第49話「みんな覚えていました」
「去年も、やりましたよね」
朝礼で誰かが言った。
「何をですか?」
「創業祭」
世達が倉庫から箱を出してくる。
《創業祭装飾》
中には、金色の紙王冠と赤い輪飾り。
好代は箱を見た瞬間、脚立の上にいた。
右手にテープ。
下から声。
「曲がってる」
自分が笑って返す。
「そっちから見たらです」
足裏には脚立の細い踏み板まである。
好代は床を見た。
今は両足とも床についている。
「去年、私いました?」
「勤務記録上はいません」
真意が答える。
「でも、これ飾りました」
「記憶?」
「はい」
「誰と?」
顔が出てこない。
声だけが残る。
曲がってる。
そっちから見たらです。
「そこは出てこないです」
一人だけではなかった。
「好代ちゃん、脚立から落ちそうになったよね」
別のクルーが言う。
「私、押さえた気がする」
「王冠、一個余った」
「冷蔵庫の上に置いたんじゃなかった?」
話がつながるほど、好代の足裏の感触も濃くなった。
冷蔵庫の上には何もない。
去年の創業祭記録もない。
発注履歴もない。
装飾箱の購入履歴もない。
箱だけが、今ここにある。
午後までに真意が聞き取りをまとめた。
覚えている者、十九人。
覚えていない者、七人。
曖昧、五人。
十九人の記憶は、金色の王冠、脚立、夕方の飾り付け、余った一個で重なる。
細部は割れた。
好代が脚立に乗った。
乗っていない。
雨だった。
晴れていた。
余った王冠は冷蔵庫の上。
入口の棚。
誰かが持ち帰った。
好代は一覧を見た。
「多数決なら、十九です」
「十九人が覚えている、までは確認できます」
真意は紙を裏返さない。
「去年それが起きた、とは別です」
好代は自分の記憶を書いた。
脚立。
テープ。
曲がってる。
そっちから見たらです。
書くたび、昨日の知らない駅と同じように鮮明になる。
昨日は一人だった。
今日は十九人いる。
それでも、足りない。
「じゃあ、十九人が同じものを持ってることは?」
「そこは消えません」
好代は紙を折らずに置いた。
過去の出来事が確定しなくても、十九人が今その記憶を持っていることは現在の事実だった。
◇
「今年はどうします?」
世達が紙王冠を持ち上げた。
好代は皆を見る。
「やりたい人います?」
十一人が手を上げる。
「去年やったから、じゃなくて?」
三人が手を下ろした。
八人。
好代も手を上げた。
九人。
「じゃあ、今年はやりましょう」
夕方、脚立に乗ったのは好代ではなかった。
好代は下で脚を押さえる。
王冠が少し傾く。
「曲がってます」
言った瞬間、喉の奥が冷えた。
上から返事が落ちてくる。
「そっちから見たらでしょ?」
何人かが笑った。
好代も笑った。
去年の記憶と同じ言葉だった。
でも今度は、好代の掌に脚立の金属がある。
テープを切った時刻がレジ端末に残る。
王冠を貼る手元を真意の記録端末が撮っている。
閉店後、一個余った。
「冷蔵庫の上?」
誰かが言う。
好代は王冠を持って、レジ横の棚へ行った。
「今年は、ここに置きます」
王冠の内側へ日付を書く。
《2026年 創業祭》
真意が時刻を記録する。
好代はさらに、細いテープを一枚だけ王冠の下へ貼った。
《本日使用》
去年を否定するためではない。
今年を、去年の記憶だけにしないためだった。
王冠を棚へ置く。
今日の王冠は、棚板に触れている。
好代は指で一度、その縁を押さえた。
翌朝。
王冠を持ち上げる。
《本日使用》のテープは残っていた。
その真下の棚板に、昨日まで見えていなかった丸い窪みが開いていた。




