第53話「三つを重ねない」
三本とも、同じところで切れていた。
閉店後。好代は古い記録を三つ、作業台の端から端へ離して置いた。
運搬記録。
接客記録。
調理記録。
年代も媒体も違う。運搬は磁気テープ、接客は薄いフィルム、調理は紙に焼き付いた波形だった。
それなのに、終端から数えて同じ位置に、同じ長さの空白がある。
好代は定規を当てた。
「ここ、全部ないです」
真意は中央のフィルムへ顔を寄せる。触れない。
「欠損時間が同じ、とはまだ言えません。媒体ごとの速度が違います」
「じゃあ、長さが似てるだけ」
好代はノートへそう書いた。
三つを一度に再生すれば、何か分かるかもしれない。
その考えが浮かんだ瞬間、十四話の音を思い出した。
冷蔵庫。
換気扇。
レジ。
ライ、ライ、ル。
世籟の声へ音が寄り、自分の心拍まで同じ拍へ引かれた。似たものを重ねるほど、似ているものが増えた。
好代は三本の記録を見た。
「同期はしません」
真意は理由を聞かなかった。
代わりに、三枚の記録票を一枚ずつ置いた。
「では、何を比較します?」
好代は答える前に椅子を引いた。
運搬記録だけを再生する。
車輪の振動。箱が擦れる音。誰かの靴底。最後に、声らしいものが立ち上がる。
そこで音が欠けた。
好代は停止する。
《欠損直前:運ぶ動作》
次に接客記録。
皿が置かれる。椅子が鳴る。何かを差し出す手だけがフィルムの端に残っている。
その先が白い。
《欠損直前:差し出す動作》
最後に調理記録。
油の弾ける跡。皿の縁へ寄る黒い影。口元か、器具かは判別できない。
そこで波形が途切れる。
好代は《食べる》と書きかけた。
ペン先を戻す。
《欠損直前:皿の縁へ接近》
三枚の紙を並べる。
運ぶ。
差し出す。
皿へ寄る。
一人の行動として並べれば、きれいだった。
運んできて、差し出して、食べる。
好代は三枚を重ねなかった。
「同じ人だったら、分かりやすいですね」
真意が言う。
「はい」
「同じ役割なら、もっと分かりやすい」
「はい」
好代は運搬記録を左端へ戻した。
「だから、今は分けます」
◇
問題は、時間だった。
古いフィルムの端が、照明の熱だけでわずかに反り始めている。磁気テープも再生を重ねれば傷む。
全部を詳しく調べるには、今夜だけでは足りない。
昨日なら、揃うまで待とうとしたかもしれない。
でも待っている間にも、条件は変わる。
好代は三つを同じ精度で守ることを諦めた。
「先に、接客記録を保存してください」
「理由は?」
「一番傷みが早いからです」
「内容ではなく?」
好代は頷いた。
「面白そうな順にすると、たぶん私が答えを作ります」
運搬記録は密封する。
調理記録は遮光する。
接客フィルムだけを低温スキャナへ通す。
読み取り光が端から端へ走った。
一回目。
白い欠損。
二回目はしない。
保存画像を拡大すると、欠損の直前、差し出す手の下に紙片の角が写っていた。
肉眼では汚れにしか見えなかった場所だ。
好代は原本へ指を近づけ、触れる前に止める。
真意が細いピンセットを出した。
フィルムの保護袋、その内側。
紙片が一枚、貼り付いていた。
剥がさない。
袋ごと角度を変える。
擦れた文字が、照明の反射から浮いた。
《……ナル……トゥ》
好代は読んだまま黙った。
「名前?」
真意が聞く。
「名前に見えます」
「名前ですか?」
好代は首を振る。
「そこまでは分かりません」
記録票へ書く。
《接客記録付着紙片:……ナル……トゥ》
《語義・人名・役割名:未確認》
三つの記録は、最後まで一つにしなかった。
帰る前、好代は三つの保管箱の間を、指一本ぶんずつ空けた。
翌朝。
その間隔はそのままだった。
けれど開店前の客席に、誰かが座っていた。
頭は下がりかけ、両手は何かを差し出しかけ、口は何かへ近づき、右足だけが立ち上がる途中で止まっていた。
好代は三つの箱を見た。
それから、その一人を見た。
今度は、重ねなくても向こうから一つになっていた。




