↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/69

第43話「それ、私が言いました」


「それ、私が言いました」


好代が言うと、窓際の女性が振り向いた。


スマートフォンの画面には、途中まで書いた面接辞退のメール。


「今の、『嫌なら断っていい』って」


女性が少し笑う。


「昨日ここで誰かが言ってたって、友達から聞いたんです」


「昨日?」


「『自分で決めていい』って。それで、面接も断ろうかなって」


好代はトレーを持ったまま止まった。


昨日、自分が言ったのは確かだった。


でも、断れとは言っていない。


「私は、断る方がいいとは言ってません」


「じゃあ、行った方がいい?」


「それもまだ言ってません」


「どっちなんですか」


「分からないです」


女性が吹き出す。


「役に立たないですね」


「はい。今のところ」


休憩に入ってから、好代は向かいへ座った。


女性は家族に勧められて応募した。


書類が通った。


給料は上がる。


今の職場は嫌いではない。


転職先へ行きたいかは、まだ分からない。


「面接へ行ったら、転職しないといけないんですか?」


「いえ」


「断ったら、今より分かることは増えます?」


「増えないですね」


好代は冷めたポテトを見る。


一本だけ残っている。


「私なら、面接は行きます」


女性が顔を上げた。


「でも、私なら、です。転職するかは別です」


「それって、結局どっちでもいいってこと?」


「違います」


好代は少し考えた。


「私は行く方がいいと思ってます。決める材料が増えるので」


そこは濁さなかった。


「ただ、家族に言われたこと自体が嫌なのか、面接がしんどいのか、今の職場で失いたくないものがあるのか。そこは私には分からないです」


女性は辞退メールを見る。


「消した方がいい?」


好代は画面から目を逸らした。


「それは自分で決めてください」


女性が笑う。


「それ。それが昨日のやつ」


「……便利すぎますね」


好代も苦笑した。


「じゃあ、言い直します」


◇


「私は、面接へ行く方に一票です」


女性は黙っている。


「そのあと転職するかは、また決めてください」


「結果も私の責任?」


好代はすぐには頷かなかった。


「選んだことは。でも、知らされてなかったことまで全部あなたのせい、にはならないと思います」


女性の指が、送信ボタンから離れた。


削除ボタンには行かなかった。


画面を伏せる。


「今は?」


「ポテト食べます」


最後の一本を食べた。


好代は笑った。


休憩終了の時刻だった。


「どうするか、聞かないんですか?」


「勤務に戻るので」


「気にならない?」


「気になります」


好代は立つ。


「でも、私が見てたら、私に答えるみたいになりそうなので」


カウンターへ戻った。


その後、女性がメールを消したか、送ったか、好代は見なかった。


夕方、憧憬がスマートフォンを向けてくる。


「今日の好代ちゃん、いいこと言ったらしいね☆」


「誰から聞いたんですか」


「もう二人から☆ 再現してみよ?」


「撮らないでください」


「まだ撮ってないよ?」


「撮ったら、また短くなるので」


憧憬が首を傾ける。


「短い方が伝わるよ?」


「伝わるものが変わったら困ります」


「じゃ、そのまま見せて?」


「その人との話なので、だめです」


憧憬は数秒、好代を見る。


スマートフォンを下げた。


「映らない方が残ることもあるか☆」


「それは分からないです」


閉店前、レジ下の椅子に貼られた紙を世達が見つけた。


《必要な人が使ってください》


42話で残った文。


その下へ、誰かが鉛筆で書き足している。


《必要かどうか分からない時は、聞いてください》


「共有用に清書しますか?」


好代は首を振った。


「そのままで」


「誤記の可能性があります」


「また困った人がいたら、その人が直せるので」


翌日の昼。


椅子の紙には、さらに一行増えていた。


《使ったら戻してください》


好代は椅子を壁際へ少し戻した。


その時、昨日の女性が店へ入ってきた。


一人ではなかった。


笑っている。


「行ってきました」


「面接?」


「はい。採用されました」


好代の口から、ほとんど反射で言葉が出た。


「よかったですね」


隣の男性は、笑わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。