第5話「四個目」
食べる前に、好代は紙へ線を引いた。
一。
二。
三。
四。
四本。
その横に、
《途中で止める》
と書く。
摩天が紙を見る。
「止める条件は」
好代はペンを止めた。
「苦しくなったら」
「苦しい、だけか」
「息がおかしい。立てない。吐き気。頭が痛い」
「他は」
好代は少し考える。
昨日まで使えていた感覚を思い出す。
「何が見えてるか、自分で分けられなくなったら」
摩天が頷く。
「それも入れろ」
好代は書き足す。
《見えているものを区別できない》
渾沌が横から覗き込む。
「すごい! 実験っぽい!」
「実験です」
「私も書く?」
「何をですか」
「面白かったところ!」
「それは後でお願いします」
トレーには小さなバーガーが四つある。
一つ目は四角い。
二つ目は妙に薄い。
三つ目は包み紙の内側だけ暗い。
四つ目だけ、ごく普通のハンバーガーに見える。
普通。
その形に、好代の喉が少し固くなる。
摩天が気づく。
「四つ目が嫌か」
「見た目は」
「なら外すか」
好代は四つ目を見る。
普通のバーガーなら食べられない。
PANDEMONIUMのものなら、前回は死ななかった。
でも見た目だけでは区別できない。
「……最後にします」
「外す、ではないんだな」
「はい」
「分かった」
摩天は隣に立つ。
「私が止める時もある」
「理由は聞きます」
「聞ける状態なら答える」
「納得できなかったら?」
「その時に話す。先に約束はしない」
好代は少しだけ眉を寄せた。
でも、頷いた。
自分で決めたい。
だから、自分で決められなくなる前に誰かが止める条件も必要だった。
一個目。
半分ではなく、三口にした。
一口。
待つ。
喉。
胸。
指先。
異常なし。
二口。
待つ。
三口目を飲み込んだあと、床の紙片が二つに見えた。
一つは今ある位置。
もう一つは、少し先で半回転している。
数秒後。
風で紙片が半回転した。
好代はしゃがむ。
触らない。
「昨日と似てます」
渾沌が身を乗り出す。
「同じ?」
「まだ分かりません」
好代は記録する。
《1:紙片が動く前に、動いた像》
《昨日と同じか:不明》
摩天が聞く。
「歩けるか」
好代は店内を一周する。
「歩けます」
「息」
「普通です」
「続けるか」
好代は自分の紙を見る。
止める条件には当たっていない。
「続けます」
二個目。
四分の一。
噛む。
店の音が少し遠くなる。
代わりに、カウンターの裏が近くなる。
見えていない赤い箱。
その下の丸い容器。
「渾沌さん、そこに赤い箱あります?」
「ある!」
「下に丸いの」
渾沌がしゃがむ。
「あった!」
「その奥は……分かりません」
一個目の紙片を見る。
動く像もまだある。
好代は紙へ、
《二つある》
と書く。
止まる。
《二種類の感覚を同時に確認》
へ書き直した。
「別々の能力?」
渾沌が聞く。
「それも、まだ分かりません」
三個目。
四分の一。
包み紙を開いた瞬間、雨の匂いが強くなる。
好代は一度、食べずに天井を見る。
何もない。
食べる。
飲み込む。
天井から水滴が落ちた。
一滴。
二滴。
手を出す。
濡れない。
床にも跡はない。
「雨みたいなのが見えます」
「みたい?」
摩天が聞く。
「濡れないので。水かどうか分かりません」
一個目。
紙片の像。
二個目。
赤い箱の位置。
三個目。
濡れない水滴の像。
全部ある。
好代は少し笑う。
「三つ、同時にあります」
「身体は」
「お腹はまだ平気です」
「頭は」
好代は返事を急がない。
三方向から別のものを見ている。
紙片を見ると棚の奥も分かる。
棚を見ると雨が視界を横切る。
気持ち悪くはない。
でも静かでもない。
「いっぱいです」
「止めるか」
好代は四つ目を見る。
普通に見えるバーガー。
