第37話「千姿」
真意が六枚の紙を並べた。
一枚目。
《普通のハンバーガー:重篤反応》
二枚目。
《PANDEMONIUM製:反応なし》
三枚目。
《初回来店時:「懐かしい」》
四枚目。
《匂いによる異常識別》
五枚目。
《第29記録:食事なしで保存現象発生》
六枚目。
《複数地点観測》
好代は一枚ずつ触った。
全部、自分に起きたことだった。
一枚なら、変なこと。
六枚並ぶと、変なことでは済まない。
「共通点を探します」
真意が言う。
「普通の食材だけが合わない?」
「正確には、普通のハンバーガーとして成立したものです」
好代は一枚目を見る。
パンだけなら食べられた。
肉だけでも。
野菜だけでも。
組み上がって、身体がハンバーガーとして受け取ると危険になる。
一方、PANDEMONIUMのバーガーは食べられる。
むしろ、そこから異常なものを受け取ってきた。
「逆ですね」
「はい」
真意が七枚目を置いた。
名前が一つだけ書かれている。
《千姿》
好代は読んだ。
読めた。
なのに、読み方を教わる前から口の中に音があるような気がした。
「……せんし?」
真意の指が止まる。
「現在確認できる読みは、千姿です」
好代は紙から顔を上げた。
「誰ですか?」
「PANDEMONIUMに由来する存在です」
真意は資料を分ける。
確認済み。
欠損。
推定。
確認済みの側は少ない。
「複数地点の観測。破綻箇所の再同期。記録上、あなたに出ている現象と近いものがあります」
好代は六枚目を見る。
《複数地点観測》
次に五枚目。
《食事なしで保存現象発生》
「似てる」
「はい」
「私が?」
「現象が、です」
そこで止まる。
好代は七枚目を持ち上げた。
紙は軽かった。
名前一つしかない。
それなのに、六枚より重く感じる。
「千姿ちゃんが、私になったんですか?」
「確認できません」
「私が千姿ちゃん?」
「確認できません」
「千姿ちゃんの記憶が、私にある?」
「それも確認できません」
「じゃあ、何が分かったんです?」
真意は七枚目ではなく、最初の六枚を指した。
「あなたの身体と現象を、偶然の一致だけで扱う理由が減りました」
好代は息を吐いた。
腹が立った。
三十三話の路地。
三十四話の棚。
三十六話の扉。
「もっと、すっきりすると思ってました」
「記録は、すっきりするためにあるとは限りません」
「知ってます」
少し強く言った。
真意は何も返さなかった。
店へ戻る。
バックヤードの在庫端末が点灯した。
好代が近づく。
利用者欄。
いつもは《新人》。
今日は、文字が一度崩れた。
《千――》
好代の手が止まる。
消える。
《好代》
画面には自分の名前だけが残った。
「真意ちゃん」
呼ぶ声が思ったより大きくなった。
二人でログを確認する。
《新人》
《識別不能》
《好代》
途中の《千――》はない。
「見ました」
「観測証言として記録します」
「ログにはないです」
「はい」
「私だけ?」
「現時点では」
好代は端末へ手を置いた。
入力欄が開いている。
利用者名を修正できる。
《好代》
消すこともできる。
好代は七枚目の紙を横へ置いた。
《千姿》
画面。
《好代》
紙。
画面。
「千姿って入れたら、どうなります?」
「試しますか?」
カーソルが点滅する。
好代は《好代》の末尾へ指を置いた。
一文字消せば、名前を入れ替えられる。
消さなかった。
「……今日は、これでいいです」
「理由は?」
好代は少し考える。
「千姿ちゃんを消したくないからです」
真意が好代を見る。
「でも、私の名前を消して千姿ちゃんにするのも、まだ違うと思います」
「両方を残す?」
「はい。今は」
好代は七枚目を端末の横へ置く。
画面には《好代》。
紙には《千姿》。
重ならない。
消えない。
そのまま在庫入力を始めた。
バンズ。
残数。
パティ。
ソース。
七枚目の紙が視界の端にある。
仕事は普通に進む。
夜。
資料を戻す前、好代は《千姿》の紙をもう一度見た。
持ち帰らなかった。
写真も撮らなかった。
資料室へ戻す。
「明日、また見てもいいですか?」
「記録上の制限はありません」
「じゃあ、明日もありますね」
「紙は」
真意が答える。
好代は笑った。
「はい。紙は」
閉店処理。
在庫端末の利用者欄は最後まで《好代》だった。
翌日、好代は普通のハンバーガーを一個、テーブルの中央へ置いた。
「治ったかもしれない」




