第40話「次はありません」
朝、好代はおかゆを食べた。
一口。
喉の奥が擦れる。
二口。
少し楽になる。
三口目の前に、廊下を配膳ワゴンが通った。
焼いたパンの匂いがした。
好代の匙が止まる。
普通のパンだった。
肉もソースもない。
それでも、昨日のバーガーを思い出した。
焼いたバンズ。
肉。
ソース。
最初の一口。
おいしかった。
その後で、死んだ。
「食べたいかにゃ?」
ベッド脇で安寧が丸くなっている。
好代は少し考えた。
「……はい」
「そっかにゃ」
それだけだった。
好代は三口目のおかゆを食べた。
真意が記録を持ってきた時、最初に聞いたのは味のことではなかった。
「昨日の、もう一回できます?」
「何をですか?」
「私が、また死んだ場合です」
安寧が片目を開ける。
真意は記録を机へ置いた。
通常救命。
死亡確認。
万寿による死後状態保存。
輪廻による機能構成の再構築。
局所再同期。
心拍再開。
呼吸再開。
覚醒。
「同じことをすれば、また戻れます?」
「確認できません」
「昨日は戻れました」
「昨日戻れたことと、次回も戻れることは分けてください」
好代は記録を指で追う。
全部、実際に起きた。
だから余計に、次もできそうに見える。
万寿が来て、首の線を確かめる。
「保存できる状態も、壊れ方も、毎回同じとは限らないわ」
輪廻も記録を見る。
「組み直せる場所が同じとも限らないよね。昨日の身体をもう一回使うわけじゃないし」
好代は自分の手を開いた。
昨日もあった手。
今日もある手。
「成功率は?」
「算出できません」
「戻れる可能性は?」
「あります」
「戻れない可能性も?」
「あります」
数字にならない。
五割より怖い。
一割よりも怖い。
比較する数字そのものがない。
好代は記録を閉じた。
◇
午後、廊下を歩く。
十歩。
首が引く。
十五歩。
「もう戻ろうかにゃ」
安寧が横を歩く。
「あと五歩」
「五歩だけにゃ」
十六。
十七。
十八。
十九。
二十。
壁に手をつく。
息が落ち着くまで、安寧は何も言わない。
部屋へ戻る途中、またパンの匂いがした。
今度は足を止めなかった。
嫌になったわけではない。
怖くなくなったわけでもない。
両方あった。
夕方、真意が紙を持ってきた。
《普通バーガー摂取禁止》
《死亡後再構築:再現性未確認》
好代は上の一行を見る。
「禁止なんですね」
「現時点では」
「私が、また試したいって言ったら?」
「新しい根拠が必要です」
「昨日みたいに、食べたいだけじゃ?」
「昨日の結果が、今日の根拠に追加されています」
好代は紙を受け取る。
しばらく見てから、ペンを借りた。
禁止の下に一行書く。
《次の試験予定:なし》
真意が見る。
「規則の追記ですか?」
「違います」
好代は少し考える。
「私の予定です」
「禁止が解除された場合は?」
ペン先が止まる。
好代は、朝の匂いを思い出す。
食べたい。
治ったか確かめたい気持ちも、まだ少しある。
昨日は戻ってこられた。
全部残っている。
「今の私なら、食べません」
「今後も?」
「そこまでは決めません」
真意は頷き、記録へ何も足さなかった。
夜。
おかゆはもう喉にほとんど痛くない。
首の線は残っている。
舌の左側も遅れない。
身体は戻っていく。
昨日へではなく、今日の身体として。
安寧がベッドの足元で寝ている。
好代は注意事項を鞄へ入れた。
《普通バーガー摂取禁止》
その下に、自分の字。
《次の試験予定:なし》
禁止が先に消えても、その一行は自動では消えない。
翌朝、制服を着る時、首の線に襟が触れた。
好代は鏡の前で、襟を上げた。
下げた。
もう一度、上げた。




