第62話「三十一人目」
閉店後、冷蔵庫が好代を数えた。
《31 / 31》
「……何が?」
在庫確認画面には、食材、包材、その下に《CREW MATERIAL:31 / 31》。ロッカーは三十個。名札も三十。勤務表では好代だけ《アルバイト》の別欄だ。
真意が画面を撮る。
「触らないでください」
「私、何もしてないです」
「だから、そのままで確認する」
冷蔵庫を開けると、奥に透明なトレーが三十一枚並んでいた。三十枚には糸、金属片、焦げた紙、小瓶、赤い紐、小さな歯車。誰かを連想させるが、本人そのものではない。
最後の一枚だけ空だった。
《31》
好代が近づく。
《31:充填》
一歩下がる。
《31:空》
「私?」
もう一歩だけ近づく。
《31:充填》
「そこまで」
真意に止められ、好代は足を戻した。
画面に新しい文字が出る。
《交換可能》
冷気より先に、背中が冷えた。
「何と?」
機械は答えない。
◇
鏡みたいな扉に、千姿が映った。店内にはいない。映像だけがこちらを見ている。
「見えてます?」
「うん」
「これ、私ですか」
「好代ちゃんが近づくと埋まるね」
「三十一人目?」
千姿は表示を見たまま少し黙った。
「その名前で決めない方がいい」
「直せます?」
「動かなくなったら」
「今は?」
「動いてる」
好代は画面を指す。
「交換可能って出てるのに?」
「出てるね」
「怖いです」
「うん。でも、怖いことと、壊れてることは別」
その時、三番のトレーが空になった。
からん。
三十一番へ何かが落ちる。
好代の右腕が跳ねた。
肩が引かれ、肘が上がる。指が勝手に折れ、足が半歩開いた。
知らない構えだった。
止めようとしても、右腕だけが一秒遅い。
自分の皮膚の内側で、誰かの動作だけが先に終わる。
一秒。
二秒。
腕が落ちた。
三番のトレーへ物が戻り、三十一番が空になる。
《交換完了》
好代は右手を左手で握った。
温度も爪も自分のものだった。
「今の、誰の?」
真意が聞く。
「分かりません」
「身体は?」
好代は握った指を一本ずつ開く。
「私です」
「動きは?」
「……私のじゃなかったです」
次に七番が点滅した。
「そこは止める」
千姿の声が変わった。
画面へ細いノイズが走り、三十一枚のトレーが一瞬だけ重なる。
《致命的交換連鎖:停止》
《構成要素照合:維持》
七番の点滅は消えた。《交換可能》は残っている。
「消えてないです」
「消すと、別のところが動かなくなるかもしれない」
「なんで私が交換できるんです?」
千姿はすぐには答えなかった。
「分からない」
好代はその答えを聞いて、右手をもう一度握った。
◇
三十一番の前まで戻る。
今度はトレーへ触らない。数センチ手前へ手を出しただけで、表示が《31:充填》へ変わった。
「私、材料なんですね」
「この装置では」
真意がすぐに区切る。
好代は画面と自分の手を見る。
「……はい。この装置では」
真意の記録は四行だけにした。
《CREW MATERIAL:31 / 31》
《31番:好代接近時に充填》
《3番との一時交換/内容未特定》
《好代=31番目のクルー:未確定》
千姿が止めた交換連鎖と、《交換可能》が残ったことは写真とログに残す。意味までは書かない。
帰る前、好代は名札を外した。
《好代》
裏は白い。
ペンを持ち、《31》の3まで書きかける。
右手が止まった。
さっき勝手に動いたのと同じ手だった。
好代は3を消した。
冷蔵庫には番号が必要なのかもしれない。
名札にはいらない。
表へ戻す。
《好代》
番号は、冷蔵庫の都合だった。




