第36話「扉の向こう」
バックヤードの扉が、三回開いた。
同時に。
好代には、そう見えた。
一つは、自分の目の前。
一つは、厨房の奥から。
もう一つは、見たことのない暗い廊下から。
「……え?」
瞬きをする。
扉は一枚だった。
手を伸ばす。
取っ手は冷たい。
開ける。
倉庫。
段ボール。
洗剤。
予備トレー。
閉める。
もう一度。
倉庫。
三回目。
開ける直前だけ、白い床と低い天井が割り込んだ。
足元が一瞬、どちらの床に乗っているのか分からなくなる。
好代は取っ手から手を離した。
「今、動かない方がいいです」
自分に言った。
壁へ手をつく。
店の床。
ゴム底。
冷蔵庫の振動。
現在位置を一つずつ確かめる。
昼前には、扉以外でも起きた。
レジに立っている。
客が注文する。
「セット一つ。飲み物はコーラで」
同時に厨房の鉄板が見えた。
肉が三枚。
右端だけ焼き色が濃い。
「かしこまりました」
レジ画面。
厨房。
客の顔。
三つが重なる。
好代はコーラではなく、鉄板の右端を押しかけた。
指が止まる。
「……コーラですね」
「はい」
入力する。
注文を終えてから厨房へ行く。
右端のパティは、本当に焼き色が濃かった。
使える。
でも、レジでは邪魔だった。
メモへ書く。
《視点A:現在位置》
《視点B:厨房》
《視点C:倉庫前》
その下へ、
《どれが本物?》
と書いた。
消す。
全部、店内にある。
問題は本物かではない。
今、どれを使うかだった。
午後。
倉庫の扉の向こうへ、また暗い廊下が見えた。
奥に小さな灯り。
好代が一歩近づく。
別の視点では、灯りの側からこちらを見ている。
扉の前に、自分がいる。
背中が見えた。
好代は止まった。
自分の背中を、自分が見ている。
気持ち悪い。
それでも、目を逸らすと消えそうで、見てしまう。
「向こうに私がいる?」
返事はない。
取っ手を握る。
開ければ分かるかもしれない。
昨日までなら、開けていたと思った。
好代は一度、手を離した。
「確認できるものからにします」
世達を呼んだ。
厨房に立ってもらう。
好代は客席。
「右か左、どちらかの手を上げてください。私には教えないで」
「了解しました」
待つ。
視界が割り込む。
厨房。
世達の右手。
好代はその場でメモする。
《右》
走らない。
注文中の客がいないことを確認してから厨房へ行く。
「右手でした?」
「右手です」
次。
紙に数字を書いてもらう。
視点。
《7》
今度もその場で書く。
《7》
厨房へ行く。
一致。
三回目。
世達が紙を伏せる。
視点は来なかった。
「見えません」
「条件が違いますか?」
「分かりません」
四回目。
視点。
《3》
一致。
好代は結果をまとめる。
《確認済み地点の現在情報と一致する場合あり》
《任意発動:未確認》
《未確認地点の実在:未確認》
《見えない回あり》
世達が読む。
「監視に使えますか?」
好代は厨房で右端のパティを思い出す。
「使える時はあると思います」
「常用は?」
レジでコーラを押しかけた指を思い出す。
「今はやめます。見たいものと、見えるものが同じじゃないので」
夕方、倉庫へトレーを取りに行く。
暗い廊下がまた割り込んだ。
今度は四視点。
近い。
遠い。
斜め上。
扉の向こう。
情報が増える。
頭の奥が引っ張られる。
好代は目を閉じた。
一秒。
二秒。
店の音を拾う。
フライヤー。
冷蔵庫。
客席の椅子。
「トレーを取りに来たんでした」
目を開ける。
倉庫からトレーを十枚持ち出す。
暗い廊下は調べなかった。
閉店後。
真意がメモを読む。
「未確認地点も調べますか?」
好代は扉を見る。
「気になります」
「では?」
「今日は開けません」
「理由は?」
「見える場所が増えたのに、どこから見えてるかは分からないままなので」
少し考える。
「見る場所を増やすより、今ある記録を並べたいです」
真意がメモを受け取る。
「何と照合します?」
好代は自分の手を見る。
食べたものが消えなくなった身体。
自分がいない場所を知る視点。
店を初めて見た時の懐かしさ。
「最初からです」
二人で資料室へ向かう。
好代は一度だけ振り返った。
バックヤードの扉。
一枚。
今は一枚に見える。
翌日、真意が六枚の紙を並べた。




