第四話 慈烏反哺-1 ~事件発見~
「殺人事件」発見から少し遡って20分。
掟期 虚呑と奇離 覇方が、鼠族の少女に無理やり高級車へ詰められたところから。
虚呑は10時に起きることになっていたが、結局は9時には家をでることになってしまった。
なんとなくでも、早く目覚めて正解のようだ。彼女は少し息を吐いた。
少女は助手席に乗るらしく、覇方と虚呑は後部座席でふたりっきり。
仕切りがあり、後部座席から運転席の様子が見えることはなかった。
覇方の顔色は、昨日の夜や、家を出る前よりかは落ち着いていた。
それでも、ずっと顔色が悪いのは変わらなかった。
虚呑は彼に車酔いかと尋ねたが、違うと答えた。
「広いな」
沈黙が気まずくて、虚呑はまず目に付いた話題を出すしかなかった。
あまりにも「高級」という感じの座席が、彼女の居心地をより悪くさせた。
覇方の手が異様に冷たくて、彼女は温めるように手を重ねた。
「探偵会とはどんなところなんだ?」
そういえばと、昨日から聞けていなかった疑問を出した。
あの鼠族の少女は、虚呑と覇方を詰め込むとき、探偵会へ行くと言った。
もともと行く予定だった場所だが、探偵の会ということしか彼女にはわからなかった。
「どんなところって聞かれると難しいな。えーっと、探偵の集まりで……」
虚呑に話しかけられると、覇方は少し顔色が戻ったように、笑顔で応えた。
彼はその続きをなんと言えばいいのか、しばらく頭を捻っていた。
「探偵って本当に自由でまとまりがないから、探偵の規律をつくるところでもある。でも、弾圧って言ってる人の方が多いかな」
弾圧という言葉に、虚呑は少し身構えた。確かに、行き過ぎた規律は弾圧へと繋がる。
ただ、彼女は、あの幼なじみで狼族の探偵、柚原 此岸の言葉を思い出した。
「確かに、此岸が探偵はアングラな仕事だって言ってた。あと無法者って」
此岸、そして助手である覇方も、一応彼女の知る探偵だった。
2人を見ていると、そこまで言うほどでもないのかもしれないと考えていた。
「ちょっと……、あいつ、何吹き込んでんのさ。まあ否定はできないけど」
覇方は困ったように眉を下げ、笑った。
彼が否定できないとなると、もしや自分もそうなのではないか。虚呑は口をつぐんだ。
「ねぇ虚呑、昨日は此岸に危ないことさせられなかった?」
彼女の頭の中に浮かんだのは、公園でのできごと、そして取り調べ。確かに危ないと言われれば危ない。
彼女の中の正義と好奇心に、ただ此岸が付き合ってくれただけ。
本当のことを言えなかった。
「いや、別に……」
あまりにも上擦った声に、彼女は自分でも笑いそうになってしまった。
覇方は彼女の頭を撫でて、ただほほえんだ。
彼女の中の罪悪感が積み重なっていた。
「あのさ、ハグ、してもいい?」
覇方は尻尾を下げ、上目遣いをして言った。
虚呑は突然の言葉に目を逸らして、すぐそばの窓の外を眺めた。
といっても、濃いスモークのせいで、景色はあまり見えなかった。代わりに、彼の困ったような顔がぼんやりと反射していた。
そのまま彼女はこくりとだけ頷いて、彼の押しつぶすような抱擁を受け入れた。
「いい匂い……」
覇方は虚呑の頭をすんすんと嗅いだ。
彼女は身をよじろうとした。しかし、車の座席の角と彼に挟まれて、動くことができない。
視界すら阻まれて、同じ石鹸の香りだけを感じ取れた。
「昨日から、なにを心配してるんだ?言ってほしい。私はそんなに頼りないか?」
覇方は、それには答えず、虚呑の頭を撫でるだけだった。
彼女は耳を垂らし、視線が合わないもどかしさを持て余していた。
だんだんと温かくなる彼の体温に、彼女は頭を緩やかに落としていた。
外の空気が押し寄せて、風が車内へとぶつかった。
車のドアが開いたことに、ようやく気づいた。
虚呑はぱちりと目を開け、冴えない頭をなんとか働かせた。
「出ろ。着いた」
龍族の男。運転手なのか、車の鍵を持っていた。
此岸ほどではないものの、背丈があり、たったの二言に迫力があった。
虚呑の目には、男が覇方や此岸と同じ程度の歳に見えた。
しかし、龍族は長命種の中でも特に長生きで、年齢は推測の手がかりすらなかった。
覇方の手を借りて車外へ降りると、虚呑の目の前には高いビルがあった。
あまりの高さと、赤いレンガ造りのせいで、街並みからは浮いていた。
透明なガラス張りの入口の上には、「探偵会本部」とだけあった。




