介したい奴らがいる。これから話す本題に関係する連中だ」


 クイ兄は病室を出て、3分ほどで二人の人物を連れて戻ってきた。


「……俺の孫と孫娘だ。佑芳ユファン佐方ゾファン


 双子の少年少女だった。髪型と服装以外は瓜二つだ。

 姉の佑芳は12歳。清潔感のあるショートヘアで可愛らしい顔立ちだが、その瞳には12歳の子供とは思えない鋭く冷ややかな光が宿っている。黒いワンピース姿だが、この季節には少し早すぎる気がするわね。全体的には年相応の愛らしさがあるけれど……表情がとにかく険しい。


 弟の佐方は5分遅れで生まれたそうだ。肩まで届くふわふわとした髪が、躍動感を感じさせる。男の子の方が髪が長いのは面白いわね。黒いTシャツに迷彩柄の軍用パンツ。活発そうな印象だが、そのTシャツの胸元にはデカデカと台湾語で「(攏來啦まとめてかかってこい」と書かれている。挑発全開ね。野性的で可愛らしいけれど、この子も姉に負けず劣らず表情が険しい。


 二人の身長は165cmほどあるかしら。ユエより頭一つ分高い。この年齢にしては驚異的な発育ね。

 そして最も特徴的なのは……肌、そして全身の毛髪が、混じりけのない「白」であること。一見して色素があるのは、わずかにピンクがかった唇と瞳だけ。

 ……ようやくクイ兄が説明を重ねてきた意図が分かったわ。この子たちは一目で「外国人」だと分かる。ユエのような混血ではなく、標準的な欧米人の顔立ちをしているのだ。


「これって……白皮症アルビノ?」ユエが驚いて尋ねた。


 クイ兄は頷き、説明を続ける。


「一卵性双生児で、なおかつアルビノだ。この特徴は説明するまでもないだろう。だが、この子たちは生まれた時から日光を恐れず、眩しさも感じない。それどころか、並の子供よりずっと早く健康に育ち、頭もいい。アルビノ特有の症状は何一つなく、いままで風邪一つ引いたことがない」


 ……性別の違う一卵性双生児というだけで天文学的な確率なのに、さらにアルビノで、しかも超常的な健康体?

 これも隔離後の変異がもたらした結果だというの?


「お前たち、ユエお姉さんに挨拶しなさい」


 クイ兄に促され、弟が口を開いた。最初の一言は、致命的な一撃だった。


「……こいつが姉貴? こんなにチビなのに?」


 ユエの体がピクッと震えた。


「ゾゾ、失礼でしょ」姉の方がまだ聞き分けがいいわね。すぐに火消しに回ったわ。


「見た目はわたしたちより小粒だけど、年上なんだから。年寄りは敬わなきゃ」


 ユエの体が、今度はさらに大きく震えた。火消しどころか、ガソリンを注いだわね!


「あたしが、小粒で……年寄り……?」


 ユエは全身の激痛も忘れて、今すぐこのガキどもを絞め殺さんばかりに飛び起きようとしたが、クイ兄が必死で抑え込んだ。

 まあユエも半分冗談だとは思うが、これ以上あの双子に暴言を吐き続けるとマジでキレそうだ。

 それから、クイ兄はガキどもを部屋から追い出し、ベッドの脇に座り直した。


「……それで、この二人を連れて逃げろってこと?」ユエはすぐ質問を投げた。


「見た通りだ。アルビノ云々の前に、こいつらは外国人であり、怒りの矛先となる対象だ」


「血の繋がりはないんだよね?」


「ああ。俺は独身だ。こいつらの両親はイギリス人でな。若いカップルが台湾へ遊びに来ていたんだが、隔離に巻き込まれて帰れなくなった。縁あって俺の家に住むようになり、いつしか親子のような関係になった。……2ヶ月前まではな」


 2ヶ月前。外国人排斥が始まった時期ね。


「2ヶ月前、北部で外国人の厳格な調査が始まった翌日、隣の村から捜査隊が乗り込んできた。村にいた数少ない外国人ほぼすべては隠れたが、何人かが引きずり出された。その中にはこいつらの両親もいた。捜査隊の奴らは……問答無用で、その場で殺した」


 ……なんですって?


「幸い、その時こいつらは村の外にいた。捜査隊も子供がいるとは知らなかったし、運良く尋問されたのは俺の腹心だけだった。でなければ、もっと悲惨なことになっていただろう」


 なぜ調査もせずに殺したの? 同じ陣営の人間でしょうに。あまりに異常だわ。何か裏があるはずよ。


「俺がなぜこれほど苦悩しているか、分かってくれるか? 地域のリーダーとして、群衆の激昂に逆らえばどうなるか。周辺の村々と内戦になれば、台湾人として、大局のために俺はどちらに立つべきだと思う?」


 クイ兄がなぜこれほど鬱々としていたのか、ようやく理解できたわ。20年共に過ごした「家族」を目の前で殺され、抵抗も復讐も許されない。その上、残された孫たちの命まで脅かされている。

 それと同時に分かった。彼がユエを即座に監禁したのは、疑いだけでなく「保護」のためでもあったのね。ユエもまた、外国人に見えるから。牢に見張りも鍵もかけなかったのは、ユエが不穏な動きをしないか試すためか。


「20年来の友人たちを今でも信じているが、それは戦場での話だ。外国人を連れての逃避行なんて仕事、身内に任せられるはずがない」


 そうね、クイ兄の家族を殺したのは、他ならぬ「身内」なのだから。そんな状況で、自分たちが狩り立てている外国人を命がけで守れなんて、誰が信じられるというの。あのガキどもの険しい表情も、納得がいくわ。


「体が治りきらないうちにこんな話を擦り付けるのは、不人情だと分かっている。だが流言は広まる一方で、俺にはもう選択肢も時間もないんだ。もしお前が断るなら……」


「またあたしを閉じ込めるの?」


「いや。お前だけでも澎湖から逃がして、台湾本島へ送る。本島なら種族対立はここまで酷くないし、少なくても俺の知る限り、ここまでふざけた流言はない。お前のような外国人がここに居座り続けるのは、俺たちにとっても火種になるだけだ。それに……今の俺たちに、お前を閉じ込められるとは思っちゃいないよ」


「だったら、あたしがそんなリスクを背負う必要ある? 一人で逃げた方がずっと楽じゃん」


 当然の主張ね。南方陣営の未知の強敵、敵か味方か分からぬ氷人、そして今いる場所さえも敵だらけ。そんな死地に留まる理由なんてない。


「言っただろう、お前にも利があるのだと」


 クイ兄は再び立ち上がり、外からあの二人を呼び戻した。

 それから数日間、わたしはクイ兄が言った「利」の意味を、嫌というほど思い知らされることになる。

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