第43話「それ、私が言いました」
「それ、私が言いました」
好代が言うと、窓際の女性が振り向いた。
スマートフォンの画面には、途中まで書いた面接辞退のメール。
「今の、『嫌なら断っていい』って」
女性が少し笑う。
「昨日ここで誰かが言ってたって、友達から聞いたんです」
「昨日?」
「『自分で決めていい』って。それで、面接も断ろうかなって」
好代はトレーを持ったまま止まった。
昨日、自分が言ったのは確かだった。
でも、断れとは言っていない。
「私は、断る方がいいとは言ってません」
「じゃあ、行った方がいい?」
「それもまだ言ってません」
「どっちなんですか」
「分からないです」
女性が吹き出す。
「役に立たないですね」
「はい。今のところ」
休憩に入ってから、好代は向かいへ座った。
女性は家族に勧められて応募した。
書類が通った。
給料は上がる。
今の職場は嫌いではない。
転職先へ行きたいかは、まだ分からない。
「面接へ行ったら、転職しないといけないんですか?」
「いえ」
「断ったら、今より分かることは増えます?」
「増えないですね」
好代は冷めたポテトを見る。
一本だけ残っている。
「私なら、面接は行きます」
女性が顔を上げた。
「でも、私なら、です。転職するかは別です」
「それって、結局どっちでもいいってこと?」
「違います」
好代は少し考えた。
「私は行く方がいいと思ってます。決める材料が増えるので」
そこは濁さなかった。
「ただ、家族に言われたこと自体が嫌なのか、面接がしんどいのか、今の職場で失いたくないものがあるのか。そこは私には分からないです」
女性は辞退メールを見る。
「消した方がいい?」
好代は画面から目を逸らした。
「それは自分で決めてください」
女性が笑う。
「それ。それが昨日のやつ」
「……便利すぎますね」
好代も苦笑した。
「じゃあ、言い直します」
◇
「私は、面接へ行く方に一票です」
女性は黙っている。
「そのあと転職するかは、また決めてください」
「結果も私の責任?」
好代はすぐには頷かなかった。
「選んだことは。でも、知らされてなかったことまで全部あなたのせい、にはならないと思います」
女性の指が、送信ボタンから離れた。
削除ボタンには行かなかった。
画面を伏せる。
「今は?」
「ポテト食べます」
最後の一本を食べた。
好代は笑った。
休憩終了の時刻だった。
「どうするか、聞かないんですか?」
「勤務に戻るので」
「気にならない?」
「気になります」
好代は立つ。
「でも、私が見てたら、私に答えるみたいになりそうなので」
カウンターへ戻った。
その後、女性がメールを消したか、送ったか、好代は見なかった。
夕方、憧憬がスマートフォンを向けてくる。
「今日の好代ちゃん、いいこと言ったらしいね☆」
「誰から聞いたんですか」
「もう二人から☆ 再現してみよ?」
「撮らないでください」
「まだ撮ってないよ?」
「撮ったら、また短くなるので」
憧憬が首を傾ける。
「短い方が伝わるよ?」
「伝わるものが変わったら困ります」
「じゃ、そのまま見せて?」
「その人との話なので、だめです」
憧憬は数秒、好代を見る。
スマートフォンを下げた。
「映らない方が残ることもあるか☆」
「それは分からないです」
閉店前、レジ下の椅子に貼られた紙を世達が見つけた。
《必要な人が使ってください》
42話で残った文。
その下へ、誰かが鉛筆で書き足している。
《必要かどうか分からない時は、聞いてください》
「共有用に清書しますか?」
好代は首を振った。
「そのままで」
「誤記の可能性があります」
「また困った人がいたら、その人が直せるので」
翌日の昼。
椅子の紙には、さらに一行増えていた。
《使ったら戻してください》
好代は椅子を壁際へ少し戻した。
その時、昨日の女性が店へ入ってきた。
一人ではなかった。
笑っている。
「行ってきました」
「面接?」
「はい。採用されました」
好代の口から、ほとんど反射で言葉が出た。
「よかったですね」
隣の男性は、笑わなかった。




