第58話「返せません」
紙袋が、二人から返ってきた。
同じ紙袋だった。
昼すぎ、最初の女客がカウンターへ置く。
「これ、私のじゃないです」
レシート番号、八一七。中身は食べ終わっていて、包み紙だけが残っている。
十分後、男客が同じ番号の袋を持ってきた。
「すみません。これ、そちらの間違いだと思います」
好代は二つを並べた。
印刷のかすれ。油染み。持ち手の折れ。全部同じ。
店の記録では八一七は一件。注文も会計も一件。
防犯映像では、十二時十四分に女客、十二時二十六分に男客が、同じ傷の袋をそれぞれ受け取っていた。
「どっちが本物です?」
女客が聞く。
「僕の方、家まで持って帰ってます」
「私もです」
二人とも中身を食べている。女客は辛かった。男客は甘かった。注文記録には、どちらの指定もない。
好代は袋を交換しようとして、手を止めた。
交換したところで、何と何を戻すのか分からない。
「一回、別々に聞いていいですか」
受け取った場所。持ち方。帰り道。開けた場所。誰と食べたか。
女客は公園で娘と食べた。辛くて、娘が笑った。
男客は職場へ戻り、同僚に一口取られた。甘かった。
どちらにも、店を出てからの時間がある。
冥理が二つの袋の間へ帽子を置いた。
「見せ方だけ、分けてみましょう」
カウンターの中央に細い幕が立つ。
左から見ると、女客が紙袋を抱えて公園へ向かう。右から見ると、男客が袋をぶら下げて職場へ戻る。
二つの道は店を出る瞬間だけ同じ場所から始まり、その先では一度も重ならない。
「どちらも途中がありますね」
「はい」
「片方を手品の種にして消せば、見た目は一件になります」
好代は首を振った。
「しません」
冥理は幕を消した。袋は二つのまま残った。
◇
店側の処理画面には、《正規受取人》の欄が一つしかなかった。
女。
男。
どちらを入力しても、もう一人が間違いになる。
「返金だけでいいです」
女客が言った。
「僕も、それで」
二人分を返金する。会計上はそれで処理できた。
好代は袋を回収しようとして手を伸ばす。
女客が袋の持ち手を指に掛け直した。
「袋、返さないとだめですか?」
好代の手が止まる。
「もうゴミですけど。娘が落書きしてて」
袋の裏に、赤いクレヨンの丸があった。
男客の袋には、角に青いボールペンの線が一本増えている。
店へ戻ってきた時点では、もう完全には同じではなかった。
「持っていたいなら、そのままで」
「僕も?」
「はい」
二人は、それぞれ自分が持ってきた八一七を持って帰った。
処理画面にはまだ《返却物:未回収》が一件だけ残っている。
好代は《返却不能》と入力しかけ、消した。
冥理が画面を見る。
「違います?」
「返せないんじゃなくて」
好代は、もう何もないカウンターを見る。
「返す先を一個にすると、どっちかがなくなるんです」
◇
返品棚に一つ、空きを作った。
物は置かない。
カードだけ差す。
《八一七》
《返却物なし》
《履歴二件》
冥理が通りかかる。
「何もありませんね」
「はい」
「片づけます?」
好代は空の棚を見る。
「まだ置いときます」
閉店後、ドナルゥトゥの席の前を通る。
袖は掴まれない。
好代も立ち止まらない。
ただ、水のコップを見る。
昨日より一口ぶん減っていた。
誰との関係なのか、名前はつけなかった。




