第45話「三倍にしたので」
雨の日の売上が、三倍になった。
先週、四十二。
今日、百二十六。
世達が端末を好代へ向ける。
「注文時間は平均四十秒短縮。廃棄も減っています」
「何したんですか?」
「雨天時の注文を整理しました」
店頭メニューには、大きな写真が一枚だけあった。
《雨の日おすすめセット》
一番出るバーガー。
一番出るサイド。
一番出る飲み物。
少し安い。
通常メニューは表示されていない。
昼の列は、するすると消えた。
「おすすめ一つ」
「二つ」
「飲み物だけ変えられます?」
「固定です」
「あ、じゃあそれで」
厨房も止まらない。
好代も最初は気持ちよかった。
考える時間が減る。
聞き返しも減る。
袋が次々できる。
百二十六という数字が、店の動きと同じ形をしていた。
午後一時すぎ、杖をついた老人が写真の前で止まった。
「魚のやつ、ないの?」
好代は通常メニューを思い出す。
「今日は、このセットだけなんです」
「そう」
老人は財布をしまった。
自動扉が開く。
雨の音が大きくなる。
閉じる。
端末の百二十六は、百二十五にならなかった。
注文されていないからだ。
その後、辛いものが苦手な女性が帰った。
牛肉を食べない男性も帰った。
二人とも怒らなかった。
「また晴れた日に来ます」
おすすめセットは、その間にも売れた。
窓際で瑠倫が雨を見ていた。
「よく流れておるのう」
「売上ですか?」
「客じゃ。入って、決めて、出ていく。詰まりがない」
「いいことですよね」
「流れだけ見ればのう」
向かいの軒下を、さっきの老人が歩いている。
瑠倫はそちらへ顎を向けた。
「外れたものは、詰まりにもならん」
好代は端末へ戻った。
百二十六。
数字は減っていない。
◇
「買わずに帰った人、数えられます?」
世達が画面を切り替える。
「通常は売上集計外です」
「今日だけ見たいです」
午後三時。
購入、百二十六。
購入せず退店、十一。
メニューを見てから退店、七。
理由を聞けたのは四人。
魚がない。
辛い。
牛肉を食べない。
量が多い。
「七人のために、百二十六人を遅くします?」
好代は老人の閉じた財布を思い出す。
「全部戻すのも違うと思います」
通常メニューを大きく戻せば、今度は百二十六人の速さが消える。
好代はおすすめセットを残した。
その横に小さな札を置く。
《通常メニューも選べます。お声がけください》
最初の一時間、誰も使わない。
二時間目。
一人が札を指した。
「魚のあります?」
「あります」
注文に二分かかった。
後ろの列が少し伸びる。
好代は時計を見た。
前なら、その二分を失敗だと思ったかもしれない。
客は魚のバーガーを受け取った。
「これ食べたかったんだよ」
それだけ言って席へ行った。
閉店後。
売上は、固定セットだけの時より少し落ちた。
平均注文時間も伸びた。
廃棄も少し増えた。
三倍ではなくなった。
世達が数字を並べる。
「改善前よりは高いです」
「じゃあ、明日もこれで試します」
「最適値ではありません」
「はい」
「理由は?」
好代は七という数字を見る。
「選ばなかった人が、いたので」
「選ばなかった?」
「買えなかった、じゃなくて。出てるものを見て、帰った人です」
書きながら、好代は少し違う気がした。
魚がない老人は、本当は魚を選びたかった。
選ばなかったのではなく、選ぶ場所がなかった。
「……訂正します」
世達が待つ。
「選べなかった人が、いたので」
翌日も雨だった。
大きなおすすめ写真。
その横の小さな札。
昨日の老人が入ってくる。
札を読む。
「魚のやつ」
「はい」
好代は通常メニューを開く。
老人は魚を選んだ。
会計の直前、老人が言う。
「やっぱりポテトはいらない」
好代は一瞬、昨日までの固定セットを思い出した。
「外せます」
注文からポテトを消す。
老人は魚のバーガーだけ受け取った。
その日の午後、配送から戻った至誠が、受け取られなかった紙袋を両手で持って入ってきた。




