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エピローグ

冷たく刺すような冬の寒さがいつのまにか遠ざかり、天気の良い日は春の穏やかな日差しが心地よい季節になった。


もうすぐ高2の一年が終わる。


日の差す時間は伸びてきたけれど、部活の終わる時間になるとやっぱり空は薄紫色になって風景の色を奪っていく。


あたしは汗ばんだウエアを慌ただしくリュックに詰めて、「お疲れー!」と部室を出る。


周りの薄闇に溶け込みそうなテニスコートの横を小走りで通り過ぎると、南門の脇に立つ人のシルエットが見えてくる。


「お待たせ!」

「おう」

あたしが駆け寄ると、その人は大きめの前歯がこぼれるように微笑んだ。


「どうだった?久しぶりの部活」

「どうもこうも、みんなとは全然別メニューだからつまんねーよなぁ」

「やっぱりインハイの予選難しそうだし…。

ほんとに辞めなくていいの?部活…」

「まだ俺は諦めてねーよ。幸い回復は順調過ぎるほどだって言われてるし、少しずつ走れるようになってきたし」


実樹はつないだあたしの手を口元に持っていって軽くキスをする。


「それに、部活辞めたら晶と一緒に帰れなくなるじゃん」


薄暗がりでもあたしの顔が赤くなったのがわかるのか、実樹はまた前歯をこぼして笑った。


「そういえば、昨日部活休みだからって、駿汰と買い物行ってたでしょ?

何買ってきたの?」

「…それを晶に言ったら、俺が駿汰にボコられそうだから言わない」

「えー!?何それ!そんな風に言われたら余計気になるよっ。

なーんか昨日の駿汰、クラスでもソワソワしてたしさぁ。

何買いに行くの?ってあたしが聞いても教えてくんないし…」

「ははっ。あいついつも飄々としてんのに、変なとこでキョドるのな」


街灯のついた引寺川の橋を二人で渡る。

街灯から降りてくる白い光が反射して、川面がキラキラと揺らめいている。


「駿汰には俺が教えたって言うなよ?」

いたずらっぽく実樹が微笑む。


「あいつさ、こないだのバレンタインデーに、初めて本命チョコもらったんだよ」

「ええっ!?そうだったの!?…誰に??」

「1年の明日美ちゃん」

「明日美ちゃんって…。えっ?うちの部活の??」

「そう。で、ホワイトデーのお返しに何買えばいいかわからないから付き合ってくれって言われてさ」

「えぇ〜!知らなかったぁ!明日美ちゃん、駿汰のこと好きだったんだぁ」

「駿汰も予想外で、チョコもらって相当驚いたらしい」


「で?で?駿汰は何て返事したの??付き合うの???」

「突然すぎて返事できねーって言うから、"お友達から始めましょう"でいいんじゃね?って俺がアドバイスしといた」


実樹の言葉で、一花ちゃんを思い出した。

実樹が告白された子に初めて"お友達から始めましょう"って言ったのが一花ちゃんだった。


――――――


実樹は、あたしが病室を飛び出した次の日、一花ちゃんにちゃんとお別れを告げたらしい。

一花ちゃんは相当泣いたみたいだったけど、最後には「頑張らせてくれてありがとう」って言ったということだった。


一花ちゃんに申し訳なさすぎて、3学期が始まるまであたしからは連絡することができなかった。

学校始まって廊下でばったり会ったとき、「ごめん…」と言ったあたしに、一花ちゃんはこわばった笑顔で「仕方ないよ」とだけ言って、足早にすれ違っていった。


しばらくは彼女を見かけても目を合わせられなかったけど、最近時々廊下で会うと、かすかに微笑んでくれるようになった。


今までのように仲良くなんてできないのはわかってる。

けれど、もし時間が経って一花ちゃんといろいろ話せるようになったら、実樹への気持ちを隠していたこと、ちゃんと謝りたいと思ってる。


――――――


「駿汰の良さをわかってくれる子がいてよかった」

「あいつ、男にばっかモテるタイプだからな」

「そぉ?あたしは駿汰がいいオトコなのよくわかってるけど」


「…なんだよ、それ。俺より駿汰の方がいいオトコだって言いたいの?」

ふくれる実樹が可愛い。

「だって…、実樹はあたしに優しくしながらずっと足枷をはめてたんだもん」


「…俺にとっては足枷じゃなかったんだよ。

晶とずっと一緒にいるためには必要なものだと思ってたんだ。

命綱…的な?」

「命綱?」

「んー、なんか上手く言えねーから考えるのやめる!」

「実樹、やっぱ国語力つけた方がいいかもね」

「うるせー」



安楽坂の手前の信号が青に変わり、あたし達は横断歩道を渡る。

坂の歩道は幅が狭くなっている。

実樹と一緒にこの坂を上った10年間、あたしはいつも実樹の後ろについて、実樹の後ろ姿を見つめながら上った。


けど、今は違う。


車道側に立った実樹が、右腕をあたしの肩に回してあたしを抱き寄せる。

いつかこの坂で相合傘をしたときのように。


「足、もし痛くなったら途中で休憩しようね」

「サンキュ。そうする」


実樹の骨ばった大きな手は、傘の代わりにあたしの手をしっかりと握っている。


二人で寄り添いながら、狭い歩道を並んでゆっくりと上っていく。

坂道で見つけたあたしの宝物は、実樹の後ろ姿ではなく実樹その人になった。


きつい坂を上りきったら、きっと実樹は「疲れたぁ」って笑うだろう。

そしたらあたしは「頑張ったね」って微笑んで、実樹をぎゅって抱きしめるんだ――


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