怖い。
知りたい。
三つで終えれば、今日は安全だったと言えるかもしれない。
四つ目を食べれば、三つとの差が分かるかもしれない。
「一口だけ、四つ目を試したいです」
摩天はすぐには答えない。
「今、自分で三つを区別できるか」
好代は順に指す。
「紙片」
「棚の奥」
「濡れない雨みたいなもの」
「身体」
「立てます。息も普通です。吐き気なし」
「頭」
「いっぱいです。でも、何が何かは分かります」
摩天が四つ目を好代の前へ寄せる。
「一口で止める」
「はい」
四個目。
好代は包み紙を開く。
肉。
パン。
チーズ。
ソース。
見た目が普通すぎて、病院の白い天井が一瞬戻る。
手が止まる。
渾沌が珍しく急かさない。
好代は匂いを嗅ぐ。
何も拾えない。
それが逆に怖い。
「やめてもいいですか」
摩天が言う。
好代は頷きかける。
それから首を横へ振る。
「怖いから食べる、にはしたくないです」
「ならやめるか」
「違います」
好代はバーガーを見る。
「三つとの差を知りたいです」
理由を言ってから、一口だけ食べる。
味は驚くほど普通だった。
肉。
パン。
チーズ。
ソース。
喉は閉じない。
胸も痛くない。
一秒。
二秒。
三秒。
何も増えない。
「……何もない?」
そう言った瞬間、三つの感覚が近づいた。
紙片の像が、目の前へ来る。
棚の奥が、自分の背後にあるように分かる。
濡れない雨が、頬を通り抜ける。
好代は瞬きをする。
距離が揃わない。
もう一度。
紙片。
棚。
雨。
全部分かる。
でも、どれを見ているのか切り替えるのに一拍かかる。
腹が重く沈む。
食べた総量は、一個分にも届いていない。
満腹とは違う。
頭の奥が熱い。
鼻から入る店の匂いが、一度に近づく。
好代はカウンターへ手をつく。
「止めます」
自分で言った。
摩天がすぐ椅子を引く。
「座れ」
好代は座る。
渾沌が四つ目の残りを遠ざける。
「今日はおしまい!」
好代は反論しない。
数分後。
呼吸は普通。
吐き気はない。
頭の熱さは少し下がった。
それでも、身体の中が混んでいる感じは残る。
好代は記録を見る。
《1:紙片が動く前の像》
《2:見えていない物の位置》
《3:濡れない雨様の像》
《4:新しい現象は確認できず/1〜3の切替困難・腹部圧迫・頭部熱感》
渾沌が横から覗く。
「四個目、ハズレ?」
好代は首を振る。
「分かりません」
「能力なかったじゃん」
「四個目そのものの効果がないのか、三つが変わったのが四個目の影響なのか、今は分けられません」
「なるほど!」
「なるほど、なんですか」
「分かんないことが増えた!」
好代は少し笑う。
摩天が紙を見る。
「次は」
好代も見る。
「四つ、もう一回?」
口にしてから、自分で止まる。
今日分かったのは、四つ目の正体ではない。
三つなら立って、歩いて、質問して、記録できた。
四つ目を入れたあと、それが難しくなった。
「……三つで仕事してみます」
「なぜ」
「座って試すのと、使いながら動くのは違うので」
摩天が頷く。
「それを先に見ろ」
好代は紙の一番下へ書く。
《次回:三つで通常作業》
少し考えて、さらに書く。
《四つ目は保留》
《上限:未確定》
渾沌が覗く。
「四つまで、じゃないの?」
「今日の条件では、四つ目で止めました」
「細かい!」
「違うので」
好代は四つの包み紙を見る。
食べられた。
でも、食べられる数と、使える数は同じではないらしい。
その違いだけは、今日の身体で分かった。
帰る前。
摩天が聞く。
「明日も来るか」
「来ます」
「食うか」
好代は少し考える。
「三つまでにします」
「まで?」
「必要なら三つ。必要なければ減らします」
摩天が一度だけ頷く。
好代は記録の最後を直した。
《明日は三つまで》




