第四話 慈烏反哺-2 ~事件発見~
龍族の男は虚呑を一瞥すると、目が合った途端に目を逸らした。
そして、そんなところを見た覇方は男を睨みつけ、男もそれを返した。
自分とこの男、そしてこの男と覇方は知り合いなのだろうか。覇方のこの顔は、見知らぬ間の人に見せるような顔ではなさそうだと、彼女は感じた。
「も〜!そんなんだから、ふられ」
少女は男に軽く一殴りされると、急にしおらしくなった。
涙目になりながら、少女は自らの頭を撫でた。
「きみたちは何者なんだ」
虚呑は無意識に、覇方の裾を握った。
覇方が抵抗しなかった。だから彼女はただついて行った。
彼女にとっては、目の前の男も、少女も、下手すると誘拐犯そのものだった。
「何者、か」
男は悲しみも喜びもなく、平坦に虚呑の言葉をなぞった。
表情を変えることはなく、男は言葉を切った。
虚呑が男の顔を見ても、何かヒントを得られるわけじゃなかった。
「記憶喪失なんだ。きみたちのことを忘れてしまったのかもしれない」
居心地の悪さに耐えかねたように、虚呑は言葉を漏らした。
彼女は2人の顔をちらちらと見た。
少女はあくびをして、男はただ目を伏せただけだった。
「面火は初対面だけどね?というか!なよなよ助手は、なんで車の中ででも面火のこと紹介してくれなかったわけ?」
少女は覇方を見て、小さい身体で足をじたばたとしていた。
覇方は口角を無理やりあげて、苦笑いをした。
「仮銘 面火が面火のフルネーム!それで、3級探偵!こっちは無愛想なドラゴンちゃんね?」
一体どのくらいまで級があるのだろうか。今まで虚呑が出会ったのは、柚原 此岸の特級、そして覇方の1級しかいなかった。
彼女はその、「無愛想なドラゴンちゃん」に目を合わせた。
「辰宿 試言だ。会長の命とはいえ、助手の立場でそんな態度とはな。豪胆なものだ」
試言は面火に、冷ややかな視線を送った。
会長とは、探偵会の会長を指すのだろう。
彼の大きな尻尾が、怒りからか少し上がっていた。
覇方は口を抑えて咳払いをし、なんとか笑いを抑えていた。
「え、え〜っと!一応辰宿さんも、特級探偵なんだよ。あと会長もだけど」
面火は怯えるように、わざとらしい「さん」をつけた。
虚呑にとって、自身を含めると15人のうちの3人目、会長も含めると4人目の特級探偵だ。
「特級探偵って、もしかして探偵の中では珍しく無いのか?」
特級と付く割には、虚呑の周りに全体の5分の1もいた。
彼女は探偵ならば、大半は特級なのではないかという推測をした。
「あははは!そんなわけないでしょ!まあ活躍するのは大抵1級か特級だからぁ、……んふ、ふふっ、新聞の中では珍しくないかもぉ?」
面火はお腹を押さえて笑った。
そんな姿に、虚呑は眉を下げた。
どうやら、彼女の疑問はあまりにも間抜けだったようだ。
付け加えるようにフォローされたことが、彼女の心を一層傷つけた。
「特級探偵って、何ができるんだ?」
虚呑はさんざん特級探偵が「すごい」という話は聞いていた。しかし、具体的にどう「すごい」のか、未だに彼女には想像できなかった。
単なる名誉称号だったりするのだろうか。
「警察の捜査の指揮をちょっとできたり、探偵資格がない助手を事件現場に2人まで連れていけるとか、被疑者指名権があったりとか」
これらを言えることが一種のステータスのように、面火は背伸びをしながら言った。
彼女は試言へ白い目で見られているのにも気がつく気配がなく、すらすらと言い続けた。
「あと、不捜査特権ってのがあって、探偵の自由がどうとかで悪いことしてる疑いあっても捜査されないんだって」
警察の捜査の指揮権があるとは、さすが「すごい」資格だ。
しかし、今の虚呑には、助手は1級探偵の覇方しかいない。彼女にとっては良い特典と言えなかった。
