↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/69

第35話「今日のわたし」


白い粒子の分析結果は、まだ出ていなかった。


朝、真意が言った。


「追加調査なら、今日できます」


好代は手を止める。


「何を見られます?」


「旧資材記録。改修前図面。壁材の年代比較」


全部見たい。


昨日から、何度も考えていた。


「何時ですか?」


「十四時から。十五時半まで」


好代は予定表へ書く。


《14:00 調査》


その横に世達が赤字を入れた。


《14:00 団体26名》


「同じですね」


「同じです」


「私が抜けても回ります?」


「通常条件なら」


通常条件。


好代はその言葉の横へ小さく丸をつけた。


昼前、無常が今日のおすすめ札を書き替えていた。


昨日の札を剥がす。


「昨日の方、人気でしたよ」


「そうでしたね」


「今日は出さないんですか?」


「今日は材料が違いますし、来る客もまだ分かりませんから」


無常は新しい札を立てる。


「昨日よかったものを、今日も置くのはだめです?」


「だめじゃありませんよ」


ペンを置く。


「ただ、昨日よかったから、だけで今日も決めなくていいんです。今はね」


好代は昨日の札を見る。


捨てられる前に写真を撮ろうかと思った。


撮らなかった。


十三時五十分。


真意から届く。


《調査開始可能》


好代はエプロンのポケットへ端末を入れた。


あと十分。


その瞬間、自動扉が開いた。


団体客だった。


予定より十分早い。


しかも通常条件ではなかった。


子どもが多い。


席を二つ増やす。


注文変更。


アレルギー確認。


飲み物がこぼれる。


一人がトイレへ行って注文順がずれる。


好代はポケットの端末が震えるのを感じた。


取り出さない。


「こちら、卵は使っていません。ソースだけ別で確認します」


厨房へ走る。


戻る。


十四時十二分。


鉄板前が詰まる。


落ちかけたトレーが視界に入った。


好代の中に、落下軌道をずらす感覚が立ち上がる。


使えば早い。


でも、そのトレーは世達がもう掴んでいた。


好代は手を引く。


「注文、読みます」


能力がある。


使える。


今それを使う必要がある。


三つは同じではなかった。


十四時二十七分。


「まだ来てない」


子どもの声。


好代が伝票を見る。


一件だけ注文が通っていない。


自分の入力漏れだった。


胸の奥が冷える。


調査へ行かないと決めたせいではない。


能力を使わなかったせいでもない。


単純に、自分が押し忘れた。


「ごめんなさい。私のミスです。今すぐ作ります」


厨房へ伝える。


待っている子どもの前へ水を置く。


「あと何分?」


「今から七分くらいです」


「長い」


「はい。長いです」


好代は逃げずにそこにいた。


七分後、バーガーが届く。


子どもは一口食べた。


怒っていた顔のまま、もう一口食べた。


それで許されたとは思わなかった。


十五時九分。


最後の皿が出た。


真意から二件目。


《本日調査枠 15:30まで》


二十一分。


走れば間に合う。


好代はエプロンを見る。


ソースが一滴ついている。


客席では食器がまだ残っている。


入力漏れの子どもは、母親と帰り支度をしていた。


行ける。


行かない理由もない。


だから、端末を開いた。


《今日は行きません。別日にお願いします》


送信。


すぐ返る。


《了解。資料は保全します》


好代はその文を二度読んだ。


調査を捨てたわけではない。


今日しかない資料でもない。


でも、今日の十四時から十五時半は、もう戻らない。


それは自分で店に使った。


「これ」


さっきの子どもが戻ってきた。


紙ナプキン。


クレヨンでバーガーが描いてある。


丸いバンズ。


具が多すぎて、横から全部はみ出している。


「おねえさんに」


「……ありがとうございます」


「七分長かった」


「はい。ごめんなさい」


「でも、おいしかった」


子どもは母親のところへ走った。


好代は絵を持ったまま、少し笑った。


失敗が帳消しになったわけではない。


それでも、その紙は嬉しかった。


片づけの途中、無常が昨日のおすすめ札をゴミ箱へ入れた。


好代が目で追う。


「取っておきます?」


「……いえ」


「昨日は人気でしたけど」


「はい」


好代は少し考える。


「必要になったら、昨日の売上記録を見ます。札そのものは、もういいです」


閉店後。


好代は昨日の壁の前を通った。


半歩だけ、存在しない棚を避ける。


身体はまだ覚えている。


立ち止まらない。


ロッカーを開ける。


古い発注表。


昔の記録。


今日使ったエプロン。


好代は子どもの絵をどこへ置くか迷った。


古い発注表の隣へ置きかける。


やめる。


エプロンの上へ置いた。


今日もらったものだから、というだけだった。


ロッカーを閉める。


帰る前、真意へもう一件送る。


《調査、次に空いている日を教えてください》


すぐ返事が来る。


《確認します》


好代は端末をしまった。


今日を選んだ。


だから明日、過去を調べないわけではない。


翌日の昼、バックヤードの扉が三回開いた。


同時に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。