第47話 戻ってきた人
店の扉が開いた。
好代は、ちょうど二個目のバーガーを食べ終えたところだった。
紙を畳み、水を一口飲む。
入ってきた客を、なんとなく見る。
見覚えがあった。
名前は知らない。
以前、この店で何度か見かけた人だった。
いつも同じ席に座り、同じものを注文していた。
けれど、しばらく来ていなかった。
その人は店内を見回した。
空いている席はいくつもある。
それなのに、好代の近くまで来た。
「ここ、いいですか」
隣のテーブルを指す。
「どうぞ」
好代は答えた。
客は座った。
注文する。
「いつもの」
店員が少し驚いた顔をした。
「久しぶりですね」
「うん」
「同じので?」
「同じので」
それだけの会話だった。
好代は三個目のバーガーを手に取った。
一口食べる。
隣の客は、水を飲んでいた。
しばらくして、バーガーが運ばれてくる。
客は包みを開いた。
けれど、すぐには食べなかった。
見ている。
長いあいだ。
好代は気になった。
けれど、声はかけなかった。
自分も食べる前に止まることがある。
理由は、そのときによって違う。
怖いとき。
迷っているとき。
腹の残りを考えているとき。
ただ、ぼんやりしているとき。
だから、見ただけでは分からない。
客がようやくバーガーを持った。
一口。
ゆっくり噛む。
飲み込む。
目を閉じた。
「……同じだ」
小さな声だった。
好代には聞こえた。
店員にも聞こえたらしい。
「変えてませんよ」
「そっか」
客は笑った。
それから、もう一口食べた。
好代は自分のバーガーを見る。
同じ。
その言葉を考えた。
この店も、ずっと同じではない。
人が来る。
人が来なくなる。
また来る。
注文する数も変わる。
食べ方も変わる。
好代自身も変わった。
それでも、同じだと言えるものがある。
隣の客は、ゆっくり食べ続けた。
好代は三個目を食べ終えた。
「追加します?」
店員が聞く。
「今日は……もう一個」
「はい」
隣の客が好代を見た。
「よく食べますね」
好代は少し考えた。
「必要だから」
「必要?」
「うん」
それ以上は言わなかった。
客も聞かなかった。
「いいな」
代わりに、そう言った。
好代は首を傾げた。
「何が?」
「必要なものが分かってて」
好代は答えられなかった。
少し前まで、自分も分かっていなかった。
何を食べればいいのか。
どれだけ食べればいいのか。
いつまで食べ続ければいいのか。
分からないことばかりだった。
「最初からじゃないよ」
好代は言った。
客が見る。
「分かるようになっただけ」
「そっか」
四個目が運ばれてきた。
好代は包みを開く。
客は、自分の最後の一口を食べた。
「ごちそうさま」
立ち上がる。
会計へ向かう途中、好代の横で一度止まった。
「また来てもいいかな」
好代は一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
店員が笑う。
「店に聞いてくださいよ」
「ああ、そうだな」
客も笑った。
好代も少し笑った。
「いいんじゃない」
客は頷いた。
「じゃあ、また」
扉が開く。
閉じる。
好代は四個目を食べる。
さっきまで誰かがいた席には、空のコップだけが残っていた。
店員が片づける。
「戻ってきましたね」
「うん」
「よかった」
好代はバーガーを噛んだ。
戻る。
その言葉は、前なら少し怖かった。
元に戻る。
前の身体に戻る。
食べられなかった自分に戻る。
でも、今見たものは違った。
同じ場所へ戻ってきても、同じ人である必要はない。
好代は飲み込んだ。
四個目を食べ終える。
「今日はこれで終わり」
「はい」
店を出る。
扉が閉じる。
明日、自分がまたここへ来るとして。
それも、戻るということなのかもしれない。
好代は歩き出した。
昨日と同じ道を。
昨日とは少し違う自分で。