不捜査特権は、どう考えても悪用しかされなさそうな代物に思えた。
「その、被疑者指名権って?」
虚呑にとっては当然の疑問だった。しかし、どうやら当然であるべきではないらしい。
面火は鼻で笑い、足でどんと地面を蹴った。
「被疑者指名権は、『探偵が犯人として指名した者は、必ずその事件の被疑者となる』ってやつ」
わざわざ特級探偵の権利として示す必要があるのだろうか。虚呑は「はぁ」と相づちを打った。
どうにも反応が悪いことに気づき、面火はさらなる説明を加えた。
「例えばAがAのものを盗んだ犯人に指名されたら、Aが窃盗事件の被疑者になるの!」
謎の例えを、面火は腰に手を当て、カッコつけるようにして言った。
「えっと、その。うん……」
虚呑はぼんやり口を開けたまま、返事とも言えない返事を投げた。
面火はあまりにも理解しない様子に地団駄を踏んだ。
「楽しくおしゃべりするのもいいけど、本題に入らせてほしいな」
覇方は困ったように、それでもどこか嬉しそうに言った。
こんな所にいるというのに、あまりに気が抜けていたことを、虚呑は反省した。
「迎えがあるとは聞いてなかったよ。それに、なんで時間通りに来なかったんだ?13時に来いって話だったのに。電話してほしかったなぁ」
覇方は試言へと身体を向け、爽やかな笑顔で笑っていた。
しかし、声には怒りが滲み、再び緊張感を空気に戻した。
目線は試言に送られていたが、なぜか面火が怯えていた。
「事務所の電話機は、何年も前に壊れたと聞いている。一体どうやって電話すればいい」
試言は舌打ち混じりに、眉をひそめた。
D区の電話機が壊れやすく、携帯電話が一切普及していないことへの噂を、虚呑はなぜか覚えていた。
といっても、怪電波を政府がとか、にわかには信じられない陰謀論のような話ばかりだったはずだ。
「そんなことより、送った手紙に書いたはずだ。9時半に着きたいから、9時10分に迎えに行くと。まさか会長の命に反するとは」
覇方が反論するように、試言にハガキを見せた。
虚呑からは中身は見えなかったものの、裏面の少し歪んだ「辰宿 試言」という文字が読めた。
「俺の字ではない。そもそも、手紙を送った。……それに、この内容も。誰がこんなことを」
試言は思い当たることがあるような無いような顔で、ハガキを弄んでいた。
そんな彼から奪い取るように、覇方はハガキを手元へと戻した。
覇方はしばらく顎に手を当て、ハガキの表面を読み返した。
虚呑が覗き込もうとするのに気づくと、焦ったように再び試言へと押し付けた。
虚呑と試言は苦い顔を並べた。
「も〜。せっかく着いたんだし、早く入ろうよ」
面火の飽き飽きしたような声へ引かれるように、大きなビル──探偵会本部へと進んだ。
エントランスへと進むと、現代的な内装と、一時代昔の壁面が、建物としての歴史を感じさせた。
観葉植物があちこちに植えられていた。しかし、食虫植物のようなものばかりで、選んだ人の「趣味」が反映されていた。
「あれ、警備員さんは?休館日だから?」
面火は辺りを見回した。しかし、節電仕様の灯りがついているだけで、がらんとしていた。
あまりの音のなさに、虚呑は耳を立てた。
「いや、警備員は必ず配置されているはずだ。早く会長室へ」
試言は自身の頬を握るように触った。
焦りが滲むような試言の声が妙に響いた。
4人は足早に、エレベーターへと乗り込んだ。
試言は複数のボタンを、なにやらコマンドのように押していた。
着いたのは最上階ではなく、17階だった。
廊下を曲がると、重厚な観音開きの扉があり、その上には会長室と記されていた。
耳が痛むような音。破裂音というより、空気を割ったような音。




