第67話「あなたの分」
厨房に、三十一個の「正解」が届いた。
好代は、十九個を返した。
朝の作業台には、素材、工程表、保存容器、配送袋、包装、温度表、切り方のメモまで並んでいる。誰も「これを作れ」とは書いていない。それでも全部使えば、たぶん失敗しにくい。
秩序の紙には《工程順固定》《材料位置固定》《例外一件のみ許可》。万寿の小瓶は香気の劣化を止める。輪廻の留め具は異素材を崩さずつなぐ。至誠の袋は受取時の状態を保つ。理性の伝票には原価と残材処理。渾沌の箱だけは空で、底に《なんか一個、予定外にしよ》と書いてある。空無の布には《ほどく時に使ってねぇ》。
残りの提案も、それぞれちゃんと役に立ちそうだった。
好代は一つずつ見た。
便利だった。
見れば見るほど、何を作りたかったのかが薄くなる。
「保存します?」
万寿が小瓶を持ち上げる。
「焼いた後に考えます。焼きたてを先に見たいです」
輪廻は留め具を指で回した。
「崩れないようにつないでおこうか?」
「食べにくくならない?」
「便利にはできるよ」
「じゃあ、必要になったらお願いします」
至誠は袋を作業台の端へ置く。
「届け先の確定後に使用します。現時点では配送因果を固定しません」
「はい。まだ誰に渡すか決めてないです」
理性の伝票には、好代が一か所だけ丸をつけた。
《残材と損失は同一ではない》
秩序の工程表は最後まで読んだ。焼く。休ませる。組む。固定する。保存する。包装する。
「一個だけ、空けていいですか」
「例外として残します」
「何を入れるかは、まだ決めません」
渾沌が空箱を覗き込む。
「最後まで決めないとか面白そう」
「焦がしたくはないです」
「じゃ、見て決めよー」
好代は笑って、十九個の箱を閉じた。
札を書く。
《今回は使わない》
捨てる箱には入れなかった。
◇
残したのは、薄いバンズ、肉、酸味のあるソース、焼いた玉ねぎ。自分で作って好きだと思った味を中心にする。
十二個の提案から、温度、保存時間、包み方、切り方を少しずつ借りた。
味の中心は変えない。
工程表には、一か所だけ空欄が残っている。
好代はソースの匂いを嗅いだ。
昨日選んだバーガーの、少し苦い後味を思い出す。
「これ、入れてみます」
少量の苦いソースを足した。
誰の提案にもなかった。
焼く。
バンズの端が少し黒くなった。
「基準温度を超えています」
秩序が言う。
万寿も小瓶を持ち上げる。
「今なら残せそう」
好代は焦げた端をちぎった。
苦い。
もう一度、ソースと一緒に噛む。
「これ、残します」
秩序が例外欄へ書いた。
《焦げ:許容》
好代はペンを借りる。
「許容じゃなくて」
二文字を消し、自分で書く。
《焦げ:採用》
焦げは失敗の残骸ではなくなった。かといって、全部の失敗を残す規則にもならない。
好代は完成したバーガーを嗅ぐ。
自分が食べたい匂いだった。
◇
空無が少し離れたところから見ていた。
「ほどかなくていいの?」
「今は、この形がいいです」
「じゃあ、抱かないでおくわねぇ」
布が畳まれる。
使わないことまで含めて、そこに参加が残った。
好代はバーガーを切らず、一個のまま包んだ。
至誠が袋を見る。
「宛先確定後に運びます」
「まだ、渡しません」
至誠は袋を下げた。配送は始まらない。
包みの表に、好代は書く。
《あなたの分》
名前は書かなかった。
◇
十九個の未使用素材と提案を、それぞれ返した。
「今回は使いませんでした。ありがとうございます」
返す先のないものはなかった。
夜。
《あなたの分》を冷蔵庫へ入れる。
三十一番のトレーではなく、普通の棚。
明日、渡す。
受け取られないかもしれない。食べられないかもしれない。
それでも、包みを開き直して何かを足す気にはならなかった。
みんなの正解を足したバーガーではない。
好代が受け取って、使うものを選んだバーガーだった。




